ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん3…前沢牛/岩手県奥州市 『肉料理おがた』

2009年11月14日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

【前沢牛】
 ■系統・掛け合わせ…黒毛和種
 ■肉質・等級など…A4~5・B4~5/BMS平均7~9
 ■生産出荷元…JAいわてふるさと

 平泉駅を後にした東北本線の列車の車窓には、稲刈りを控えた雄大な田園風景が広がっている。稲の葉の濃い緑と鮮やかな黄緑、垂れた稲穂の黄金色が織り成す、緑系統のグラデーションは圧倒的な鮮やかさ。加えて山の深緑の奥深さと空の蒼さ、その上にもくもくと盛り上がる白い雲。松任谷由美の歌ではないが、岩手の内陸の風景は、どこかロシアや北欧をイメージさせるものがある。
 この冷涼でクリーンな空気こそが、前沢牛の肥育に向いた環境なのだろう。北上盆地に位置する前沢は、中央部を北上川が流れ、北上高地と奥羽山脈を望む、清涼な水と内陸性の穏やかな気候に恵まれている。その肥沃な土地では、前沢米に代表される良質な穀類が栽培される。暑さに弱く寒さに強い牛の生育に、もってこいの環境。鮮やかな霜降り肉の形成の基となる、稲藁や穀類の飼料。このように、当地は名だたる高級和牛である前沢牛の故郷として、申し分ない条件が整っている。

  
前沢ギュー太君は幟にも登場。菜旬館は前沢駅からも近い直売所で、前沢牛肉を買うこともできる

 前沢ギュー太君なる、ゆるキャラのイラストが手を振って歓迎してくれている、前沢駅の案内マップによると、駅の西側に前沢牛肉の販売店や食事処が、いくつかあるらしい。まずは歩いて2、3分のところにある、JAの直販所「菜旬館」を覗いてみることに。
 店頭にはいわて前沢牛の幟がはためき、産直品が並ぶ店内の奥の左手の一角に、前沢牛の販売コーナーが設けられていた。冷蔵ケースには見事な霜降りの肉が並んでおり、特選カルビが100グラム1500円、焼肉用が100グラム850円と、さすがにいいお値段だ。切り落としやすじ肉といったお得商品も並び、地元の買い物客の姿もちらほら見られる。

 直販所を運営しているJA岩手ふるさとは、前沢牛の集荷・出荷団体でもある。前沢牛は、松阪牛や神戸ビーフなどと並ぶ「5大ブランド牛」に挙げられるが、それらの中では後発の銘柄にあたる。それが近年評価されてきたのは、JAをはじめとする町と生産者による努力のおかげといえる。前沢牛のルーツをたどると、農業の機械化で余剰となった荷役牛。これをもとに肉用種の繁殖を目指したが、初出荷した昭和44年当初は、まだ評価が低かったという。
 それが兵庫と島根の牛を種牛・繁殖牛とした頃から、肉質が向上し始める。加えて出荷した牛の枝肉情報を還元するなど、農協や生産者間で密な情報交換や、独自の改良が行われていった結果、昭和53年の東京食肉市場への出荷で、枝肉販売価格が当時の日本一を記録。これを機に、前沢牛の銘柄が全国に知られるようになった。前沢牛のブランドの確立は、地域がひとつになっての品質向上の努力がなされていった結果だろう。

 
まるで豪族の館のようなたたずまいの肉料理おがた。販売所も併設している

 前沢米や地場産の野菜を眺めながら、店内をぶらついていると、時計がようやく11時を指した。街道を挟んですぐ向かいにある、『肉料理おがた』の開店時間である。自社の牧場である、小形牧場直営の肉を販売する「前沢牛オガタ」の食事処で、郊外型レストランのような大型の店舗が目をひく。客席もボックスシートのテーブルの中央に鉄板が据えられた、大型焼肉店のスタイル。通された席の窓の外には、店頭に立っている前沢牛の像が眺められ、牛君の像を拝みながら本場・前沢牛をいただくことに。
 ランチメニューを開いてみると、ヒレ、サーロイン、それぞれをハーフにしたミックス、リブロースなど、各部位が揃った前沢牛のステーキが目に飛び込んでくる。ほか「霜降り肉」と記してある焼肉定食に、前沢牛のハンバーグもうまそうだ。様々な部位の肉を味見してみたいと思ったら、その名もズバリ「前沢牛焼肉味くらべ膳」を発見。前沢牛の上霜降り焼肉、霜降り焼肉、赤身焼肉がそれぞれ50グラムずつ、ミニユッケもついて3500円とは、ランチならではのお得メニューである。

 運ばれてきた肉の見た目は三種三様で、赤身肉は鮮やかな紅色で、目の粗い網状に脂が入っている。霜降りは脂がマーブル模様のように細かく、表面がごわごわした感じ。そして上霜降りは霜降りが細かすぎて、模様というより赤身の部分となじみ、全体がピンク色をしている。まるで人肌っぽい艶かしさだ。
 店の人に焼き加減を聞くと、「特に決まりごとはないので、お好みでどうぞ」とのことで、まずは網の上にそれぞれひと切れずつ並べていざ、焼きはじめである。すると上霜降りがすぐに炎をあげて燃え出してしまい、あわてて3つ全部を網から撤収。縁の部分がほの赤く焼き上がったぐらいの赤身からいただくと、焼きが足りないのか味が軽い感じがする。ほのかに牛の香りがするが、品が良すぎてやや物足りないか。
 霜降りは表面にジクジク肉汁が泡立っており、焦げもなくちょうどいい焼き加減のよう。赤身の部分はやはり淡く感じるが、脂がトロトロと染み出し、際立った甘みが牛焼肉の醍醐味だ。一方、上霜降りは見た目がカリッと焼けすぎてしまったが、口に入れるとフルフルの舌触り。ほとんどが脂のようで、口の中でとろけて蜜のような多重な甘みが広がってくる。

    
左から赤身、霜降り、上霜降り。霜降りの入り方が、密になっていくのが分かる

 「味の芸術品」ともいわれるこの霜降りこそが、前沢牛の大きな売りだろう。緻密に入っている割にはくどさがなく、風味豊かに口の中でとろけるため、焼肉やステーキのほか、牛刺やにぎりなど生食での評価も高いとされる。全国肉用牛枝肉共同励会では、これまでに名誉賞(グランプリ)を6度、最優秀賞(準グランプリ)を5年度延べ6回獲得。銘柄の基準である肉質等級4以上が、年度により生産量の7割を超えることもあるそうで、地元では「肉質日本一」と堂々と称しているのも、伊達ではないようだ。
 三種の部位それぞれのベストな焼き加減が違うので、二順目からはマイペースで1枚ずつていねいに焼きながら、優雅にひとり焼肉を満喫しよう。赤身は片面が軽く焼けたらひっくり返し、もう片方の表面に赤い肉汁が浮かぶぐらいが食べ頃のよう。クイッと歯ごたえが出て、少ない脂が落ちた分わずかな肉汁が瑞々しく、純粋に赤身の旨さが楽しめる。
 一順目の焼き加減がベストだった霜降りは、表と裏がざっと色が変わったぐらいでいただく。シコシコと弾力があり、かむと脂の味がジトッ。赤身と脂のバランスが、実にいい肉だ。そして上霜降りは炎に軽くかざしたぐらい、まだピンク色のレアで。すると蜜のような脂がサラサラととけて激甘、舌にしっかりと残るほど印象的である。

 
霜降りは炎がボッと上がるほどの脂ののり具合。甘みがあるが、赤身の部分も味がいい

 それぞれの焼き加減を会得したので、残りひと切れずつを同様にもう一巡いただき、赤身、肉汁、脂それぞれの実力を食べ比べて実感。満足して食事処を後に、隣接の売店にも立ち寄ってみる。ランチメニューで気になった、前沢牛ハンバーグを見かけ、買い求めると「脂が多いので油をひかずに表裏を焼いたら、ふたをして中火で仕上げるといい、水は使わなくても大丈夫」と、店のおばちゃんが焼き方を細かくレクチャーしてくれた。素材の肉はもちろん、前沢牛のミンチのみ、と、自信満々で勧めてくれる。
 一緒に焼肉用の肉も買っていこうか、と冷蔵ケースを眺めていると、品札に前沢牛とは別に、「牛匠小形牧場肉」という銘柄があった。ロースにカルビなど、部位によってはどちらの銘柄もあり、値段もいく分違う。見た目では違いが分からず、おばちゃんに聞いてみたところ、「どちらも同じ牧場で肥育した同じ肉。だけど、銘柄だけが違う」との答え。同じ牧場の同じ肉なのに違う銘柄とは、ますますよく分からない。

 前沢牛の銘柄の基準は、「奥州市前沢区に住所のある生産者が、前沢区内で肥育生産した牛であること」とある。出生からと畜までが、前沢区が最長とも定められ、一般的には繁殖農家で10ヶ月、前沢の肥育農家で22ヶ月育成された後に、JA岩手ふるさとを経由して集荷・出荷される。
 そして基準の中で加えて重要なのが、この「JA岩手ふるさとを経由して集荷、出荷されたもの」という点。前沢牛という銘柄は、JA岩手ふるさとにより商標登録されており、前述の肥育生産についての基準を満たしても、JAによって取り扱われないものは、「前沢牛」とは名乗れないのである。
 小形牧場銘柄の牛肉も、前沢にある直営牧場で肥育生産されており、800頭の黒毛和牛を一頭ずつ担当者を決め、独自の配合飼料を与えるなどして飼育環境や方法に気を配り、2年間かけて丹念に育て上げている。このように、肥育生産や肉質に関しては前沢牛の基準を満たしているのだが、出荷・流通はJAを通さずに、直販など独自の経路で行っている。そのためまったく同じ肉だが「前沢牛」ではなく、自社ブランドの登録商標「牛匠小形牧場肉」として、取り扱っているのである。

 
冷蔵ケースの「小形牧場肉」。前沢牛と肉質は同じ

 「『前沢牛』の方が値段が高いから、同じ予算なら小形牧場産のほうがいい肉が買える」と笑いながら話すおばちゃん。地元の人はよく知っているので、家庭で焼肉やすき焼きをいただく際には、小形牧場産の肉を買っていくという。逆に贈答品にする場合は、全国に知られた高級銘柄・前沢牛の方にするなど、用途によって使い分けているのだとか。
 家族へのおみやげに、焼肉用の肉を買いたいのだが、高級銘柄・前沢牛を買っていってびっくりさせるか、同じ予算で小形牧場の肉をたっぷり買って満腹になってもらうか、これは悩ましいところ?(2009年9月10日食記)

【参照サイト】
日本の名牛いわて前沢牛の町(前沢商工会) 
http://www.shokokai.com/maesawa/
岩手前沢牛協会 http://www.maesawagyu.net/
前沢牛オガタ http://www.maesawagyuogata.co.jp/bokuzyo.html



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