愛、麗しくみちる夢

おだやか
たゆやか

わたしらしく
あるがままに

ヒマワリの元のタイトル「愛のすべて」②

2021-05-08 00:45:06 | 創作・みちレイ
「その状況だと、しばらくこっちに帰って来ないんじゃないかしら?」
「……おじいさまが、レイに近づかない方がいいって。ずっと、祈祷をしたまま出てこないそうよ」
 みちるはシオンの遺体がイタリアに無事に帰ることを祈り、この件にはもう関われないと事務所に伝えた。教会に彼を安置させることで、あの頃の感謝と、そして永遠のお別れと思っている。イタリアまで行って葬儀に参加する理由もなく、彼の死を嘆く涙は出尽くした。
もし、それ以外に自殺というレッテルを張られたシオンのためにできることがあるとすればは、バクを倒すこと。だけど、みちるにはその能力がない。そして、それはレイを1人危険な目に遭わせる結果になる。みちるのすべてで守ってあげたいのに、何もできない。
 夜までレイからの連絡を待ってみたが、電話は鳴らなかった。神社に電話をして、帰っているのかどうかを確かめると、おじいさまから会うなと言われてしまった。今は、誰も寄せ付けようとしないから、放っておいた方がいい、と。
「あの子がやりそうなことだわ。みちるが一番わかっているのでしょう」
「……えぇ」
「自分のせいでみちるを苦しめたって、本気で考えているんでしょうね。でも、私たちはレイの力を頼りにするしかないのよ」
「……えぇ」
「みちるが教会のことを相談しなくても、レイはみちるがシオンの知り合いだと気づいていたのでしょう?」
「……おそらく」
 食事も取らず、リビングのソファーに膝を抱えてうずくまったまま。レイの匂いがたくさんある自分の部屋で1人になると、気がおかしくなりそう。
夜になっても、知り合いからのメールや電話が止まらなかった。それでも電源を落とせないのは、レイと繋がっていたいから。着信音のたびに身体が震え、レイの名前じゃないと自己嫌悪になって。それを繰り返してばかり。せつながみちるの身体を抱きしめて背中をさすってくれる。その手の温もりで、こんなことばかりしていても仕方がないと、ようやく電源を落とす勇気が湧いた。
「レイは自分の意思でやっていることよ」
「……止められないのが、情けないの。それに、解決するためにはレイに頼るしかないわ」
「それは、全員が思っていることだわ。私たちは無力なのよ」
 守ろうとしても、みちるの腕からどんな手を使ってでも逃げて行ってしまう。それでも、必ず帰ってくることはわかっている。少し放っておけばいいと、過去に散々学んできたのに。ただ、不安しかない。安心できる要素が1つもない。
「レイに会いたい」
「そうね。みんな、レイのことが心配だわ。あの子の力を信じましょう」
「…………レイに会いたい」
 いつものように身体を重ねて、お休みと言ってキスをしたい。優しく抱いて、子供のような顔で眠るレイを見ていたい。
「レイに会いたい」






 警察から貰った資料の中に、レイが全く気付くことのなかった自殺があった。死体写真など見たくなかったが、バクの仕業なのかそれとも普通の自殺なのか、霊力を使って調べるために、呼吸ひとつ分の勇気を元に、美奈と一緒に写真を見た。
「………間違いない。嫌な妖気が身体を包んでいるわ」
「バクの仕業ね?」
「私が他の人を見つけた時も、こんな風だったから」
「こんな風に、自分で首を絞めて死んでいたのね」
「えぇ」
 被害者は外国籍の日本人と言う。そのシオンという人は、ヴァイオリンのソロコンサートのために、来日していた。海外の有名人ということで、かなり念入りに事件を調べてからの公表だったらしく、事件発覚からプレスリリースまで時間が経っている。警察は美奈とレイの説明を聞いたうえで、自殺という発表は取り消さないと言う判断を下した。妖魔とか、ダイモーンだとか、そう言うことを言って信じてくれる人は、美奈のおかげで警察の中にもいるけれど、自分で首を絞めたことは嘘ではない。そう言われたら、訂正できない。
「……ヴァイオリニストなら、みちるさんはこの人を知っているんじゃないの?」
「朝、少し様子がおかしかったわ」
「ニュースになったばかりだものね」
 朝食の時、みちるさんは様子がおかしかった。何かに動揺していたのは確かだ。昨日の夜中のこともあるから、レイが自分勝手に行動していたことで、きっと色々悩ませているのだろうと思っていたけれど、もしかしたら、みちるさんは知り合いが死んだことにショックを受けていたのかも知れない。バクのせいで、みちるさんにどうしたのかと聞くゆとりはなかった。

「……私が見逃さなければ」
「何言ってんのよ。レイちゃんは、ずっと1人で何とかしようと頑張ってきたじゃない」

 そんなきれいごとを言われても、死んだ人は生き返らない。避けられた死だったかもしれない。みちるさんを悲しませない道が、あったかもしれない。この事実を知ったら、みちるさんは何を想うだろう。レイはどうやって罪を償えばいいだろう。

 警視庁を出てタクシーに乗り込もうとしていると、みちるさんから電話がかかってきた。まだ、お昼にもなっていないのに。もしかしたら、シオンのことで何かを知ったのではないか。そんなことを思って電話に出ると、外国の知り合いの人が亡くなって遺体安置場所を探している、と言う相談をされた。シオンのことだとすぐにわかった。電話で済ませるだけじゃ赦されない話なので、みちるさんと教会で会う約束をしてから、タクシーの行先を変更した。
 レイを頼ってくれたのは嬉しい。でも、そのシオンを助けることができなかったのはレイ。
罪を告白し、罰を与えられなければならない。
「…………レイちゃん、何を考えているの?」
「何をどうすることが、いいんだろうって」
「自殺じゃないって知っている方が、生きている人は楽でいられるんじゃない?」
「……それはそうだと思うわ」
「私が言うよ。そもそも、レイちゃんは何も悪くないんだし」
 見過ごしたことは、罪に等しい。それでも美奈はレイを気にして声を掛けてくれる。その優しさはレイではなく、知り合いを失ったみちるさんに使ってあげるべきだ。

 みちるさんは泣いているだろうか。どれくらい親しい間柄だったのかはわからないけれど、きっと、大切な人だったのだろう。慰めの言葉を掛けたところで、レイのせいで死んだのだから、言葉は嘘と変わらない。

 結局、きららの涙を流すみちるさんを直視できなくて、レイは逃げ出した。




「レイ。朝日が眩しいと思わんかね」

 炎が完全に消えてから、ずっとぼんやりとしている。何も解決方法がわからないまま、途方に暮れていた。背後から聞こえたおじいちゃんの声と、差し込んできた光。
神社に帰って、縋るように炎の前に座り祈祷をしたのは、お昼を過ぎた頃。朝日と言うおじいちゃんの言葉も、嘘ではないだろう。
振り返ると眩しくて、おもわず目を細めたら、そのまま意識が遠のいてしまいそうになった。それを許さないように、おじいちゃんに頭を叩かれ、喝を入れられる。あと少しで、病院送りにされるところだった。

「…………おじいちゃん」
「レイ。水分不足と貧血で、また痛い目に遭うぞ」
「…………はい」
「酷い顔色じゃないか。どうせ、何も答えは出なかったのだろう。ボケた頭では何も解決などできるはずもない。少し横になりなさい。落ち着いたら話を聞いてやろう」
「…………はい」

 這うようにしてお風呂に行って、ぐっしょりと汗に濡れた巫女装束を脱ぎ、冷たい水を浴びた。倉田さんが素麺を湯がいてくれたので、それを胃に流し込む。冷たい麦茶が心に染みた。
顔色が悪いから病院に行った方がいいと、ママみたいに心配してくれる家政婦の倉田さん。レイが小学校に上がった時から、ずっとお世話になってばかりだ。最近は神社にいることも少なくなっているけれど、それでも帰れば、おかえりなさいって言ってくれる。小学生の頃は、学校のテストの答案用紙を、いつも倉田さんに見せていた。誰でもいいから褒めてもらいたいと思う時期がレイにもあった。

 ベッドに寝転がって、目を閉じる。みちるさんは今日、あのシオンのご遺体を教会に運ぶ手伝いをしているのだろうか。今もずっと、悲しみに明け暮れているのだろうか。
 みちるさんは澄んだ心を持つ人だから、レイを責めると言う気持ちなど生まれないだろう。その清らかさに救われて生きてきたのに。その清らかな心を汚さないように、守っていたかったのに。
 みちるさんの悲しみは、レイの悲しみ。それなのに、逃げ出してしまった。最愛の人を慰める言葉さえかけてあげられなかった。みちるさんに何一つ愛をあげることができなかった。みちるさんに、ずっと傍にいてと乞うているのに、みちるさんの傍から離れてしまった。

 少しの間気を失って、目が覚めたらお昼を過ぎていた。倉田さんに起こされて、無理やり食事を取らされたあと、おじいちゃんに呼び出された。
「みちるちゃんに、レイを放っておくように言ってあるんだが」
「……連絡が来たの?」
「ワシとみちるちゃんは仲良しだからな」
 みちるさんはレイが学校に行っている間に、時々、おじいちゃんの顔を見に来ている。おじいちゃんにレイのことを色々話しているらしい。学校生活は真希がペラペラしゃべるし、みちるさんの家でのことは、みちるさんが報告をするし。
「……ちょっと前に、みちるさんのお知り合いが死んでしまったの。ニュースにもなって、色々と大変みたい」
「そのことと、お前が狂ったように祈祷をしていることと、何か関係があるのか?」
「自殺って言われているけれど、妖魔の仕業だと思うの」
「それで、その妖魔を追いかけておったのか?」
「…………なんとかしたくて」
 昔から、レイにしか見えなかった世界がある。死神も見えるし、呪縛霊や土地を守る神様の光も見えている。そのことを正しく理解してくれているのは、小さい頃から傍にいるおじいちゃんだけ。浮遊霊とわからずに会話をしていた子供だったらしく、人と会話ができない癖に、どうしてそっちと会話をするんだと、おじいちゃんは辟易していたそうだ。
最近は、浮遊霊を見ることはなくなった。無意識にチャンネルを切り替える力がついたのだろう。愛に満ちて、健全な生活を続けているおかげだと思う。

今は、健全じゃないせいで、冷静さを欠いている。おじいちゃんはいつものように、馬鹿と言ってため息を吐くだけだ。

「みちるちゃんが悲しみに明け暮れていると言うのに、お前は傍にいてやらんつもりか」
「……だって、私が見過ごしたせいだもの」
「まぁ、狂っているレイの傍だと、みちるちゃんはかえって気分が悪くなるだろうな。勝手に罪を背負い追って」
 バクを倒すことができても、死んだ人は生き返らない。倒すことを諦めようと思わないが、倒せなかった自分を許すこともできない。もっともっと、神経を研ぎ澄ませるべきだった。無理にみちるさんと一緒に過ごさずに、なりふり構わずにバクを探し回ればよかった。 
 心配を掛けないようにした結果、みちるさんの知り合いを見殺しにしてしまったのだ。
「おじいちゃん、私……どうやって罪を償えばいいの。妖魔を倒しても、死んだ人は生き返らないわ」
「みちるちゃんはそんなことは望まんだろう?」
「でも」
「それはレイの身勝手だと思わないのか」
「…………思う」

 この両手は、みちるさんを守れなかった。みちるさんの大切な世界を。みちるさんが大切だと思う人たちの安寧を、守ってあげることができなかった。

「お前がやるべきことは、まずは、死んだ人に花を手向けて祈ることじゃ」
「…………はい」
「そして冷静さを取り戻してから、あらためて神様に問いかけなさい。今のお前では、何一つ解決なんて出来ないだろう」

 どうすれば、冷静さを取り戻せるのだろうか。冷静になろうと思って、一晩中、炎に向き合ったのに。きっとそう言う行動を取っている限り、まだレイは気が狂っている。

 氷でしばらく額を冷やし、外が涼しくなるのを待った。身体のだるさは消えないけれど、まずはおじいちゃんが言う通り、亡くなってしまった人に、花を手向けなければ。
花屋に行って白百合の花束を買い、バスで教会へと向かう。もしかしたら、みちるさんと会ってしまうかもしれない。そんなことを考えるたびに息が苦しくなる。でも、次に進むためにそれが必然ならば受け入れるしかない。
 静かな教会で1人祈りをささげた。みちるさんとおなじヴァイオリニストならば、きっと世界で活躍をしていた人なのだろう。神様の元に召され、安らぐひと時を過ごすように祈った。どれだけ祈り続けても、神様の元に召されることは幸せなことなのだと、自分に言い聞かせても、胸を締め付ける何かが消えることはない。レイは教会の裏に周り、ママのお墓の傍にしゃがみ込んだ。

「……そろそろ、ママの命日か」

 ママが生きていたら、レイのせいで愛する人の知り合いが死んでしまったことを、どんな風に想うだろうか。そもそもレイは、もっと違う人生を歩んでいただろうか。たとえ、戦士の力に目覚めていたとしても、神社に預けられることもない人生なら、大きな屋敷で学校から帰るレイを迎えてくれるママがいてくれるのなら。
本を読むために“セレナーデ”に立ち寄ることなく、みちるさんと再会をすることもなかったかもしれない。そもそも、ママがずっといたら、本を読む趣味を持たなかっただろう。
みちるさんとは、時々会う知り合い程度の関係でいたかもしれない。あるいは、もっともっと関係が薄れてしまっていたかも知れない。

 みちるさんの愛は、レイのすべてなのに。

「ママ……人の死は、生きている人の未来を狂わせるのよ」

 シオンと言う人の死は、誰の未来を狂わせるのだろうか。みちるさんの未来は、変わらずにレイと共にあるのだろうか。




 目が覚めると病院だった。鬼の形相で見つめてくる瞳。角と思ったのは、きっと蛍光灯。ママのお墓の前で、眠くなってウトウトしていたことは覚えている。きっとレイを心配して、教会の人が乃亜ちゃんに連絡をしてくれたのだ。朝日にこんがり焼けずに済んだことは良かった。清々しいと思えるくらいの目覚めだと思ったのは、失っていた水分を点滴で取り戻したから。
「乃亜ちゃん、顔が怖い」
「火川のおじいさまは、もうレイなんて知らないと言っていたわ」
「……眠たくなって、寝ちゃった」
 レイは出来る限り、体調不良じゃないと笑おうとしたけれど、医者相手には無理だろう。
「死にたいの?いっそ、殺すわよ?」
 脳みそが震えるんじゃないかって思うくらい、力いっぱい頭を叩かれる。レイは寝たし水分も取れたから、お家に帰ると告げてみたけれど、それを言い終わる前に2発目が襲ってきてしまう。
「どうして、素直にごめんなさいと言えないの?あんなところで倒れていたら、心配するのは当たり前でしょう?」
「……ごめんなさい」
「神社に帰ってくるなって、おじいさまが言っていたわよ」
「いや、帰るし」
「神社に帰ったら、塩を投げつけて追い返すって」
 おじいちゃんの言う通り教会に花を手向けに行ったのに、どうしてそんなに怒られなければならないのだろう。こういう時こそ、優しく出迎えてくれるのがおじいちゃんという立場なのに、未だに一度もそう言う役目を果たしてくれたことがない。レイが可愛げのない孫と言うことは、この際置いておくけど。
「帰りたい」
「腕を縛ってでも入院させてやる」
「なんでよ。帰らせてよ」
「レイは、反省もしないし何も学ばない」
「もう、しない」
「そのセリフ、何度も聞いたわ」
 レイは走れるくらい元気だと主張してみた。それでも教会で眠ってしまった罰は免除されそうにない。
「お願いだから、せめて綾瀬の屋敷に連れて帰って」
「真希は受験勉強で忙しいの。お父様とお母様は軽井沢。私は仕事。馬鹿の監視ができないでしょ」
「真希は私と勉強、どっちが大事なの?」
「医者になるのがあの子の夢よ。私は真希に医者になってもらって、レイの世話を押し付けたいの」
 お世話をしてくれなんて、頼んでいない。そう言おうとして言葉を飲み込んだ。都合よく乃亜ちゃんに電話をして、薬を処方してもらうし、おじいちゃんが風邪を引いたら往診を頼むし、今も助けてくれている。乃亜ちゃんには言い返せるけれど、真希はレイが何を言っても、笑ってスルーしてしまうから、あっちの方がやっかいだ。医者になってもレイに構わないで欲しい。
「……おとなしく寝ていますので、屋敷に帰してください。真希に迷惑かけません」
「ダメよ。どうしてもと言うのなら、責任者に引き取らせるから」
「おじいちゃんは塩を掛けるから嫌」
「おじいさまじゃないわよ。レイの保護責任者は、もう1人いるでしょ」
 
 まさか、と思ったけれど。

「…………やっぱり入院します。いえ、させてください」

 目覚めてすぐ、鬼の形相が視界に飛び込んできたせいで、みちるさんが傍にいてくれることに、注意力が向いていなかった。レイが困る顔を見て、満足そうなしたり顔の乃亜ちゃん。ようやく鬼の角が消えて、笑顔で病室から出て行ってしまった。

「思ったより元気そうでよかったわ」
 みちるさんの両の手は、いつもと変わらない優しさを伝えてくれるように、レイの右手を包み込んでくれた。
「…………ごめん、いつも心配ばっかりかけている」
「おじいさまに、レイの様子を聞くだけでもって思って神社に行ったの」
「…………ごめん」
 どうして、みちるさんは知り合いが死んだあとだと言うのに、こんなにも愛をくれるのだろう。レイの身勝手を受け容れてくれるのだろう。
 1つでも愛を返してあげたくて何かしようとするたびに、結局、みちるさんの負担になっている気がする。
「レイが入院したいのなら、体調のことを考えてそうしましょう。私はずっと、ここにいるわ」
 どうして、そんなに優しいの。
どうして、偽りのない瞳でレイのことを愛してくれるの。
愛してと希ったけれど、レイは、みちるさんの知り合いを見殺しにしてしまった罪人なのに。

「…………私、どうすればいいのかわからない」
「私は過去よりも、いつだってレイとの未来が欲しいの」

 レイもみちるさんとの未来のために生きている。
 だから、この世界からみちるさんを傷つけるすべてを、消してしまいたい。
 世界の嘆きから遠い場所で、穏やかにいて欲しい。

「私もそう希っている。でも、人の死は未来を変えてしまうわ」 

 “もしも生きていれば”なんて、死者を苦しめるだけの考えは、生きている人間のエゴ。
 過去は懐かしむもので、変えたかったと願うことは罪。  
 罪をあと、どれくらい重ねてしまうのだろうか。

「……………バクがいる」

 ぼんやりと見える天井のシミ。なぜかそれと視線が重なったような気がした。
 霊感が危険だとレイの心に警告している。
 美味しくなさそうなレイの夢を……食べたいと思っているのだろうか。
 何かをしなきゃ。そう思っているのに、言葉が浮かんでこない。

「……みちるさん!!!」

 レイはベッドから落ちながら、みちるさんを狙ったバクを身体で受け止めた。

 あぁ、神様。
罪を償えと言うのなら、いくらでもこの身体を差し上げます。
 だから、みちるさんをもう悲しませないで。













「おやおや、みちるちゃん。ワシに会いに来てくれたのかい?」
「おじいさま、おはようございます」
 どんな言い訳を用意しておけば、おじいさまはレイに会わせてくれるだろうか。昨日も、レイから電話はこなかった。みちるは1人で眠ることが嫌で、ほたるの部屋で夜を明かし、早朝にレイの好きなペリエと作り置きしているレモネードの瓶を手にして、車を走らせた。
朝の神社は風もなく、とても静かで厳かな世界。玄関で家政婦さんに挨拶をして、応接室に通してもらうと、おじいさまが待っていてくださった。
「いつもあの馬鹿が迷惑をかけてすまんね」
「いいえ。あの、レイは出掛けてしまいましたか?」
 冷たい麦茶で喉を鳴らすおじいさまは、腕を組んで大きなため息をひとつ。
「レイは昨日の夜から、病院におるんじゃ」
「……病院?入院しているということですか?」
「あの馬鹿は、教会の墓地で寝転がっとったそうでな。なんて罰当たりなやつじゃ」
 それは、気を失って倒れていたと言うことだろうか。やれやれと言う表情から、命に別状はないのだろう。それでも、レイが倒れるほど心労を抱えていたのは、みちるのせい。みちるがレイを追い詰めたから。どうして、教会にいたのだろう。シオンのためにお祈りをしてくれたのだろうか。
「ごめんなさい、私のせいです」
「何を言っておる。みちるちゃんは、お知り合いを失くしたばかりじゃ。謝る必要などないよ」
「あの子を追い詰めたのは私です。私がもっとちゃんとしていれば」
「いやいや、ありゃいつも通り自分勝手に狂って、勝手に倒れたんじゃ」
 レイの勝手行動に呆れても、おじいさまはレイの自由をキツく縛ってくれない。レイが倒れて入院していても、いつもと変わらない。馬鹿とののしりながら、それでもレイが自分で納得して立ち上がるまで放任し続けている。
「……レイは、自分のせいで私の知り合いが死んだと勘違いしていて」
「亡くなった人は、夢半ばだっただろうに、とても残念だったね。みちるちゃんも、さぞ悲しかろう。でも、レイが悔やむのを許してやっておくれ。あの馬鹿はそうやって生きてきたんじゃ」

 みちるの右手を、とても温かく大きな手が包んでくれた。

多くの人のために祈りをささげ、あらゆる苦悩を受け止めてきた手。優しくて、縋りたくなるほどの溢れる愛が、皺の中に刻み込まれている。レイを想う愛は同じなのに、どうしてみちるは弱いのだろう。もっとこんな優しい愛でレイを包んであげたいのに。

「みちるちゃん。愛はいつだって一番自由なものだとね、ワシは思う。愛することも愛されることも、そこにはちゃんと自由がある。ただしね、片方だけの手では飽き足らず、両の手で握りしめたのなら、義務を果たさなければならないのだよ」
「……はい」
 差し伸べた手が空回りしているわけじゃない。レイとキスをしたときからずっと、みちるがレイの両手を掴んだ。どんなことがあっても、その両手を離したりしないと強く希った。果たせぬ義務を自ら課した罪は、背負わなければならない。
「いやぁ、ワシも義務を果たさんとならんかな」
 真っ直ぐなおじいさまの瞳は、本当にレイと似ている。みちるは膝の上に置いていた左手を、おじいさまの前に差し出した。
 両の手を温める愛は、安らぎを与えてくださる。生きている人であっても、死者に対してでも、いつだって誰かのために祈る両手。この温もりから生まれる愛が、レイを守ってきた。
「レイはおそらく義務を果たそうとしておるのだろう。例え、それがみちるちゃんの望むものではなくても、レイは神様から与えられた力ゆえ、到底理解できん行動を取ることもある」
「……はい」
「正直言ってね、レイは人を愛することができると思っていなかったよ。すでに神様から重たい荷物を与えられて、それだけでも苦しかろうに。あの子は、重圧に倒れながらも、必死に義務を果たそうとするよ」
 みちるにも、果たさなければならない義務がある。みちるの悲しみを嘆き、倒れるほど追い詰められたレイを助けなければならない。レイのためにもっと強くならなきゃ。
「レイに会っていいですか?」
「ワシは、みちるちゃんがレイから離れる最後のチャンスを与えようと、説教したつもりだったが」
 にっこりと微笑む目じりのしわ。今の話で、レイから離れたいと思う要素がどこにあったと言うのだろう。


寝ているレイの顔色は、誰が見ても具合が悪いとわかるほどのものだった。入院させた方がいいのではないか、と不安を覚えるほど。
「レイ、葉月さんの墓石の前で倒れていたのよ」
「……レイの母親の?」
「そろそろ命日だから、何か伝えたいことでもあったんじゃない?だからって、墓石を枕にして寝たら、天罰が下るに決まっているのに」
 乃亜さんにレイを迎えに行くと連絡をして、病室に案内してもらった。目を覚ましたレイは、顔色と正反対に、乃亜さんに言い返しているけれど、これくらい声が出るのなら、連れて帰ることは出来る。
 ゆっくりとバクについて話し合い、そしてみちるが出来ることを探さなければならない。
「思ったより元気そうでよかったわ」
 みちるの存在に気づかなかったレイは、乃亜さんに言い返す声と打って変わり、とても心苦しそうな顔になった。
「ごめん、いつも心配ばっかりかけている」
「おじいさまに、レイの様子を聞くだけでもって思って神社に行ったの」
「ごめん」
 冷たい右手。みちるが貰ったおじいさまの愛を、レイに返してあげたい。いつでもレイを想って、ちゃんと見守ってくれている。乃亜さんが言うほど、おじいさまはレイに怒ってなどいなかった。
「レイが入院したいのなら、体調のことを考えてそうしましょう。私はずっと、ここにいるわ」
 みちるの傍にいられないと、レイが思うのも無理はない。レイはそれほどみちるを愛し、愛に対する義務を果たそうとしてくれている。例え、何があってもレイはそれを貫くだろう。
「…………私、どうすればいいのかわからない」
「私は過去よりも、いつだってレイとの未来が欲しいの」
 みちるが守りたいのは、レイの心の安らぎ。でも、レイの心の安らぎはいつだって、みちるのためにある。レイのために、もっと強くならなきゃ。

「私もそう希っている。でも、人の死は未来を変えてしまうわ」 

 シオンが死んでしまったからと言って、みちるの未来は変わらないだろう。変えられない過去を懐かしむ時に、少し悲しいと思うことはあるかもしれない。でも、みちるの未来はレイのためにある。
母親の死が変えた、レイの未来。幼い頃、奪われてしまったレイの未来。その世界でみちると出会った。できれば、レイの母親に会ってみたかった。どんな声で、どんな笑顔でレイを抱きしめるのだろうか。レイはどんなふうに微笑み返すのだろうか。もしかしたら、レイの母親が生きていれば、みちると愛し合う世界はなかったかもしれない。
それは、みちるには悲しい世界。でも悲しいとわかる前に出会いさえなかったかもしれない。
 
変えられない過去を背負って、レイもみちるも生きていかなければならない。レイはシオンを自分が救えなかったと、ずっと想いながら生きていくだろう。それがレイの生き方ならば、いつかそれが間違いだと気づくその日まで、みちるはレイの想いを抱いてあげなければならない。
愛し合うための義務の1つ。

「……………バクがいる」








ここまで書いて、あ、無理だってなって全部書き直しました。
どうやって、夢に引きずり込まれるのか。その過程をすべて書き直しました
もとは、指揮者じゃなくてヴァイオリニストだったシオンです。

個人的にはおじいちゃんとみちるの会話は好きだったのですが、泣く泣く全部消したんです。
あと、ほかに5,000文字くらいは書き直したり消したりしているんですよ。

ふふふ。
こうやって、リライトしまくったのがヒマワリです。
愛のすべてっていうタイトルは好きでしたが、これにすると、もう全て出尽くしたようなタイトルになると思って、やめたんです。



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