居酒屋黙示録 新章 暖簾を繋ぐ刻

旧き善き銭湯を訪れ、立ち飲みを巡り、居酒屋で思う。

府中三湯

2018-02-18 15:55:23 | 銭湯
岡山での仕事が終わりを告げた。
本来ならもう少し期間があったのだが、ちょっとした配置転換の煽りを受けて予定より短くなった。
てな訳でその間にあったネタを纏めておこう。

結局岡山で行けた銭湯は、再訪の福島温泉だけである。
新規に狙っていた東湯、鶴湯は行けず、再訪を目論んでいた有楽温泉、昭和温泉、大黒湯、戎湯は寒波のために足が出なかった。
後回ししている内に桜湯が閉業。
清心温泉も無くなってしまった。
田町温泉や宝泉相生湯どころか岡山市内に遊びに出たのが一回だけとは何とも大人しくしてたものだ。

こうなると風呂やラーメンなどを楽しむのは広島との行き帰りの道すがらになる。
以前は岡山県内は海岸沿いを走ることが定番ルートだったが、そのコースはどうしても国道2号を経由しなければ大きく距離が増える事になる。
そこで後輩達と情報交換して、新たに開発したのが国道486号線を使うルートだ。
国道486号は岡山県総社市と広島県東広島市を結ぶ国道で矢掛町、井原市、福山市北部の神辺や新市、府中市、御調などを通過する。
井原や神辺、府中辺りはちょっとした街中だが大半は田舎道で交通量も2号線に比べたら無いも同然。
そりゃ流れも良く、ストレスなく走れるってもんですよ。
海沿いルートに比べても走行距離も対して変わらないし良いことずくめかと思いきや、山陽自動車道より北を走るため、寒波の時は地獄。
下界が雨でも当然雪、海沿いルートと5℃位気温が違う。

で府中市。
全く今迄行った事が無いわけでないが、銭湯巡りを始めてからは近くに行く事が無いためずっと先延ばしにしてきた府中市の三湯をこの機会に巡りますよ、そりゃもう。
てな訳で午後休を貰い早めに岡山を出る。
割りと暖かい日だったので486号辺りの気温は5℃程度。
冬バイク用のフル装備に手足にミニカイロの防寒仕様で一路府中を目指し明るい内に市内に入った。

府中市にあると聞いているのは松の湯、稲荷湯、寿温泉の3軒。
寿温泉や松の湯はグーグルマップにも情報があり概要は掴めたが、稲荷湯の情報は殆ど出て来ない。
取り敢えず寿温泉は新しそうなビル銭湯らしいので、初日は見るだけにしておくかと前まで行き、写真を撮る。
さて次は稲荷湯で良さそうならばそのまま入浴しよう。
グーグルマップで場所だけはアイコンがついていたので目の前まで行ってみるが、それらしい建物は見当たらない。
しかし俺とて昨日今日、銭湯巡りを始めた訳でもない。
閉業しているなら閉業しているで、その跡だけでもこの目に見なければ収まらないのがマニアというものである。
アイコンがうたれている建物はどうしても銭湯のようには見えない。
規模が小さい上に釜場や煙突といった設備がありそう、若しくはあった様な跡もない。
そこで周辺をバイクでうろちょろしてみることにした。
こんなところ通って良いのか?と思える細い路地を何本が通る内に、見つけたよ。
煙突。
まあ煙突があるからと言って銭湯という確証があるわけではない。
田舎町には小さな醸造蔵があったりするからな。
まあ目の前に見えるのは醸造蔵にはみえないが、営業している銭湯と言いきるのも難しい。
電気は点いているようだが、二つある入口に暖簾はなく、男、女といった表示もない。
これはどうしたものかなと思案していると、目の前をスーパーの袋を下げた若奥さん風の中々綺麗なお姉さんが通ったのでこれ幸いと「ここって稲荷湯って銭湯だった所ですか?」と聞いてみる。
今考えると閉業前提の失礼な質問だが、お姉さんは愛想良く「ええ、まだ営業してますよ」と教えてくれた。
うむ、営業しているのは判った。
あとはどちらが男湯か判ればこの扉を開こう。
結局すぐに妥協して電話しましたがね。
向かって右が男湯と聞いて、早速中に入る。

かなり広く高さもある番台には、結構若いご主人。
入浴料金430円を苦労してポケットから引っ張り出して払う。
岡山の寮を引き払う準備のため荷物が多かったのだが、ご主人が気軽にロッカー好きなだけ使ってと声を掛けてくれる。
まあ大きなバッグの方は着替え位しか入っていないので、島ロッカーの上に置かせて貰いディパックと冬用フル装備は何とかロッカーに収まった。
フル装備とはいえ二時間もバイクで走ればそれなりに冷える。

とにかく風呂で暖まろう。

浴室は幅三間、奥行四間位でかなり広い。
浴槽はセンター奥側に一つ、内側は水色タイルだが縁は倉敷戎湯の様な御影石の縁、広島県では初めて見た。
手前三分の一は浅湯で奥三分の二は広島ならではの三段式である。
床は灰色掛かったタイルで銭湯では良く見る四角と八角を合わせたパターン。
壁は水色の大判タイル。
カランは仕切り壁、外壁共に10個づつあるが、外壁側は壊れてるので仕切り壁側を使ってとご主人が言っていた。
外壁側は、鏡も一つ置きにしかなくシャワーの跡もない。
仕切り壁側は取り外されているがシャワー水栓の跡があり、一番奥以外は鏡もちゃんと備わっている。
仕切り壁入口側に一間四方位の台が設けられており、洗面器置場となってるいるのでカランの間隔が仕切り壁の方が狭くなっている。
その台があるためか仕切り壁の上に設けられた目隠しガラスも入口側だけにある。
さて、見聞ばかりしていては風邪をひいてしまいかねないので身体を流そう。
先客は二人、仕切り壁側のカランで身体を流している。
桶置場から洗面器を取り、カランに向かう。
カランは壁から降りて来た水色タイルが、鏡の下で茶色の小判タイルで貼られた石鹸置場に続き、縦に茶色タイルから大判水色タイルと繋がり湯桶台と続く。
仕切り壁側の湯桶台は床と似た灰色タイルだが、外壁側は小石タイルだった。
湯桶台下は斜めに切れ込み排水溝に至る。
この客を気遣った造りは好きだ。
素晴らしい浴室だ。

広い浴室は少し肌寒いのでさっさと身体を流し、髭をあたるのは止め浴槽に浸かる。
温めだが深々とした三段浴槽に首まで浸かり息を吐く。
良い湯だ。
先客二人は先に上がり、一人となった浴室で存分に堪能する。
女湯の方も誰もいない様子で、ただ循環ポンプの音だけが小さく響く。
本当に良い風呂だ。

まず湯冷めしないようにしっかり身体を拭き、乾いたところで服を着る。
服を着ながらご主人と話をする。
稲荷湯の創業は昭和元年、百年に迫る営業年数だがご主人は「百年は持たないだろうな」と言う。
その言葉は重く、俺は返事ができない。
ご主人の言葉は続く。
「人件費だとか考えたら銭湯なんかできないよ」
「設備だってどこが壊れてるのかも分かってるのさ」
「もうボランティアを超えた所でやってるんだよ」
ご主人の言葉に拙い返事をしながらも、脱衣場を見渡す。
板張りの床に、化粧板張りの島ロッカーが一つと小さな壁ロッカー、角に小さなサウナボックス。
広い割には物の少ない脱衣場だが、綺麗に掃除されていて島ロッカーの上には花瓶に花が挿してある。
6時を少し過ぎた所で俺が見た客は俺を含め三人。
銭湯は客が来てこそ商いが成り立つ訳だが、黒字にならなければ入浴施設の運営というボランティアになり、そこを越えるのであれば銭湯を支えるのは個人の趣味か矜持か。
いずれにせよ、俺は稲荷湯に惜しみ無い賛辞を送る。
歴史も、それを支える今のご主人も紛れもない一級品の銭湯だ。
いつものように「ありがとうございました、良いお湯でした」と礼を言って暇する。
バイクに荷物を積みつけ、走り出し際にもう一度振り返る。
暗くなった静かな町の風景に稲荷湯が溶け込んでゆくようにみえた。

さてその日は最後の一軒、松の湯の場所を確認して帰宅。
そう一軒岡山の銭湯の閉業情報を忘れていた。
水島にあった水島温泉センター、その昔は春日湯と言ったらしい。
昨年12月28日にボイラー故障のため閉業。
タッチの差で一会叶わず。
これも運命と言うより他はない。

そして最後の岡山方面行きの道は、更に新ルート探索のため尾道の市街地を北に迂回するルートを取った。
三原バイパスの途中から県道55号、国道184号、県道54号を経由して松永バイパス入口に向かう道でかなり楽なルートだったが今考えると大失敗。
月曜金曜が休みの尾道大宮湯寄っとけば良かった。
出発が遅くなったので殆ど休みもとらずに岡山行っちまったよ。
まあ尾道ならまた行く機会もあるだろう。

そして最後の岡山仕事を終え広島帰りの最終日。
上司の計らいで早めに岡山を出る。
当然486ルートで松の湯狙いだが、余りにもスムーズに事が運びすぎた。
府中に着いたのが4時半を過ぎた頃。
松の湯の開店は午後6時である。
取り敢えず駅近のファミマでチャーマヨまんと飲物で暖を取りつつ考えたが、ここはもう風呂しかないな。
基本同日に連湯はしない。
感動薄れるし、データが頭の中でごっちゃになるし。
しかしまあ、滅多に来ることのない府中だし寒いし金は余りないしと心の中で言い訳をしてまず、寿温泉に入ることにした。
前回見たときも、見た目ビル銭湯だし、新しそうだし、無理に寄らなくて良いかと思ってたが、中々どうして良い銭湯だった。
失礼いたしました。

ドアを開け中に入るとまず高い番台にガツンとくる。
久々に身長越えの番台見たな。
脱衣場側に壁が設え中が直接見えない様になっている。
靴箱に靴を入れ、脱衣場にはいる。
広さは三間の二間半、仕切り壁側にトイレとロッカー、真ん中にはテーブル、長椅子、マッサージ椅子と置かれ、ジュースとアイスの冷蔵庫もあり少し手狭な脱衣場。
お客さんも多く賑わっている。
ロッカーにフル装備を詰め込んで浴室へ。

浴室は幅三間、奥行も三間かと思いきや、外壁側にもう一間あってサウナと水風呂があるようだ。
取り敢えず身体を流すか。
カラン数は仕切り壁7、広島には珍しい島カランが3×2、外壁側のサウナ室の壁に4個と結構多い。
連湯するつもりなのでざっと流し、浴槽へ。
浴槽は奥壁に沿って3つ、水風呂も入れれば4つ。
仕切り壁側からバイブラと電気風呂の混合、ジェット、そして三段の主浴槽そして壁を経て水風呂。
一つ一つは小さめで主浴槽でも三人はきついか?

奥壁にはタイル絵があり子供の描いた絵なのだろうか、気球が飛び、虹があり太陽が輝く草原の風景か。
更に驚いたのが湯気抜きに富士山のモザイクタイルがあった。
湯気抜きにまで装飾を入れるとは。

時間があるのでサウナも少しだけ体験し上がる。
脱衣場で他のお客さんに混ざりテレビを見ながら雑談していると、テーブル下に全国浴場新聞の縮刷板があったので少し読んだりしてる内に6時近くなったので暇する。

寿温泉から松の湯まではバイクで5分も掛からず。
まだ電灯看板は点っておらず、暫くして明かりが点いたのを確認して引戸を開けた。

中では大おかみがまだ風呂の蓋を外している最中で、暫く待って下さいと言われるので大人しく待っていた。

ご主人も現れ、準備ができたのか、大おかみが番台に付いたところで500円玉を渡し釣りを貰う。
ここの番台も結構高い。
更に三和土から脱衣場床までの上がり框もちょっと苦労する高さだ。
靴箱の蓋が跳ね上げ式なのが珍しい。

服をロッカーに押し込みながら大おかみに話を聞くと大正の御代の創業だそうで正に百年銭湯。
流石に改装や中普請はしてるだろうが、大おかみからして嫁いで半世紀だそうだ。
ロッカーや靴箱の上には生活雑貨が積まれてお世辞にも片付いているとは云えないが脱衣場自体は広くロッカーも外壁のみ、真ん中に長椅子が一つあるのみだ。
では本日二度目の銭湯へ。

浴室は三間×三間半、湯気抜きがかなり小さめ。
浴室の床は滑り止めタイプの新しいタイル。
カランは外壁6と奥壁2、シャワー付である。
ここのカランもシャワー下に石鹸置き、湯桶台と続き斜めに切れ込む形であった。
入りがけにご主人から、シャワーがまだ冷たいので2、3分出しっ放しにしておいて下さいと云われたので一つ出してみると確かに冷たい。
出したシャワーの隣のカランで今度は普通に身体を流し、髭をあたろうかとした頃に漸くシャワーがお湯になった。
髭もあたり、一旦洗面器も戻して浴槽へ。
ここの洗面器は白ケロリンの様な材質のオリジナル銘入りの桶である。

浴槽はベージュの小判タイルで囲われ縁は明るい茶色の長方形タイルで細かくアールを描いた造形だ。
浴槽内は水色のタイル、底は小石タイルと風情がある。
仕切り壁と奥壁に沿い一間×二間位の大きさで、ここも三分の一が浅湯、三分の二が三段式の深湯である。

浴室奥壁には大きくはないがモザイクタイルがあり、広島の名勝鞆の浦のようだ。
相客は居らず、女湯も静かでまたもや貸し切り状態。
寒空の下、後二時間近くバイクに乗る身としては汗を掻かない程度にはしっかりと暖まっておきたい。
最初少し温いかと感じた湯も丁度良くなった所で上がり湯を浴びて身体を拭く。

脱衣場に戻ると番台はご主人に替わっていた。
下着を着ているとドライヤーを勧めてくれたので珍しくドライヤーを使って髪を乾かす。
短いので普段は着替えてのんびりしてると乾いてしまうからな。
着替えながらご主人と広島の銭湯談義。
福山市内も一軒だけになってしまいましたねと、だいご湯の話を振られたので、先日行った時に彫物率が凄かった話をしたら、今はスーパー銭湯とかが厳しいので組合の銭湯の方が多いのですと云われた。
松の湯も昔は近くに事務所があり、結構多かったそうだ。
先日稲荷湯さんにも行きましたと言うと、良く見つけましたねと驚かれた。
他にも三原にあった銭湯の話や、バイクなどの話をしてる内に女湯にお客さんが来たようだ。
男湯は他に誰も居なかったので、写真を撮って良いですかと聞くと、どうぞと云われたので一枚浴室を取らせて貰ったが、湯気が多くて余り綺麗には撮れなかった。
お客さん居なければ女湯も見てもらったんですけどと言うご主人だったが、流石にお客さん来ない方が良かった話はできないわ。
聞いたとこに拠ると女湯のモザイクタイルは福山市にある名勝アブト岩らしい。
百年銭湯松の湯堪能しました。
お礼を言って暇、さあ帰ろう。

府中の三湯はどこも良かった。
全部再訪したいわ。
この三湯の歴史が続く事を願って、今回はこれにて。