「じゃあな、都筑。明日は遅刻するなよ」
「うん、また明日ね」
京都から帰ってまだ日も浅い所為か、都筑はそう言って無理笑いをして見せた。
それが面白くなくて、密は都筑を軽く睨むと、サッと背を向けて召喚課を後にしようとした。
「ああ、黒崎君」
不意に近衛課長が密を呼び止める。
「帰る所をすまない。ちょっと手伝ってくれんかの」
「はい」
密はそう答えて、コートとリュックを席に置いた。
「ついてきてくれ」
密は課長の後に続いて、課を出て廊下を進み、階段を上っていった。
「あの」
近衛が歩みを止めたのは、重厚な扉の前だった。
華麗な装飾を施した、どことも違う威容な扉。
それに驚いて声をかけた密に、近衛は渋面で振り返った。
「都筑から聞いた。呪詛がまだ残っていたこと、隠していたそうじゃな」
「!」
息を飲んだ密を、近衛は労わるように見つめ重ねて言った。
「なかなか言い出せぬ気持ちは良く分かる、じゃが」
近衛はそこで一旦言葉を切り、なるべくショックを与えないようにと、囁き声で告げた。
「大王様がお怒りじゃ」
密は驚きに息を止め、近衛を呆然と見つめた。
近衛が衛兵に来訪を告げると、扉がギィと軋み、左右に開く。
厚い絨毯を踏んで近衛の背を追い、密は近衛に倣って、閻魔大王の居ます御座の帳の前に跪いた。
「黒崎密を連れて参りました」
そう近衛が口上の述べるのを、密はあまりに驚きが大きくて、他人事のようにしか聞けなかった。
「ご苦労。近衛は下がれ」
厳かな声がそう命じると、近衛は深く一礼をしてから、呆然としている密に少し微笑んで言った。
「外で待っておるからの」
近衛は安心させるようにその肩を軽く叩いて、密を残して去って行った。
すっと、帳の間から扇が差し出されたのが見えると、閻魔大王の声が高らかに響いた。
「入れ、黒崎密」
その威圧するような声に密はびくっと怯えて、肩を震わせた。
返事をしようにも声が出せずに、密は項垂れるように深く頭を下げながらその帳をくぐった。
「ついて参れ」
閻魔は扇で顔を隠しながら長椅子から立ち上がると、長い髪を靡かせて奥へ進んだ。
伝わる厳しい雰囲気に震え出しそうになりながら、密はその背に従った。
閻魔が押した扉の向こう、そこには天蓋付きの大きな寝台があった。
閻魔は天蓋から垂れるビロードのカーテンをかき分けると、密を顎でしゃくった。
「上がれ」
密はその言葉に驚いて、けれど確かめることもできずに、靴を脱ぐとその広い寝台に上がった。
閻魔も寝台に上がり、ビロードのカーテンを閉じると、寝台内のランプに仄かな明かりが灯る。
ほの暗い中で閻魔は初めて扇を畳み、動揺している密に近寄った。
知る者は数える程というその美しい容貌を間近に見て、密は頭が真っ白になった。
「見せよ」
呆然と動けずにいる密に、閻魔はその上着の襟をつかんで、前をくつろげた。
息を飲むばかりの密の服をすっかり脱がすと、閻魔は密の裸の肩に手を添えた。
「成程の」
そう閻魔は呟くと、豪奢な袖口から指を覗かせて、密のなめらかな肌に指を這わせた。
「いつもは顕れぬとは、巧い呪詛をかけたものよ」
嘲るように言い、閻魔は密の肌の奥に隠された呪詛を指でなぞった。
「不快至極じゃ」
閻魔は密の顎を掴んで、その瞳を射竦めた。
「何故隠しておった?」
その指から神気を帯びた怒りが伝わってきて、密は戦慄を覚えた。
「ご、ごめんなさいっ!」
なんとか声を絞り出して、密は慌てて叫んだ。
「死神は私の物じゃ。それに呪詛をかけられていたとあっては、私が怒るのも道理」
そう告げ、閻魔は密の肩を掴んでゆっくりと引き倒すと、その小さな頭を膝の上に乗せた。
「私の物を呪うなど、無礼千万」
瞠目する密の顔を上から見下ろして、覗き込むようにして閻魔は続けた。
「ましてや死者を人間が呪うなど、無礼も甚だしい。万死に値す」
分かるじゃろう?、と、その意思が怒りとともに流れ込んできて、そのショックに密は気が遠くなりそうだった。
「お前は私の物じゃ」
閻魔は震え出した密の耳に唇を寄せて囁いた。
「私は死者の王、お前は私に臣従する死神。知らぬわけではあるまい?」
覆い被さるように密の肩を抱いて、閻魔は小刻みに震えるその肩をゆっくりと撫でる。
「死したお前は、もはや雪貴の孫の人形ではなく、言うなれば私の人形じゃ」
閻魔はそう言うと、密の頬を大きな手で包み込んだ。
「お前は私の物じゃ」
強い口調で閻魔は告げ、密の色を無くした唇に口づけた。
密の下顎を掴み、口を開けさせ、舌を絡ませる。
「っ」
密が動揺してその口づけから逃げようともがいた。
『大人しくしておれ』
閻魔の意識がそう伝わって来、密は身体を押さえこまれた。
『お前の身も心も全て、統べるのはこの私、死者の父なる神閻魔だ』
閻魔は密の舌を絡め取り、深い口づけを与えた。
『異存あるまい?』
閻魔はそう意思を伝え唇を離し、狼狽する密の髪を優しく梳きながら返答を待った。
密は閻魔の偉大な存在感に飲まれ、促されるままに頷いた。
「それで良い」
頷いた密に満足し、閻魔はその頭をよしよしと撫でた。
「まずはその忌まわしい呪詛を消してやろう。祓い清めて、お前は私だけの人形になるのだ」
「うん、また明日ね」
京都から帰ってまだ日も浅い所為か、都筑はそう言って無理笑いをして見せた。
それが面白くなくて、密は都筑を軽く睨むと、サッと背を向けて召喚課を後にしようとした。
「ああ、黒崎君」
不意に近衛課長が密を呼び止める。
「帰る所をすまない。ちょっと手伝ってくれんかの」
「はい」
密はそう答えて、コートとリュックを席に置いた。
「ついてきてくれ」
密は課長の後に続いて、課を出て廊下を進み、階段を上っていった。
「あの」
近衛が歩みを止めたのは、重厚な扉の前だった。
華麗な装飾を施した、どことも違う威容な扉。
それに驚いて声をかけた密に、近衛は渋面で振り返った。
「都筑から聞いた。呪詛がまだ残っていたこと、隠していたそうじゃな」
「!」
息を飲んだ密を、近衛は労わるように見つめ重ねて言った。
「なかなか言い出せぬ気持ちは良く分かる、じゃが」
近衛はそこで一旦言葉を切り、なるべくショックを与えないようにと、囁き声で告げた。
「大王様がお怒りじゃ」
密は驚きに息を止め、近衛を呆然と見つめた。
近衛が衛兵に来訪を告げると、扉がギィと軋み、左右に開く。
厚い絨毯を踏んで近衛の背を追い、密は近衛に倣って、閻魔大王の居ます御座の帳の前に跪いた。
「黒崎密を連れて参りました」
そう近衛が口上の述べるのを、密はあまりに驚きが大きくて、他人事のようにしか聞けなかった。
「ご苦労。近衛は下がれ」
厳かな声がそう命じると、近衛は深く一礼をしてから、呆然としている密に少し微笑んで言った。
「外で待っておるからの」
近衛は安心させるようにその肩を軽く叩いて、密を残して去って行った。
すっと、帳の間から扇が差し出されたのが見えると、閻魔大王の声が高らかに響いた。
「入れ、黒崎密」
その威圧するような声に密はびくっと怯えて、肩を震わせた。
返事をしようにも声が出せずに、密は項垂れるように深く頭を下げながらその帳をくぐった。
「ついて参れ」
閻魔は扇で顔を隠しながら長椅子から立ち上がると、長い髪を靡かせて奥へ進んだ。
伝わる厳しい雰囲気に震え出しそうになりながら、密はその背に従った。
閻魔が押した扉の向こう、そこには天蓋付きの大きな寝台があった。
閻魔は天蓋から垂れるビロードのカーテンをかき分けると、密を顎でしゃくった。
「上がれ」
密はその言葉に驚いて、けれど確かめることもできずに、靴を脱ぐとその広い寝台に上がった。
閻魔も寝台に上がり、ビロードのカーテンを閉じると、寝台内のランプに仄かな明かりが灯る。
ほの暗い中で閻魔は初めて扇を畳み、動揺している密に近寄った。
知る者は数える程というその美しい容貌を間近に見て、密は頭が真っ白になった。
「見せよ」
呆然と動けずにいる密に、閻魔はその上着の襟をつかんで、前をくつろげた。
息を飲むばかりの密の服をすっかり脱がすと、閻魔は密の裸の肩に手を添えた。
「成程の」
そう閻魔は呟くと、豪奢な袖口から指を覗かせて、密のなめらかな肌に指を這わせた。
「いつもは顕れぬとは、巧い呪詛をかけたものよ」
嘲るように言い、閻魔は密の肌の奥に隠された呪詛を指でなぞった。
「不快至極じゃ」
閻魔は密の顎を掴んで、その瞳を射竦めた。
「何故隠しておった?」
その指から神気を帯びた怒りが伝わってきて、密は戦慄を覚えた。
「ご、ごめんなさいっ!」
なんとか声を絞り出して、密は慌てて叫んだ。
「死神は私の物じゃ。それに呪詛をかけられていたとあっては、私が怒るのも道理」
そう告げ、閻魔は密の肩を掴んでゆっくりと引き倒すと、その小さな頭を膝の上に乗せた。
「私の物を呪うなど、無礼千万」
瞠目する密の顔を上から見下ろして、覗き込むようにして閻魔は続けた。
「ましてや死者を人間が呪うなど、無礼も甚だしい。万死に値す」
分かるじゃろう?、と、その意思が怒りとともに流れ込んできて、そのショックに密は気が遠くなりそうだった。
「お前は私の物じゃ」
閻魔は震え出した密の耳に唇を寄せて囁いた。
「私は死者の王、お前は私に臣従する死神。知らぬわけではあるまい?」
覆い被さるように密の肩を抱いて、閻魔は小刻みに震えるその肩をゆっくりと撫でる。
「死したお前は、もはや雪貴の孫の人形ではなく、言うなれば私の人形じゃ」
閻魔はそう言うと、密の頬を大きな手で包み込んだ。
「お前は私の物じゃ」
強い口調で閻魔は告げ、密の色を無くした唇に口づけた。
密の下顎を掴み、口を開けさせ、舌を絡ませる。
「っ」
密が動揺してその口づけから逃げようともがいた。
『大人しくしておれ』
閻魔の意識がそう伝わって来、密は身体を押さえこまれた。
『お前の身も心も全て、統べるのはこの私、死者の父なる神閻魔だ』
閻魔は密の舌を絡め取り、深い口づけを与えた。
『異存あるまい?』
閻魔はそう意思を伝え唇を離し、狼狽する密の髪を優しく梳きながら返答を待った。
密は閻魔の偉大な存在感に飲まれ、促されるままに頷いた。
「それで良い」
頷いた密に満足し、閻魔はその頭をよしよしと撫でた。
「まずはその忌まわしい呪詛を消してやろう。祓い清めて、お前は私だけの人形になるのだ」