もう一つの定例飲み会

2006-09-30 17:11:24 | 雑事
今日はミルトモ会とは別の、もう一つの定例飲み会に行ってきます。十八、九からだから、もう十五年ぐらいのつき合いになる友達連中です。三ヶ月に一度ぐらい、メンバーの一人でもある友達経営の居酒屋に集まって飲んでます。

なにやら、会うたびに感慨深いんですよねえ。当時高校生だったやつも、もう三十超えてますから。でも、頭の中には当時のままの部分が残っていて、変わったような変わらないような。

まあ、まったり飲んできますね。ビールが楽しみです。

大学探訪(8)一橋大学

2006-09-29 23:06:04 | 雑事
すっかり季節の色が変わってきました。人それぞれ、思うままの秋があるとは思いますが、こういうのはどうでしょう。待ち合わせの時間が余ったなら、何気なく本屋で時間をつぶしてみてください。色とりどりの背表紙を眺めてみてください。さしたる理由もなく手に取った小さな文庫本、もしもそれが少しでも気になったなら、少額のお金思い切ってどぶに捨ててみるつもりでも買ってみてください。これ、ぜひお薦めします。

数ページ読んで、ぜんぜんつまんないやって思ったなら、うっちゃちゃってください(と書いてから、無責任な気がしたので、筆者に一報頂ければ喜んで買い取ります、はい)。本は人と同じで、出会いです。読書の秋、言い古されていますが、そんなのに乗ってみるのも悪くないと思いませんか?

前置き長くなりました。大学探訪は一橋大学です。キャンパスに足を踏み入れると、歴史を感じさせる威厳と風格ある建築物が迎えてくれます。いつ訪れても絵を描いている方がいらっしゃいます。すごく気持ちがわかります。

もともと一橋の所在地である国立は、大学の設立、駅舎の建築、道路整備、がいっぺんに行われた計画都市です。そのため、味わいある駅舎と放射状に伸びる三本の道路、編み目模様の街並み、そして一橋大学キャンパス、全てに調和があります。自然も生かされ、昔の人間は無作法な宅地造成ばかりやりおる今の人間とは違ったんだなあと、しみじみ思ったりします。

ワンポイントチェック: その国立駅、JR東日本の中央線高架化にともなう計画によって、取り壊しが決定されています。反対運動もあるようですが、先日の市議会による決定によって保存は絶望的です。誠に残念至極です。

泰兵衛さんお座敷ライブ

2006-09-28 11:58:23 | 音楽
昨夜は太田の居酒屋、泰兵衛さんのライブに行ってきました。とってもおいしいお酒と食事が楽しめる、素晴らしい居酒屋さんなのですが、そこで毎月末の水曜日にお座敷ライブと称して、おもにアコギ弾きの人たちが演奏しています。

イカさんの演奏に参加させてもらいました。少し前まだこういう集まりに慣れず右も左も分からぬ頃、アメリカンパイで共演させていただいて、随分自信になりました。とても感謝しています。

イカさん自身今回泰兵衛さん初ライブで、気を遣うところも多々あっただろうにも関わらず、自分の参加快くご了承いただきました。新兵器ソプラノを試すという無茶をやってしまった自分に、逆にお褒めの言葉までかけていただきまして本当にありがとうございました。

そのソプラノ、高音域のピッチがやはりまだ安定しません。低中音域でお茶を濁しましたが、まだまだ修行の余地アリです。チューナーとにらめっこしながら、地道に音を固める作業、身体で覚えるしかなさそうです。

さて、ライブ後の飲み、本当はこれが楽しみで、大好きで、やめられないんです。ライブ後のビール、これはほんっとに美味しいです。あちこち出入りしているおかげで、顔なじみの方が増えてきまして、お馬鹿な話をしながら傾ける杯の気持ちいいこと。皆さん、ほんとうにありがとうございました。

今日は寝不足気味でお仕事でしたが、充実した気持ちですごしました。凝り固まった心がほどけた気がします。雪解けな心境です。

大学探訪(7)國學院大学

2006-09-26 21:07:18 | 雑事
降りしきる冷たく強い雨。いっこうに気温が上がりません。お風邪など召されぬよう、お気をつけください。

大学探訪七回目は、國學院大学です。神道系大学、つまり神社や神主さんにゆかりある大学です。キリスト教系、仏教系、神道系と、宗教系大学は枚挙にいとまありません。大学と宗教は切り離せないものなんですね。

どちらかというと、こじんまりした印象だったのですが、今年十七階建ての大きなビルが建ちました。その大きなビルのすぐ脇に小さな神社があるという、なにやら可笑しいような可愛いようなキャンパスです。

ところがどっこい、ビルの中にある教授たちの研究室、オートロックになっていて、インターホンで許可を得なければ入れないようになっておりました。これは飛び込み営業としては致命的なしくみです。まいってしまいました。

ワンポイントチェック:青山学院と同じく、渋谷駅から徒歩十五分というとても便利な場所にあります。

明日、太田の居酒屋、泰兵衛さんのお座敷ライブでサックスを吹きます。出演者イカさんの伴奏をつとめます。お時間ある方どうぞいらしてください。おいしいお酒とつくねもありますよ。もしも、お初で場所の分からない方いらっしゃいましたら、ご一報いただければお教えいたします。

イカさん、よろしくお願いします。新兵器のやんちゃなチャルメラも持っていきますね。


明後日、27日、午後8時から第20回泰兵衛お座敷ライブ決行します!出演は、WIND FROM SOUTH CALIFORNIA、イカ、やまきよし、小林進、アブノーマルジェネレーション(敬称略、順番未定)八時からの予定ですが早めのご来店お薦めいたします!

『海峡の光』

2006-09-25 23:54:31 | 書籍
前に作家/歌手の町田町蔵を紹介したときに触れた、辻仁成の芥川受賞作です、新潮文庫、2000年初版。あれを書いてから、そういえば、辻仁成の小説なにも読んでないなあと思い、もしかしたら食わず嫌いかもしれないぞと思い、案外面白かったらどうしようと思い、読んでみようと思いました。

面白かったです。

場所は函館、時は青函連絡船の廃航迫る時期、いちはやく連絡船の客室係を辞め今は刑務所看守の職を得た主人公。ある日、その刑務所に、かつて小学校で主人公をいじめ抜いた花井が入所します。執拗に続いたいじめは、しかし突然の花井の転校によって終わりを告げます。それ以来二人は没交渉でした。

おもてづら優等生だった花井は、それに見合った人生を東京で送っていましたが、突然さしたる理由もなく見ず知らずの他人を刺し、傷害罪で入所したのでした。一方、いじめをバネに身体をひたすら鍛えた主人公は、今や堂々たる体躯の持ち主です。

連絡船のかつての仲間たちからは裏切り者呼ばわりされ、かつ漁師だった父から引き継いだ海の生き方を忘れられないまま、しかし妻と子のために安定した職を選んだ主人公は、模範的な看守の役割を演じることにいつしか慣れていました。

しかし花井の出現とともに、過去と現在のないまぜになった世界に主人公は追い込まれます。花井は模範的な囚人を演じます。そしてまた主人公も模範的な看守を演じています。ただ、彼は垣間見える悪魔的な花井の性質も知っているのです。それは主人公にとっては鏡でもあるのでした。自身の今とは違う本当の姿を、鏡としての花井の姿に見、主人公は思索の淵に沈んでいきます。それは合わせ鏡の世界です。

そしてまったく唐突に、昭和天皇の崩御に伴う恩赦によって花井の出所が決まります。まるでかつての突然の転校のように。しかし、まだ、物語は終わりません。

辻仁成は、作家、かつてはECHOESのボーカルとしてヒットも飛ばしました。今も音楽活動は続けているようです。南果歩の前夫、今は中山美穂の夫です。

JS-Triangleさん ライブ

2006-09-24 20:56:56 | 音楽
昨夜はJSーTriangleさんのライブに行ってきました。アコギ三本の格好いい絡み合いとキメ、巧みなコーラスワーク、そしてそれらを存分に生かして作られたドラマティックな曲たち、しかもそれを一発勝負のライブで楽々とこなしてしまうんですから、尊敬してしまいます。

しばらく活動お休みとのことですが、次回ライブもぜひ行ってみたいです。メンバーの皆さん、お疲れさまでした。ライブだけで席を立ってしまい、ほとんどお話もできずすいませんでした。

昨日はさっさと掃除洗濯を片付け、時間のあるかぎりソプラノサックスを吹き込んで、それでライブ、さらにその後飲み会(Shibataくんありがとう、楽しかったです!)と、ブログのことはすっかり忘れていました。

今日はソプラノの音のイメージを固めるために、ソプラノの録音されたCDを探して棚を漁っていました。ジョン・コルトレーン、ケニーGといったところ聞き込んでいます。サックスは面白いもので、頭のなかの音色のイメージがそのまま出て来るんですよ。作音楽器と呼ばれる所以だと思います。

ミスチルのアルバム『BOLERO』の曲「傘の下の君に告ぐ」にも、ソプラノ発見しました。持っている方は聞いてみてください。無機質で抽象的、人の声には例えられない音色が聞けます。イメージではサイボーグか、精神分裂病患者、哲学者、そんなところでしょうか。

ソプラノサックス!!

2006-09-22 23:36:58 | 音楽
手に入れました、ソプラノサックス。営業の合間にお茶の水で現物に触ってみたら、もう駄目でした。幾度目かのチャレンジにも関わらず実戦で使う勇気の出なかったフルートを売り払い、さらに新しい携帯を買うつもりで貯めていたお金を使い込んで、とうとう買ってしまいました。

さっそく仕事後、いそいそと荒川の土手に出かけて吹いてみました。むむ、難しい。テナーは、いくらでも息が入るように吹き口が広いのを使っているのですが(そのため楽器の素性と相俟って、ガサガサした音色が出るようになってます)、それと同じように吹くと音がバタついてしまいます。なかなか頭で鳴ってる音が出ないのです。

マウスピース、リードとの相性探しの旅にまた出なければならないようです。これだっていうのに巡り会うまで、時間がかかるんですよねえ。

でも楽しみです。携帯はちっとも電池の持たないおんぼろのままですが。

大学探訪(6)青山学院大学

2006-09-21 21:32:01 | 雑事
秋晴れにしては、強い陽射しが続きます。しかしまた、日増しに夕の訪れは早まっていますね。季節は確実に歩みをすすめております。ほんの少しの物悲しさと共に。

さてさて、筆者が営業のために訪れた大学を紹介する大学探訪。本日はサザン・オールスターズの母校、青山学院大学です。渋谷駅から徒歩十分、ロケーションは最高です。それでありながら、キャンパス内は静かで落ち着いています。交通量の多い青山通り沿いに高層の建築物を配置することで、騒音を防ぐ工夫がされているとのことです。

立教大学と同じく、キリスト教系大学です(流派は違いますが)。幼稚園、小中学校、短大、大学と一貫教育が実践されています。立地条件、キャンパスの落ち着き。いずれを取っても自分の中では立教と青学は双璧です。

ワンポイントチェック: 首都高三号渋谷線下り、六本木ヒルズを過ぎると間もなく小さなトンネルの上に見えるのが、青山学院キャンパスです。

前回、前々回と書評、いずれも長々と書いてしまいました。視点を絞りきれず、内容についてあれもこれもと欲張った結果がこれです。反省です。最も重要かつ関心を引きそうなポイントに集中して、解説文を書くこと、これ、心懸けます。
もしも、今の職場からやむなく独立となれば、解説書くことも重要な飯のタネです。日々精進精進。

『暗号解読 ‐ロゼッタストーンから量子暗号まで』

2006-09-20 23:16:39 | 書籍
サイモン・シン著、青木薫訳、2001年初版、新潮社。読了。前に紹介した『フェルマーの最終定理』と同一のサイエンスライターによる著作です。

"暗号"は人々が競い争う歴史の裏面に常に存在していました。そして、それは暗号作成者と暗号解読者という存在の絶えざる戦いの記録でもあります。記録に残る古いものでは、紀元前のカエサル(シーザー)が換字式(文字を任意のほかの文字に置き換える)暗号を用いたとされています。

換字式暗号は、それの作成/読解のために送受信者が共通の"鍵"を持たねばならないという難点はあったものの、解読のためには総当たりで言えば、400000000000000000000000000通りの可能性を盗聴者は試さねばならないことになるものでした。

しかし、盗聴者は言語特有のアルファベット出現頻度(英語で言えばeの文字の出現頻度が極端に高い)を手がかりに、総当たりではなく、類推をすすめることで暗号を解読しようとします。この流れで、作成/解読は一進一退の攻防を繰り広げます。作成者は換字をさらに換字することで、解読者は言語の構文特有の頻度分析を精緻化することで、それぞれを乗り越えようとします。

そして舞台は二十世紀、戦争の世紀へ突入します。ドイツは、軍事機密保持のため換字式方法とほかの方法を組み合わせながら、機械が暗号を半自動的に作成する、名高き"エニグマ機"を開発します。一方、アメリカは言語体系が一切異なるネイティブアメリカンの言葉を暗号として用い、それを解する"ナヴァホ・コードトーカー"と呼ばれるインディアンたちを各部隊に配置します。

最終的に連合国を勝利に導いた、エニグマの解読者にしてコンピューターの思想的父と呼ばれるチューリングにしても、ナヴァホ族の英雄たちにしても、しかしながら、その功績は軍事機密として何十年も公にされることはありませんでした。

この秘密主義は二十一世紀を生きる我々にとっても事態は大して変わりません。唯一のネックであった鍵共有の難点(戦中、エニグマの解読にしびれを切らしたイギリス軍は、"鍵"であるドイツのコードブックを手に入れるため、あらゆる卑劣な手を使ったそうです)を見事に解決したのは公開鍵の概念によるRSA暗号です(今現在ネット上で使われるSSLもこのRSA暗号を応用したものです)。

これは、巨大な数の素因数分解の一方向性 ‐素数の積を求めることは容易だが、それを素因数分解するには膨大な時間がかかる‐ ことを武器に考案された暗号法ですが、1991年、これを誰にでも使える形で広くインターネットで世界中に公開したアメリカ人、フィル・ジマーマンはFBIにより武器輸出の嫌疑で拘束されることになります。

実にデジタル信号は容易かつ自動的に傍受が可能です。政府はテロや凶悪犯罪を防ぐために、必要に応じて通信を盗聴解読することが必要だとしています。一方で、個人的なプライバシーはあくまで完全に尊重されるべきだという人々もいます。

監視と安全、プライバシーと自由、あなたならどちらを選択しますか?(大好きな量子力学を用いた量子暗号の話もあったのですが、書き疲れました)


『著作権とは何か ‐文化と創造のゆくえ』

2006-09-19 02:02:45 | 書籍
本を読みながら眠ろうとしたのですが、どういうわけか眠れず、本を読み終わってしまったのでレビューすることにします。連チャンで書き込みは始めてですね。

仕事で、復刻版という昔出版された本を再出版する仕事をしている関係上、著作権が作者(著作者)の死後五十年まで有効であることは知っていましたが、それ以上のことについては無知でした。それでも仕事は成り立つんですから、いい加減と言えばいい加減ですが、あらためて本を読む気になってみました。

また、作詞作曲をこなし、音源として発表されている方たちにも決して無縁ではない権利です。自分の浅いレビューではなく、ご関心ある方は関連書籍読まれること、ぜひお薦めします。

『著作権とは何か ‐文化と創造のゆくえ』福井健策著、集英社新書、2005年。著作権とは、ふしぎな権利とも言えます。特に申請や出願は必要ありません(特許や商標とは好対照です)。オリジナル性を備えた創作物を作り上げた時点で、権利が発生します。その中でも著作者人格権と呼ばれる著作権の一部を構成する権利は、含蓄があります。

公表権(発表するか否か)、氏名表示権(どういう著者名で発表するか)、同一性保持権(他人によって勝手に改変されない)、という主に三つの権利で構成されるそれは、望んでも、譲渡も権利の放棄もできないと考えられています。それは、すでに人格の一部、基本的人権と同義の属性とされています。

創作活動が、生きることと全く同様の価値を持つこととして定義されているわけです。一方で、複製権や頒布権等は譲渡が可能です。これによって、あるいは使用権料を徴収することによって、創作物は市場へと出回るわけです。

そして著作権という法制度の唯一の目的は、オリジナルな作品を作るその創作意欲を摘み取らないこと、つまり文化振興にあるべきだと、著者は指摘しています。ただ、現状を見れば、JASRACにしても日本出版著作権協会にしても著作権を盾に、既得権である過去の創作物から金を搾り取ることしか考えていないようにも見えます。

真にオリジナルな作品は可能か(曲作りにしても、物を書くにしても、過去の作品のコード進行あるいは定型的な言い回しから自由になれないことを自分たちは知っています)、パロディあるいは引用とは何か、さらに近年のデジタル化と複製容易化つまりは現代先端技術と条文との擦り合わせ(ナップスター問題など)、著作権は様々な問題を引きずっています。

法律とは杓子定規であるように見えながら、一方でこれほど人間的なものはないようにも思えたりもします。まだまだ、勉強足りません。随時レビューしますね。

バンド練習

2006-09-18 23:54:54 | 音楽
気がつけば九月も半ばがすぎて、次回ライブが迫ってまいりました。そんな訳で本日は練習日。一応、十月頭と十一月末の二本で今年のバンドのほうの活動は終了になりそうです。

それにしても、なんだか、夏が過ぎるとあっというまに年末がやって来る気がしますね。立ち止まってふり返る間もなく、時間は過ぎ去ってしまうようです。呼ぶ声に応えることに精一杯で、のんびり空気を味わいながら歩くことも、なくなってしまいました。

Strip Flavor ライブ 2、さらにお酒

2006-09-17 22:20:33 | 音楽
昨日は夕方から、Strip Flavor が太田イオンでライブをやるってことで聞きに行って来ました。やー若者だらけですね。島村楽器主催のイベントだったようですが、高校生バンドも出ていたりして、若い衆が多いというのは、これはこれで素晴らしいことだと思います。ミルトモ会でお世話になっている大泉のお店のママも来ていたのですが、自分と同じように身の置き場に困っているようで、見ていておかしかったです。

普段ライブハウスでやっていて急に、ああいうところでやるっていうのは、とても大変だと思いますが、しっかりまとまっていて格好良かったです、Strip Flavor。応援してるよ!

そのあと、太田で十五年来の付き合いのあるマスターがやっている居酒屋で酒を飲み、さらにShibataくんIくんと合流、三時過ぎまで飲んでいました。

さすがに今日はぼーっとしています。ブログお読みの方はお分かりだと思いますが、自分は基本的に出不精です。ごろごろしながら、家で本読んだり音楽聞いたりするのが大好きです。人と接するのがとても疎ましく思えたりすることもあるのですが、でも仲間との繋がりはかけがいのないものですね。

『古本夜話』

2006-09-16 12:49:57 | 書籍
古書店主作家として有名な出久根達郎の『古本夜話』ちくま文庫、2003年。古本にまつわる種々のエッセイ、短編小説が収録されています。奇妙で怖く、でも泣かせる掌編が散りばめられています。

ここで語られる古書店は、しかし自分の一世代前、小僧として朝早くから夜遅くまで丁稚奉公で仕事を学び、やがて独立、店を構える形、うちの社長たちが歩んできた時代の物語です。古本屋が古本屋らしくいられた、古き良き時代です。

「探求書承り候。必ず納品仕り候 店主敬白」お探しの本必ず見つけ出します、という貼り紙を見て、中学生の少女が山岡荘八『徳川家康』最終巻を依頼してきます。安物の本なので、不承不承引き受けますが、少女は連日の催促です。

なかなか入手できないうちに時間が経ち(古本とはそういうものなのです。在庫切れだと伝えると、次はいつ入りますか?と聞かれるお客様、それは答えられないのです=これは日々仕事にいそしむブログ筆者の泣き言です)、しかしようやく入手します。

ところが今度は逆に、連絡したにも関わらず少女が現れません。実は、少女は寝たきりの祖父に毎夜『徳川家康』を読んで聞かせていたのです(文庫で二十六巻の大長編です)。いよいよ最終巻、入手困難なそれを彼女は必死になって探します。ところが、ある時ふと怖くなり、それをやめます。

「私、最終巻を読むのがこわくなったんです。だって家康はこの巻で死ぬわけでしょう?祖父もこれを読み終わったとき―」やがて本を引き取りに訪れた少女は、店主にそう言います。「今夜久しぶりにおじいちゃんに続きを読んで聞かせます。お仏前にむかって―」

実は古書店を舞台にした小説のアイデアが浮かびまして、そこで一番有名な出久根達郎の本を読んでみたわけです。あんまり、似ているとつまらないですから。どうやら大丈夫なようです。めどが立ったら、ここで公表しますね。

音源を公開し、小説を公開し、全てを出し切ったら自分はどうなるのでしょう。「それが終わったとき―」

『マンボ・ジャンボ』

2006-09-14 23:52:39 | 書籍
イシュメール・リード著、上岡伸雄訳、国書刊行会、1997年。小説、それも奇想天外な小説です。

1920年代アメリカ、ニューオリンズで突如発生した奇病は強力な伝染力でもってあっという間に広がります。奇妙なルートを辿るそれは、ナッシュビルからセントルイスを経て、最終的にはニューヨークを目指して広がり続けます。その奇病"ジェス・グルー"の患者たちは、狂ったように卑猥な腰振りダンスをし、大声で叫び、彼らの耳には太鼓とバンジョー、カズーの旋律が聞こえているといいます。

色めき立つは西洋裏社会を取り仕切る秘密結社「壁の花教団」、実は彼らは"ジェス・グルー"の聖典を握っています。一神教(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教)を信奉する彼らは、アフリカ多神教(ブードゥーなど)を起源に持つ"ジェス・グルー"を常に聖典から遠ざけ、弾圧してきたのでした。

一方で、ハーレム、マンボジャンボ教会のブードゥー司祭、主人公パパ・ラバスは"ジェス・グルー"が聖典と一体になることを画策、聖典の行方を追います。さあさて、"ジェス・グルー"と聖典の行く末は?

もうお分かりですね、"ジェス・グルー"とはラグタイム、ブルースに代表される黒人音楽のことです。著者イシュメール・リードも黒人作家、しかもかなり過激な政治的メッセージを発する作家だとのことです。

"ジェス・グルー"はいつしかアメリカを制圧、太平洋を渡り日本にも到達していました。その末裔たるは、バンドやギターで音楽をしている自分たちです。でも"ジェス・グルー"の悲惨でやるせない出自、アフリカから家畜としてアメリカに無理矢理連れられ奴隷となり、奴隷解放宣言後も根深く陰湿な差別に苦しみ、50年代60年代、公民権運動でキング牧師やマルコムXを暗殺で失いながら、しかも歴史にさえ残らない多くの不条理な死を経験しながらも、歌い続けた彼らのことは忘れてはいけない気がします。

敬意を込めて。

大学探訪(5)首都大学東京

2006-09-13 23:41:51 | 雑事
しとしとと秋雨が続きます。急に気温も下がってまいりました。寒暖の差も激しい折り、みなさま体調崩さぬよう、くれぐれもご注意ください。

さて、大学探訪です。東京都立大学改め、首都大学東京は多摩ニュータウンの丘の上にあります。

東京都立大学から首都大学東京への改組は現在も進行中です(2011年完全移行)。しかし、そのほとんど恣意的とも取れる学部学科の再編、さらには法科大学院設置をめぐっての組織と教授陣の対立(最終的には何人もの教授退職者が出ました)など、音頭をとっている都知事、石原慎太郎の手腕が疑問視されています。

自分の仕事がらみでも、図書費の削減すさまじく軒並み書店の営業が図書館へ行かなくなった、とかいう話もあります。石原慎太郎、ご存知とは思いますが作家でもあり『太陽の季節』1956年で"太陽族"なる若者たちのリーダー的存在でもあったにも関わらず、その文化行政、教育行政は、司書や先生たちの嘆きを聞かされる自分に言わせれば、糞飯ものです。

作家であっただけになおさら、がっかりです。豊かな感受性も、歳を重ねれば保守化石頭化するのでしょうか。大人として分別あるふりをしながら、権力に寄りかかった傷つくものへの思いやりのかけら微塵もない発言。オリンピック招致にご執心なようですが、とても心配です。石原慎太郎自身の著作名を借りて言います『狼は生きろ豚は死ね』(1963年)。

ワンポイントチェック: 多摩ニュータウンは高度経済成長期の60年代に立案、70年代に開発が進みました(宮崎駿『狸合戦ぽんぽこ』の舞台でもあります)。広い敷地を使ったキャンパスは、優雅な公園のようです。