海一族の村の中。
海一族トーマの後ろを、山一族アキラは歩く。
何も話さない。
あたりが少し明るくなったころ、一軒の家にたどり着く。
と、
トーマが振り返る。
「カオリは、帰らなくてはと何度も云っていた」
アキラを見る。
「引き留めていたのは俺だ」
アキラは頷く。
トーマは家の中へと入る。
アキラも続く。
中の、部屋の扉を叩く。
「カオリ」
「……トーマ?」
トーマの言葉に、中から応えがある。
この声は。
「今朝は出かけるんじゃなかったの?」
「カオリにお客さんを連れてきた」
「お客? 私に?」
アキラは、その扉を見る。
中から、カオリが現れる。
「カオリ」
「兄様!」
カオリは驚きの表情を見せる。
アキラに近寄る。
「兄様。なぜここに?」
云いながら、カオリの表情が緩む。
「カオリ、怪我をしたと訊いたが」
「ええ。でももう、大丈夫よ」
「よかった」
トーマが云う。
「本当に、兄妹なんだな」
「何と礼を云ったらいいか」
「それには及ばない」
トーマが首を振る。
アキラを見る。
その目は、まだ根本的解決ではないだろう、と。
そう云っている。
「とりあえず、ここにいれば安全だ」
トーマは部屋の中を見回す。
「適当に坐ってくれ。話すこともあるだろ」
云うと、トーマは、別の部屋へと行く。
カオリが云う。
「ごめんなさい、兄様」
カオリはアキラを見る。
「私、……怖くなってしまって」
アキラは頷く。
「逃げるつもりじゃなかったの。でも、気付いたら……」
あの日。
雨の降る中、
山一族の村を出て、ひとり
ただ、歩き
たどり着いた川で足をすべらせ
気付けば、海一族の村まで来ていたこと。
カオリは、覚えていることを話す。
「カオリ」
アキラが云う。
「山に帰るか?」
「……兄様」
「山に帰ると云うことを、選べるか?」
「…………」
カオリは目をそらす。
その身体は震えている。
「カオリ」
再度、アキラは呼びかける。
「お前は、……生け贄じゃなくなったんだ」
「……え?」
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