この「私の男」、不思議な男女の関係の謎が、時間を遡って6つの章で、それぞれの登場人物の語りにより明らかにされていく。2008年、42歳の淳悟が父親で28歳の花が娘、その花が明日結婚式を迎えるという夜から物語は始まる。その花が「私の男は、盗んだ傘をゆっくりと広げながらこちらに歩いてきた」という。それも花柄の傘、ちょっと常識がないバランスの悪い男、それが淳悟であり、花の父であり「私の男」である。花が結婚する相手は、花が勤める会社の社員で、女性に人気がある若い普通の男性美郎である。その美郎と花、そして淳悟が結婚式を前にして3人で食事をするという。この最初の章は花の視点から語られる。結婚するにあたっては古い思い出の品を持ってきてほしい、という美郎の願いに淳悟は、昔手に入れたという古いカメラを持参していた。これは花と淳悟にとっては忘れられないものであった。花と淳悟は親子なので同じ家に住んでいた。それは古いアパート、そこに16歳違いの父と娘が二人で暮らしていたのである。二人は親子以上にあまりに近しい関係であった。そんな二人が花の結婚で別れ別れになる、淳悟は花が出て行ったアパートから忽然と姿を消してしまう。淳悟は死んだ、と知り合いの小町さんは言うが、花は「それは嘘」と言う。花は小町さんが嫌いだった。
2005年、美郎は会社の受付にいた花と知り合う。花は、地味だったが、他の女性社員とは違う魅力があった。この章は美郎の視点から語られる。そして何度かデートしたある夜、美郎は花をアパートまで送っていき、淳悟に「雨だから泊まっていけ」と言われ二人の住むアパートに泊まることになる。美郎は花と淳悟の不思議な関係を目の当たりにする。そして押し入れにある不思議なものも目にするが、それが何かはわからない。
2000年7月、淳悟は警察官の田岡さんを刺殺してしまう。この章は淳悟が語る。なぜかといえば、花と淳悟が暮らしていた北海道の紋別で起きた殺人事件の原因が花にあるのではないか、ということに田岡さんが気がついていたから。そのことを知った淳悟は東京の二人の住むアパートを訪ねてきた田岡さんを殺してしまった。二人は田岡さんの死体をアパートの部屋の押し入れに隠してしまう。
2000年1月、花と淳悟は紋別に住んでいる。この章は花が語る。花の同級生の章子とは仲良しだ。そして同級生の暁は花のことが好きらしい。そして暁の父親の大塩さんは地元の名士、親父さんと呼ばれ慕われている。しかし大塩さんは花と淳悟の関係に気がついていた。もともと独身でまだ若い淳悟が奥尻の津波で家族を失い孤児になってしまった花を引き取ることに反対だった。二人の関係に気がついたことを大塩さんは花に伝え、花に淳悟から離れるように迫ったので、花は流氷の接岸する寒い日に、大塩さんを流氷の上に突き落として死なせてしまった。東京から事情があって大塩さんを頼って紋別に来ていた警察官の田岡さんは大塩さんの死因に疑問を抱いていた。淳悟は花を連れて周りの人に知られないまま紋別の街をでて東京に引っ越した。淳悟はそれまで勤めていた海上保安庁を休職してのことだった。
1996年、この章は淳悟と付き合っていた小町さんが語る。小町さんは、淳悟が連れてきた女の子の花が嫌いだった。津波で孤児になったということだから仕方がないのではあるが、どうして独身の淳悟がその子の面倒を見ることになったのかが納得いかない。小町さんは北海道拓殖銀行に勤めていたが、バブル後遺症で銀行は傾いていた。この際、淳悟と一緒になって銀行を辞めてしまいたかったが、淳悟は花が来てからは相手にしてくれなくなっていた。まだ12歳の花、しかしなにかおかしな関係だと気がついていた小町さんだった。
1993年、奥尻の津波で家族を亡くしてしまった9歳の花が語る。体育館で震えていた花を探しに来てくれたのは親戚の叔父だという淳悟だった。初めて会うのに他人のような気がしなかった。二人は養子縁組をして一緒に住むことになる。花はこの男の人と離れたくない、と強く思った。
正常ではない花と淳悟、という養子縁組をした親子、そのふたりは実の親子でもあった。その二人が男女関係でもあり、親子でもあった。淳悟も父を海の事故でなくし母を病気でなくして高校生の時から一人で育っている。そんな淳悟は花と家庭を築けない。そして花が普通の家庭を築いて欲しい、というのが淳悟の望みだったように思える。家族の暖かさを知らない二人の男女が、なにを求めて一緒に生きてきたのか。138回の直木賞受賞作だという。
