つれづれ蒔々

ごく稀に長文を流し込む為の場所。

オルタンシア・サーガ開始、なのでw

2021-01-07 01:56:45 | SS


「ねえねえカリンちゃん」
「んぅ?」
「カリンちゃんの名前で最後についてる“オルタンシア”って何なの?」

 弁当を片づけた後の食休みタイム。
 いなほが何の脈絡も無しで、質問を姫様に向けた。

「‥‥んぅ、ジョシュアの実家?」
「何故に疑問系」
「ちょっと説明が難しい。つまりはコミューン。地名、のようなもの?」

 姫は言いつつ考えるように小首を傾げる。

「こみゅーん?」
「‥‥ああ、それならもっと分かりやすい説明があるわ」

 助け船は横に居た希さんから。

「オルタンシアは地名であり爵位なの」

 爵位!?

「という事は領主で貴族!?」
「ええっ! じゃあカリンちゃんは本物のお姫様!?」


 ☆『彼女が姫と呼ばれる理由』


 南初瀬花梨・オルタンシア───

 何だかんだで俺達の中心であり、それはもう可愛いお嬢様。金髪碧眼でお菓子大好きプリティな天然ちゃん。まさしくプリンセス然としたその姿と言動は、いなほを一目でメロメロにした程。

 思い返せば、彼女は皆から姫様呼ばわりされていた。
 それがまさか、本当にそうだったなんて。

「でもそれなら普通に名字になるんじゃないのか? “花梨・オルタンシア”とか」
「そこが名前の面白い所でね~」

 横から晶が会話に混ざってくる。

「千秋はリシュリューって知ってる?」
「ええと、『三銃士』に出てくる悪役の枢機卿だっけ」
「そう。実在の人物で有名な政治家でもあるんだけど‥‥彼の本名は“アルマン・ジャン・デュ・プレシー”というんだ」
「うん? リシュリューは名前じゃないのか?」
「イエスでもありノーでもある。歴史の本だと“枢機卿にしてリシュリュー公爵”という記述が名前の前に来る場合が多い」

 姫の捕捉。

「必ずしも貴族の領地と名字が一致する訳じゃないんだ」
「うん、通常は長い期間の世襲を経て同一化するものなんだけどね。ま、そういう次第でカリン姫のケースだと“オルタンシア卿、南初瀬花梨”といった意味合いになる訳さ」
「ほわー、格好いいね~」

 素直に関心するいなほ。

(名前とは別に領有する地名が付いてる‥‥というと日本で言う所の守護職みたいな感じかな?)

 などと思考してみたり。まあ、時代が下って大岡越前守辺りになるとその辺が形骸化して更にややこしくなったりもするのだが。

「でもジョシュアのグランパが相続を放棄しているので名前として残っているだけ。昔は“ドゥ”がついて“ドルタンシア”だったらしい」

 ドルタンシア‥‥うーん、それはちょっと異質な響きかも。

「と、カリン姫のご先祖様ってフランス出身なのか」

 貴族の称号で“de”および省略形の“d'”が付くのはフランスだったと記憶している。 イギリスなら“Lord”とかで、ドイツ系なら“Von”だっけか。あー、そういえばスペインも字は同じで読みが違ってたような。

「んぅ‥‥」

 しかし姫は再び首を捻る。

「ジョシュアの実家はピレネーの山沿いでスペインがすぐ近く。話す言葉もフランス語とカタルーニャ語が半々」
「じゃあ、必ずしもフランス出身とは言い切れない?」
「んー」
「土地に関しては、なかなか複雑な話なのよ。大昔はスペイン領で、その後一時期独立していたけれど、フランス領になったのはナポレオン体制の後くらいからだとか」

 今度は希さんからのご説明。

「へえ~、色々なんだ」
「ちなみに特産はワイン。赤が有名でね、あそこのは味が濃くて熟成させると、それはもう‥‥ん~」
「おい晶、まさか呑んだ事があるなんて言わないよな」
「えー、フランスだとワインは十六歳から飲めるんだよ?」
「だからってなあ」
「ちなみにワインはグランパがお城で作ってる」
「お城!」
「シャトーワイン!」
「ボルドーの五大シャトーとは違うから、そんなに有り難いものでもない。単に、昔からある施設を使ってるだけ」
「とはいえ、その筋の評価は随分高いって話らしいよ~、シャトー・オルタンシアのワインは」
「んぅ。エリゼ宮にも納品されると自慢してた」
「エリゼ宮に! それはスゴイな‥‥」

 エリゼ宮といえば、かの国の迎賓館かつ大統領公邸にあたる施設だ。
 そこに納品という事は国賓を迎えた際に振る舞う、国を代表するワインという意味合いになる。かの国が誇る美食外交を支える一柱となると相当なモノという事で‥‥。

「ふふ、興味出てきた?」
「まあな。高級ワインの味なんて想像も出来ないが」
「渋くて酸っぱくて、あと苦い。コーラの方が美味しい」
「それ全然ベクトル違うから!」
「カリンちゃんの味覚は分かりやすいよねえ」

 甘くてジャンキーなモノ大好きなカリン姫にはどうやら不評らしいが、赤ワインといえば、苦みや渋みも出るタンニン分を愉しむ層も多い筈であり、そういう意味では通好みなワインを作っているという事なのだろうと推測してみる。

 その上で隣国に近く、歴史的に複雑な経緯がある、と。
 複数の言語が入り交じるという事は民族的にも出入りがある筈だし‥‥。

「実際問題として、欧州は自分のルーツが枝分かれし過ぎていて困る。もうちょっとシンプルにして欲しい。お母さんのように」
「お母さんはドコ出身なの?」
「奈良」
「あー、なるほど。あの辺って初瀬街道やら初瀬山とかがあるんだっけか」
「そぅ。その南に住んでるから南初瀬。先祖代々農家。家系図超シンプル」

 なるほど。そりゃシンプルも極まりそうだ。

 一方の欧州は、世界史の授業で眺めるだけでも複雑である。
 フランスは比較的古くからあるが、ドイツやイタリアは三百年前も遡れば影も形も無かったりする変化の多い土地。姫のご先祖様もきっと様々な変化に揉まれて現在へと至っているのだろう。

 ワインの邦、オルタンシア領かあ‥‥。

「‥‥あれ?」

 不意に新しい疑問が転がり落ちてくる。

「オルタンシアが名前とは別の称号ってのは分かったけど、そうなるとお父上のご先祖の名字はドコに?」
「もう無い。ジョシュアは婿養子だから」
「ええっ!?」

 なんかそれはそれで驚きなんですが!

「ジョシュアとグランパはもの凄く仲が悪い。昔大喧嘩して家を飛び出したと言っていた。結婚を機に南初瀬へ名字を変えたのもそれが理由」
「家を出て国を出て、すごく苦労したみたいだよ。でも今や国際的な企業の大重役なんだから偉いよね」
「それはお母さんも同じ。いや、むしろジョシュアはお母さんのお陰で出世したと言っても過言ではない」
「まあまあ。どっちもスゴイって事でいいじゃない」
「みゅー」

 いなほのフォローにも不満顔。姫様は父親の話になると辛口だ。
 まあ、その辺の事情は色々とあるんだろう。

「ふうむ、大喧嘩で家を出た‥‥となると、姫様はそのオルタンシア領には行った事が無かったり?」
「んんぅ、グランパの所には何回か行ってる」
「あ、そうなんだ」
「ふふ、最近は徐々に和解が進んでいるって話なのよ‥‥お姫様のお陰で」

 希さんが笑って、カリン姫に「あの写真を見せてくれるかしら」と促す。
 姫は渋々、といった様子で傍らに置いていたノートPCを立ち上げた。

「なになに?」
「写真って?」

 起動したPCをタッチする事数回。出てきたのは横断幕の写真。

 “われらがプリンセヌ! ようこそかりんちま!”

 誤字が! すっごく分かりやすい誤字が二カ所も! スとヌを間違えるとか情熱が突き抜けちゃってる感じに!

「一昨年の奴だね。領地の姫様がご帰還って事で地元の人たちが作って歓迎してくれたんだって」
「お母さんがVOWみたいだと言って大笑いしてた」

 なんだかなー。

「お父上から聞いた話だと、それはもうすごい歓迎ぶりだったそうだよ。近隣住民総出のお祭り騒ぎになって新聞記事にもなったとか」
「んぅ、飲めや歌えやで大騒ぎ。特産のワインが大盤振る舞いで住民全員酔っぱらいになってた」

 なるほど、言いつつ姫が出した画像は赤ら顔の外人さん達が大勢で騒いでいる様子が映し出されている。そこら中にワインのボトルが転がっているのも見えるので、さぞかし盛大なお祭り状況だったのだろう。

「で、ジョシュアはお酒がダメだからウンザリしてた」
「あー」

 お父上が家を飛び出した理由が何となく察せられる。酒屋で下戸は辛かろう。

「あとドレスとティアラでコスプレもさせられた」
「カリンちゃんのお姫様コス!? 見せて見せて!」

 いなほが勢いづいてPCに身を寄せる。
 姫様は気が進まない様子でタッチパッドを操作した。

「おおー! 本物のお姫様だー!」

 いなほが歓声を上げる。
 豪奢な椅子に腰掛け、ティアラと真っ白なドレスに錫杖まで手にした姿は、まさしく王族としか言いようのないモノだった。
 時代が時代なら、きっと絵画になって王宮に飾られていたであろう。
 周囲に並ぶ人々も、明らかに崇拝している視線を姫へ送ってるし。

「なんでも、そこの地方は最近フランスから独立しようという運動があるとかで、南初瀬さんはそのシンボルとして祭り上げられてるそうよ」
「うんうん! こんなに可愛いお姫様の居る国なら、みんな喜んで支持しちゃうよ!」
「グランパもそれが狙いらしい‥‥」

 さすが欧州、集合と離散を繰り返す歴史はまだまだ続いている、というべきか。

「場合によってはカリン姫と結婚した相手が国家元首になる‥‥なんて話になったりするかもね」
「ま、マジかいな‥‥」

 いやまあ、確かに画像のお姫様には、いかにもな高貴なオーラが漂っているようにも見えるが。

「ちーちゃ、王様やりたい?」
「ええっ!?」

 そんなの聞かれても流石に困る!

「正直気乗りはしないけど、ちーちゃがやりたいと言うなら考える」
「むむ、これは強力な一手だね。そうなると僕は第二王妃に立候補かな」
「ちーちゃ一世にハーレムが!」
「そこは普通“チアキ一世”とかだろ! 何でアダ名!?」
「あらあら、名乗りまで考えているという事は千秋さん結構乗り気ですね~☆ そうなると私はメイド長で夜のお世話も担当を。そしてお世継ぎを‥‥」
「にゃー! さくらさんまでー! こうなったら私もお后立候補なんだよー!」

 なんか話が変な方向に転がり始めている!

「こうなったら希さんも千秋王のモノになっちゃおうよ。みんな一緒ならきっと楽しく過ごせるよ」
「そ、その‥‥私は」
「ちょ! 希さん、そこはちゃんと注意してくれないと! どうして頬を染めちゃうんですか!」
「なんというふしだらな! 会長を巻き込んでハーレムなど言語道断ですわ、月城千秋!」
「え、ええとその‥‥独立国家でもいきなり重婚というのは住民の反発を招く可能性が」
 だー! いつの間にか凛東に西宮まで集合してるし!

「一国一城の主となり、美姫を侍らす‥‥男の浪漫ですな」
「笠松さんまで、しみじみ語らないで下さいっ!」

 ああー! 収拾をつけてくれる人が居ないんですけど!
 たすけてー!

「っていうか、欧州の国でいきなり東洋人が王様とか絶対無理だから! 住民から石を投げられるー!」

 俺の叫びがテラスに響き渡る。
 お姫様はそれに構わず、猫のように身体を擦り付けてきたりして。

「王様になるのがイヤなら、自分が女王様でも可。その場合ちーちゃは摂政、もしくは総理大臣に」

 月城首相爆誕!!

「それなら彩月ちゃんは建設大臣かな~」
「どうして私が入閣しなくてはいけないのです、静琉!」
「希さんは文部大臣で、僕は‥‥うーん、何をやろうかな。外務大臣とかいいかも」
「はいはーい! メイド兼官房長官に☆」
「そ、それなら私はお料理大臣で!」
「どういうポストだよ、それ」
「えーと、毎日女王様が食べるお料理を作る仕事」
「単なるコックじゃねえかよ!」
「そういうのがアリなら、女王兼お菓子大臣に就任~」
「お菓子大臣って何!?」
「毎日お菓子を食べるのが仕事」
「それ仕事じゃねえ!」
「あと国の名産になりそうなお菓子を提案したり。第一弾として、ワイン風味のうまボーを」
「そこでうまボーかよ! いきなり自国生産諦めてるし!」
「じゃあライセンス生産とか」
「なるほど、上手くやれば逆輸入で外貨獲得の手段にもなりそうですね‥‥」
「西宮、そこで本気になって検討しないで!」
「いいねー。静琉君には財務大臣か産業大臣をお願いしたい所だ」
「そ、そんな重要ポストは無理です。私じゃ精々“すぐやる課”くらいで‥‥」
「市役所レベルかいな!」
「大丈夫。そもそも国が小さいから丁度いい。静琉はすぐやる大臣決定」
「はうー!」

 人数も増えて娘さん達の想像、いや妄想が止まらない。こうなると事態の沈静化は不可能に思えてくる。

「ああもう‥‥」
「んぅ、組閣はお任せ」
「や、任されても」
「ちーちゃの好きなようにすればいい」

 ニッコリ笑ったその表情は、どうしようもなくカリスマたっぷりで。
 それはそれでいいかも、なんて思わせてしまう程に魅力的で。

 なんとも困った姫様だ。
 いや、むしろ‥‥女王様?

「大丈夫。ちーちゃは大船に乗ったつもりで‥‥どぅ?」

 ───御意のままに、マジェスティ。

 ‥‥なんて、思わず答えてしまいそうになり、俺は内心苦笑した。



                   end

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