照間堂日記

出張専門はりきゅうの照間堂の院長せんせいの日記です

病気になるということ

2013-05-30 23:50:04 | 養生
病気になるということをどう考えるのか。というのは、なかなか面白いことのように思います。

そのような巡り合わせであったのだ。と思う運命論。
ウィルスや不意の事故による作用によりこうなった。というのが、現代医学的な考えだとしましょう。
その中間くらいに、病気になるような生活習慣をしていたので病気になった。ってのがあるような。

多分、運命論は評判悪いんだろうなあ。
例えば、「親の因果が子に報い」とか他人に言われたら、もうどうしてくれようとかは思うかもしれないし。
一方で、自然とそう(この病気は運命だと)思う人もいたりするんですよな。とても穏やかに受け入れているようにみえたりします。


免疫細胞が過剰反応して花粉症になった、脂肪が血管内部にたまりそこに他から運ばれてきた脂肪の塊がはまってしまって脳卒中になったなどなどの説明はとてもクリアですから受け入れやすいかもしれませんよな。
つまりはその理由を取り除くなりすればオッケーなわけで。


病気になるような生活習慣をしていたから病気になった。と言われて、喜ぶような人はまずいないと思います。
要するに、自業自得ですな。と言われているようなものだし。
多少、思い当るところがないでもなかったりするのも腹の立つポイントですよね。
ちょっとだけマイルドに言うと、その病気(たとえばがん)が好きな体だからその病気になったんだ。です。
しかし、ということは、その病気が嫌いな体になればその病気にならない。ということじゃないかしらかしら。
ならば、そのような体に変わろうとした方が良いのかもしれません。

ただ、状況が許さない。ということもあるかもしれないですが。
その場合は、どうしたら良い方向に行くかの思案のしどころですね。
だましだましいきながらも良い方向に進む方法を考える感じですね。

多分、不具合のある状態から脱出できる方法は何かあると思うんです。もしかしたら、それは本当にちょっとしたことなのかもしれない。
さしあたって、この病気は一体何でこの私の体に現れたんだろう。と、そんな風に病気と向き合ってみる。と、何か変化があるかもしれません。

コメント
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