64年間とにもかくにも日本は戦争をしてこなかったのが、一番。新聞で見る記憶集などを見ると、私より、5~6歳うえのひとから80歳以上の人々か記憶をつづっている。私はあのとき7歳、熱い夏家族て天皇の話をラジオからきいた。父が戦争は終わったと言うだけを記憶している。
それからの食糧難。ははが田舎までゆき、コメの買出し、ひもじいおもい。いいことはなかったが。明日の命は保障されていると言うだけで、十分だった。
夜ねて明日の命はわからない。こんな不安な経験はもういやだ。というのが小学2年生だった私の心からの気持ち。
安倍首相の時、数の暴力で改憲に向かいそうな時は、絶望的になった。恐ろしかった。戦争を知らない世代が、どんどん増えていく、だが戦争だけは、どんな理由があってもっしてはならない。永久に。自民党も社民党もみんな怖い。どうすれば日本から戦争の脅威を永久になくすことはできるのか。1人1人の心に住む平和を望む
強い意志だと思う。この平和を手放してはいけない。
最近あの”アンネの日記”のテレビ版をみた。若い時モ感激したが、今回のほうがもっとリアルに 感じ、またまた平和の世界の尊さを思った。
子、孫たちの世界もずっとずっとそのさきも、
午前8時子どもたち家族は談合坂で合流し、清里の羽村の保養所にいった。楽しい夏休みをすごしてほしい。昨年までは、私たちと、美穂一家でいったが、今年は伸吾一家と変わった。
15日の今日午前中は硫黄島の真実の話のドキュメンタリーのテレビをみてその後ハイビジョンでドラマ。最後の戦犯をみてすごした。戦争の悲惨さを、これでもか、これでもかと思い知る。知らないことだらけの現実だった。
戦争はダメだ。
それからの食糧難。ははが田舎までゆき、コメの買出し、ひもじいおもい。いいことはなかったが。明日の命は保障されていると言うだけで、十分だった。
夜ねて明日の命はわからない。こんな不安な経験はもういやだ。というのが小学2年生だった私の心からの気持ち。
安倍首相の時、数の暴力で改憲に向かいそうな時は、絶望的になった。恐ろしかった。戦争を知らない世代が、どんどん増えていく、だが戦争だけは、どんな理由があってもっしてはならない。永久に。自民党も社民党もみんな怖い。どうすれば日本から戦争の脅威を永久になくすことはできるのか。1人1人の心に住む平和を望む
強い意志だと思う。この平和を手放してはいけない。
最近あの”アンネの日記”のテレビ版をみた。若い時モ感激したが、今回のほうがもっとリアルに 感じ、またまた平和の世界の尊さを思った。
子、孫たちの世界もずっとずっとそのさきも、
午前8時子どもたち家族は談合坂で合流し、清里の羽村の保養所にいった。楽しい夏休みをすごしてほしい。昨年までは、私たちと、美穂一家でいったが、今年は伸吾一家と変わった。
15日の今日午前中は硫黄島の真実の話のドキュメンタリーのテレビをみてその後ハイビジョンでドラマ。最後の戦犯をみてすごした。戦争の悲惨さを、これでもか、これでもかと思い知る。知らないことだらけの現実だった。
戦争はダメだ。