源太郎のブログ

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「世界で一番美しい散歩道」

2009年01月27日 | エッセイ

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「一番歳のいった人はいったい何歳なの?」そう聞かれて答える、「70代ですよ」。40代位に見えるその外国人男性、自分が54kmのコースを歩いて、その大変さに気付いたのだろう。平均年齢が高そうに見える我々のグループの「健脚ぶり」を感心して思わず聞いたのだ。

 ミルフォード・トラックは「世界で一番美しい散歩道」と形容される。そう言ってしまった方が勝ちだ。誰にも、どこが「世界一」等と言えないと思うのだが一度は歩いてみたい素晴らしい場所であることは間違いない。が、問題は「雨」。何しろ雨が降る。年間雨量6000mm。東京が1500mmだから4倍。尤も、雨が多い事がミルフォード・トラックの素晴らしさの「元」なのだから仕方がないとも言える。事実、シダや苔の類は雨に濡れていた方が綺麗に見える。

 シーズン中、一日にコースを歩ける人の数は途中にある六つの小屋のベッドの数に制限される。食料・寝袋などを自分で担いで歩く「個人ウオーク」が40人、温水シャワーのある三食付きの「ガイドウオーク」50人が夫々専用の小屋に三泊して歩く。

 日本を出る一週間位前からミルフォード・トラックのあるフィヨルドランド国立公園の天気予報が気になっていた。我々が予定していた期間、初日を除いてずっと「雨」の予報だった。人は期待値が高まるほど逆になった時の落差は大きい。天気もそうだ。だから、成田を出発する時から「雨の時の心構え」を強調してしまった。

 ミルフォード・トラックの初日は朝、ニュージーランドの南島にあるクイーンズ・タウンの町をバスで出発する事から始まる。途中の休憩を挟んで2時間半程でティアナウ湖畔にあるホテルに着く。昼食後、ウオークの起点までバスと船を乗り継いで約2時間。船着場から最初の小屋まで今日はたった1.2km、20分。空は曇ってはいるが雨の降っていない貴重な時間だ。小屋に荷物を置くとガイドに連れられて植物の説明を聞きながらのネイチャーウオークが約2時間。今回は日本語をしゃべる人が多かったせいか日本女性のTさんがガイド。因みに数多いガイドの中でも日本人はたった4人しかいない。それだけ、ここのガイドになるのは難しいのだ。日本人と言っても、相手にするのは日本人に限らず世界中から来た人になるのだ。Tさん、シーズン中トラックを歩くのは30回(1600km)にもなると言う結構きつい仕事だ。夕食の後は、恒例、国毎の「自己紹介」。日本人は最大のグループで我々を含め15人、その他オーストラリア9人、イギリス2人、アメリカ3人、地元ニュージーランドが3人、計32人。日本語と英語を母国語とする人達だけのグループ。これはちょっと珍しい構成なのだろう。

 二日目、今日は、クリントン渓谷のほぼ平坦な道を辿る16km程の道。朝食の前、テーブルに並べられた食材で、皆思い思いのお弁当(サンドイッチ)を自分で作るのが習わし。好みと自分の食欲に応じて作るのだから合理的だ。9時前、歩き始める頃、雨が降り出した。予報通りだ。すぐ、クリントン河にかかる吊橋を渡る。水の色がとても綺麗に見える。前日と違い、シダと苔類が雨に濡れて瑞々しく、生き生きとしている。時々垣間見える川辺の景色が素敵だ。午後1時前、温かい飲み物が用意された小屋に着く。早い人達は既に出発してもういない。雨が降り続いているこう言う時、小屋の中で食事が出来るのがありがたい。40分程の昼食の後、又雨の中歩き始める。それにしても、よく降り続く雨だ。時折超える小さな沢も水流を増している。昼食の小屋を出て2時間、その日の小屋に着く。びしょ濡れの雨具や衣類は強力な乾燥室で乾かす。我々が小屋に入って間もなく雨脚が強まり屋根を叩く音が響き雷もなっている。谷を挟む岩壁に無数の滝が筋となって走る。前回、ここの小屋に来た時も同じだった。いやな予感がする。前回は、翌朝、出ようとすると待ったが掛って待機を繰り返し、結局同じ小屋に連泊を余儀なくされた挙句、峠をヘリで超える事になってしまったのだ。

 三日目の翌朝、まだ雨が降っていたが出発には支障が無さそうだ。雨具を着て歩きだす。今日はマッキノン峠越えの日。700mの登りと900mの下りが待っている。歩行距離は16km。峠からの絶景は見えるだろうか? 今日はちょっと大変なので早めに出発。2時間程の所にある小屋でトイレ休。まだ、雨が降っている。30分ほどでジグザグの登りが始まる。その頃雨は止んだ。標高が高くなるに従って視界が開け色々な花が咲いている。マウントクックリリーの花期にはちょっと遅かった様で光った大きな葉っぱだけが目につく。丁度12時、この道を開発したスコットランド人、マッキノンのメモリアルに着いた。これで登りの大半は終わりだ。ガイドのTさんが暖かいスープを用意して待っていてくれた。その頃、目まぐるしく変わる天気は再び霧を呼んでいた。昼食を食べる小屋に急ごう。再び歩き始めて間もなく、さっきまで霧にけぶっていた景色も少しずつ良くなっている。今晩泊まる小屋もはるか遠くに見えている。青空も少しずつ覗き始めた。そして、見えた! 我々が歩いてきた山に囲まれたクリントン渓谷を覆っていた霧がゆっくりと上昇している。同時に歓声がこだまする。そして、普通なら20~30分で着く小屋まで景色を見ながら、写真を撮りながらで1時間も掛ってしまった。足の速い先行組が峠に着いた時、まだ視界は無かったと後で聞いた。「残り物に福」とはこの事を云うのかも知れない。

 四日目、サンドフライ・ポイントと呼ばれる船着場のあるゴールまで約21km。

緩やかな下りとは言え距離は長い。しかも、船が出る時間が午後四時と決まっている。ゆっくり歩きの我々、せめて早めに出よう、と言う事だったが、歩き始めて早々、どんどんと追い抜かれて行く。でも、天気が良く気持ちが良い。歩き始めて一時間ちょっとで「行者小屋」ならぬ、「ぎょうざ小屋」に着く。小屋の前にある山が「餃子」の形に似ているのでDumpling(餃子) Hutと呼ばれているのだ。サンドフライと呼ばれるアブがやたらに多い。不思議に歩いている時は寄ってこないが止まると集まってくる。早く出よう。トイレ休憩をして、再び歩き始める。途中、ニュージーランド紹介の写真には必ずと言って良いほど出てくる「マッカイ滝」や「鐘石」を見て川沿いの道を進む。午後2時過ぎ、やっと昼食をとる東屋に到着。サンドフライ以外、もう誰もいない。30分ほどゆっくりと自分でこしらえたサンドイッチを食べて最後の歩きに入る。一時間ほど歩いて32マイル(51.5km)のサインを過ぎた辺りで声を掛ける、「あと30分頑張ってくださ~い!」すぐ、「ハーイ」と「可愛らしい」声が揃う。そして、最後のマイル表示「33」を過ぎればゴールは近い。そして、船の出る10分前、ゴールイン。全員無事完徒。満面の笑みと共に万歳の声が辺りに響いたのだった。

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