かつて色覚に問題がある者は全て不適格だった。
事業用はもちろん、自家用操縦士への道も固く門は閉ざされていた。 ところが近年になって規制は緩和され、自家用の場合に限り、軽度と診断されれば可能性があるということがわかった。
2種類ある色覚の精密検査にパスすれば大臣判定という道がある。ではその検査内容とは・・・
ひとつはパネルDといって微妙に色分けされた10数個のパネルをグラデーションの順に並べていく検査。これについては難なくクリアーすることができた。
もうひとつはアノマロスコープという、外観が顕微鏡のような形をした検査器によって行う。 スコープの中をのぞくと、円の上半分と下半分が薄い赤と緑に色分けされていて、被検者にその片方の色を、もう片方の固定した色と一致するよう、自分でツマミを回しながら濃度を調節させ、色を識別する能力を見る検査である。
実はこのアノマロスコープの検査が私の前に立ちはだかったのだ。正常な人にはきちんと合わせられるのだろうが、私にはどの位置で合っているのかが、なかなかわからない。
かなりシビアな識別能力を求められるには違いないのだが、何度合わせても合っていないような気がしてツマミの位置がなかなか定まらない。正常な人でさえわかりにくいほどのレベルだとも聞いたことがある。
『ゆっくりでいいから』と、検査担当の医師が言ってくれた。しかし・・・ いくらやってもなかなか合うポイントを見つけられない。あせればあせるほど二つの色は一致してくれない・・・
しだいに絶望感が私を襲い始めてきた。視界の片隅にあった希望の火が、弱々しく消えかけているのが同時に見えた。万事休す。やはりダメか・・・あきらるしかないのか
人には努力すれば克服できるものとできないものがある。40数年生きてきて、ここぞという場面では頑張ってきたつもりだった。しかし残念ながら今回のケースはあきらかに後者にあたるものだ。
能力の限界を越えている・・
劣性遺伝として現れたこの色弱という障害は一生治らない。本人の努力とは無関係のところにある事実であり、自分に科せられた運命を改めてつきつけられた格好となった。
ここまで頑張ったけどやっぱり俺には無理なんだ・・・ 弱気の虫が遠慮無しに私のかすかな期待を押しつぶそうとしていた。しかし、ここで自分を奮い立たせたのは
操縦輪をこの手で握りたい!
子供の頃から願い続けたこの強い思いにほかならなかった。 ダメでもともと、ダメでもともとじゃないか! いつのまにか、気持ちは切り替わっていた。過去のことは考えまい、と思い直した私は決意を新たにした。
これが最後のチャンスだ。 ついに腹を決めた私は目を閉じて、一度大きく深呼吸した。そして全神経を集中し最後の難関、アノマロスコープへと再び挑んだ。
検査終了の日から約1ケ月後。 その日は木枯らしが吹き荒れるとても寒い日だった。国土交通省からようやく届いた封書をおそるおそる開けてみるとそこには、小さな字で合格
と書いてあった。
永遠の飛行機少年が目指した
パイロットへの道
は、たった今まで完全に目の前の視界を奪っていた深い霧が、すーっと消えていくようにして、私の目の前にその姿を現したのだった。