遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 178 隣人

2018-02-25 12:08:52 | 日記

          隣人(2018.2.10日作)

 

   隣りにある小さなアパート

   古い建物が取り壊される事になった

   隣人 三世帯が次々に去って行く

   始めは 二軒の老人夫婦

   最後に残ったのは 四、五十代の夫婦

   我が家がこの地に来て五十数年

   その間 様々な人達が 入れ替わり 立ち替わり

   アパートの住人となり 去って行った

   アパートの管理人は最初

   口うるさい家主の老婦人だったが

   その人が亡くなり 息子の嫁が

   二代目となり その人も やがて 

   亡くなった 現在 三代目になる

   二代目の娘が管理をする

   種々 様々 いろいろな事があった

   中国系 東南アジア系 の 外国人達

   口うるさい初代管理人を 更に上まわる

   口うるささで圧倒した 元 良家の出を名乗った

   一人暮らしの老婦人 その人はある日

   穴ぐらのような階段下の 四畳半の部屋で

   一人 死んでいた 

   豪華とは程遠い 古いアパートには

   時には 怪しげな人間達も住み着き

   警察や市役所の役人などが

   訪ね来る事もあった 我が家に隣接する

   二階建て建物の 下二間に住んでいた

   四、五十代の夫婦には 子供はなかった

   入れ替わり 立ち替わり 出入りする

   住人達の中で珍しく 何十年も住み続けた

   そんな 隣人だったが その間

   言葉は一切 交わさなかった 世間から身を隠すように

   夫婦二人で ひっそりと生きていた

   夫と思われる男性の顔は 見た事もない

   その夫婦も 年が明けた

   平成三十年 (2018) 一月が終わると

   去って行く準備を始めた 少しずつ

   荷物が運び出され 夜遅くまで点されていた

   灯りも 次第に 点されなくなり やがて消えた

   普段 締め切ったままの部屋を隠すように

   年中 覆われていたカーテンも外され 

   曇りガラスの窓だけが 冷たい感触を

   冬の空気の中に 漂わせ 残された

   古びたアパートは今 廃墟のように

   人気のない 空虚な影を

   浮かび上がらせている

   不思議な事だった 今日まで

   日々 殊更 意識する事もなく その

   存在に 思いを馳せる事さえなかった 人々

   そんな人達の姿 形 が ある日 ふと

   一つの建物 一つの空間から 消え

   消え失せた事で生まれる なんとはない

   もの淋しさ 寂寥 人が居る事だけで生まれる

   濃密な空気の 薄められた感触 不思議な感覚 この

   寂寥 奇妙な感触 改めて 人 一人一人が持つ

   存在の重さ 濃密な空気の暖かさが 心に沁みる

   人 人 人の存在 人はただ そこに居る 

   それだけで いい そんな存在 人は

   人は どんな形であれ 悪の形 人の存在 人の命 を

   貶(おとし)め 傷付けない限り ただ 生きている

   それだけで いい そんな存在 人は

   人は 眼に見えずとも 触れ合う事はなくても 何処か

   この世界 この社会 人間 人々の間で

   何かしら 力を 何かしら 恵みを 何かしら 恩恵を

   もたらしている そんな存在 人という存在

   その存在 人の持つ 命の尊さ 重さ

   奪ってはならないもの 人の命

   失ってはならないもの 人の命

   一度消えた命は 

   再び 戻る事はない

   再び戻り得ない命 命の宿す温もりは

   それぞれ互いに 無関心 無接触

   遠くはるかに離れていても

   見えない力 見えない何処かで

   結ばれている 

   

   


遺す言葉 177 眼ーー冬季五輪に関連して

2018-02-18 12:16:52 | 日記

          眼(20912.8.8日作)

 ( この文は平成二十四年に書いたものです 当時と現在とでは 多少 社会的状況が異なるかも知れません)

 

   なんという見事な

   あの眼の輝き

   なんという美しさに満ちた

   あの眼の輝き

   なんという迫力 力強さに満ちた

   あの眼の輝き

   闘う意志 本能を剥き出しにした

   獲物を狙う野生動物さながらの

   あの眼の輝きがもたらしたもの

   -----

   平成二十四年 2012 ロンドン

   オリンピック大会 檜舞台に於ける

   女子柔道五十七キロ級での見事な勝利

   金メダル 松本薫選手

   日頃の鍛錬 努力の総てを

   あの眼の輝きの中に込め

   勝負に臨む きっぱりとした意志を

   あの眼の輝きの中に込め 闘い

   遠く離れたこの国 日本で

   檜舞台に見入る人々のすべてを

   興奮と感動で包み込んだ

   -----

   この国の人々の中から失われて久しいもの

   ギラギラ燃える闘志

   総ての困難に立ち向かう

   力に満ちた意志 覚悟

   遠い昔

   この国が敗戦 焼土の中から

   立ち上がった時 確か

   この国の人々の眼の中には

   あの眼の輝きがあった

   明日を夢見て

   今日よりもっと良く

   今日よりもっと豊かに

   今日よりもっと強く

   今日よりもっと高く

   今日よりもっと美しく

   今日よりもっと楽しく

   今日よりもっと

   今日よりもっと

   他国の人々が眼を見張る

   力強さと速さで

   この国を立ち上げ

   新たな国としての成功に導き

   この国を世界に誇れる

   豊かな国にした人々が

   --幾つかの弊害はあったにしても

   持ってた眼

   -----

   今現在 この時

   この国の人々には

   かつての人々が持っていた あの

   眼の輝きはない 先人達が築いた

   豊かさに飼い馴らされ 安穏に

   安住していた者達が今持つ

   眼の中には

   希望を見据え 未来を見つめ 闘う

   意志と力に満ちた

   あの眼の輝きはない

   今現在 この国の現実は

   かつての豊かさも食い荒らされ

   戦後の焼土から立ち上がった人々が

   懸命に築き上げて来た富も

   消え去ろうとしている

   かつての成長神話 世界に誇った

   優れた力も 崩壊寸前の瀬戸際にある

   -----

   そんな現実を持つこの国で

   平成二十四年 2012 ロンドン

   オリンピック大会で見せてくれた

   一人の女性柔道家の

   野生にも似た眼の輝きが 人々の間に

   忘れていたものを 改めて

   思い起こさせてくれた

   やれば出来る 大切なのは

   そこに込める心 意志であり

   闘志だ

   さあ 力を振り絞って始めよう

   もはや 衰退してゆくだけに見えるこの国に

   時間はない

   きっぱりと 力と意志に満ちた眼で

   将来を 未来を 見つめて

   今 行動しよう

   そうすれば出来るのだ

   -----

   遠い国 イギリス ロンドンの地で闘った

   一人の女性柔道家の眼は

   意気消沈し

   気力を無くしたかに見えるこの国の

   今を生きる人々に そう

   語り掛けているかのようだ

   

   

   

   

 

   


遺す言葉 176 笑うな 他

2018-02-11 11:38:05 | 日記

          笑うな(2018.2.1日作)

 

   どのような天才的才能の持ち主であっても

   若者には絶対理解出来ない 一つの事がある

   老いの哀しみである

   年寄りは若さが持つ輝きを すでに生きて来て知っている

   その輝きの 失われてゆく哀しみは どんな若者でも

   若者でいる限りは 理解出来ない

   その点で若者達は 年老いた人達に 敬意を払わなければならない

   若者達が今という時代の 最先端を生きている事は

   なんの自慢にもならない

   年寄りの 今という時代を知らない事を笑うなら

   過去という時代を知らない自分達を笑うのと

   一緒の事だ

 

   -----

 

   経験に勝る知識はない

   しかし 経験を経験として身に付けない者には

   経験は なんの足(た)しにもならない

 

   -----

 

          呼び戻す事は出来ない

 

   呼び戻す事は出来ない

   振り返っても無駄な事

   過ぎ逝く時の大海原を 人は

   今日から 明日へと 流れてゆく

   -----

   限りない人の波

   今日も過ぎてゆく 街の角

   -----

   振り返る事は虚しい

   呼び戻しても 時は 還らない

   生きる今 愛する今

   すべて

   今この時 この世界

   それだけを 

   手の中に握りしめ

   歩いてゆく

   

   

  

  


遺す言葉 175 短編ストーリー 雪ん子 雪子

2018-02-04 11:17:22 | 日記

          短編ストーリー 雪ん子 雪子(2018.1.29日作)

 

   "五人兄妹の末っ子でね 雪の降る夜に生まれたんで 

    雪子って名前を付けたんだけど                                       

    わたし等は 雪ん子 雪ん子って 呼んでいたんだよ 

    それこそ 雪のように色が白くて 可愛い子でね

    だけど 六歳の時に 死んでしまったんだ 

    その時も ちょうど雪が降っててね わたしと父ちゃん と

    四人の兄姉とで 暗い行燈(あんどん)の灯の下(もと)で

    見守っていたんだよ 今日か明日の命だって 言われたもんでね

    それで 夜も八時を過ぎた頃になって 急にに雪ん子が

    今までつぶっていた眼を開けてね

    かあちゃん 今夜は大雪だね って 言ったんだ だから わたしは

    ああ 外は大雪だ って 答えたんだ

    すると 雪ん子は

    ほら かあちゃん あの大雪ん中 白い馬車がこっちさ来るよ 見て 見て

    って 言ったんだ 

    白い馬車 ? 

    わたしは訳が分からなくて 聞き返したんだ

    すると 雪ん子は

    うん 真っ白 白の馬車が走って来るよ って

    はっきりした眼で わたしを見て また言ったんだ

    だけど 囲炉裏に火が燃えてる家(え)の中に 白い馬車など

    やって来るはずもねえし そんなものは 何処にも見えねえんだけど

    わたしは ああ 雪ん子は 熱に浮かされて うわ言を言ってるんだなと思って

    そうだなあ 立派な馬車だなあ って 相槌を打ったんだ

    そうすっと 雪ん子はね 

    ああ 馬車が止まったね ほら御者のおじさんが 来い 来い って

    手を振ってるよ わたし あの 真っ白 白の馬車に乗ってみたいなあ

    わたし 走っていって あの馬車に乗せてもらっていい ? って

    言うんだ だから わたしは雪ん子は゛喜ばせてやりてえと思ってね

    ああ いいよ 行って乗せて貰いな って 言ったんだ したら雪ん子はね

    じゃあ わたし 走っていってあの 真っ白 白の馬車に乗せてもらって来るね 

    って もう一度 はっきりした眼でわたしを見て言ったんだ それから             

    バイバイって言うもんだから わたしも バイバイ って言ったんだ             

    それで雪ん子は すっかり安心したように眼をつぶってね                   

    結局 それが最期だったんだよ 

    最期の別れの言葉だったんだよ 雪ん子は そのまま 息を引き取ったんだ        

    まるで雪にとけるように白い顔をしてね,,

    -----

    九十歳を超えた患者さんだった

    わたし達はその患者さんの病状が眼を離せない状態だったので

    息を詰め見守っていた 八月 夏の蒸し暑い夜で 午前零時を過ぎていた

    おばあちゃんは そんな話をしたあと 一息入れるようにしばらく              

    眼をつぶっていたが 急に何かを思い出したように 

    今夜もまた 大雪だなあ あんた達 それで寒くねえのかい ? と

    わたし達を見て言った

    わたし達は おばあちゃんの思わぬ言葉に戸惑ったが たぶん おばあちゃんは

    朦朧とした意識の中で 今 自分が話していた 遠い昔の記憶の中に           

    帰っているのだと思い おばあちゃんの言葉に合わせて

    ええ 大丈夫よ ストーブの火が暖かいから 

    と言った おばあちゃんはその言葉に安心したように

    そうかい と言うと続けて

    あんた達にも えらい世話になったねえ と言って                        

    わたし達の一人一人に眼を向けた

    ううん いいのよ わたし達は おばあちゃんが                          

    一日も早く元気になってくれれば 

    それが一番 嬉しいんだから と言った

    そうかい 有り難うよ と おばあちゃんは嬉しそうに言ってから ふと             

    何処か遠いところを見るようにして

    ほら 雪ん子が今 白い馬車に乗って 向こうからやって来るよ ほら              

    あんなに元気な顔をして ほら 一生懸命に馬車を走らせて来るよ

    あんた達も見てやってや 色の白い きれいな子だろう                    

    と言った

    わたし達はおばあちゃんの思わぬ言葉にびっくりした                                             

    それでもわたし達はおばあちゃん

    の言葉に合わせて

    そうね 色の白い きれいなお子さんね と相槌を打った

    おばあちゃんはその言葉を聞いて 安心したらしく                        

    さらに嬉しそうな微笑を見せて

    ほら あんなに手を振って わたしを呼んでいるよ 来い 来い って

    わたし達は息を呑んだ さっき おばあちゃんが言っていた言葉が              

    瞬時に甦った

    わたし達は慌てて

    でも おばあちゃん 行っちゃ駄目 行っちゃ駄目よ

    と言った

    おばあちゃんは その言葉を聞いて不満そうだった

    あんでだね あんなに雪ん子が わたしを呼んでるんだよ 来い 来いって

    と 言った

    でも 駄目なの 行っちゃ駄目

    わたし達は必死になっておばあちゃんをなだめようとした

    おばあちゃんは だが なお 不満そうだった

    ほら 早く行って 雪ん子ば 安心させてやんねえと 

    あんなに 来い 来い って言ってるのに

    と言って 急に体を起こそうとした                      

    わたし達はおばあちゃんの思わぬ行動に狼狽した                          

    おばあちゃんを押さえるようにして

    でも おばあちゃん 行っちゃ駄目 行っちゃ駄目よ !

    と強い口調で言った

    おばあちゃんは それでもなお 聞く耳を持たず                           

    力のない体で起き上がろうとしながら

    あんでだね あんなに雪ん子が 来い 来い って 手を振って呼んでるんだよ       

    と 不満そうに言った

    でも 駄目なの 行っちゃ駄目なの

    わたし達はなお おばあちゃんの体を押さえたまま                       

    言い含めるように言った が おばあちゃんは

    おお ずいぶん 雪が降ってるよ ほら あの大雪ん中                      

    雪ん子は寒くて大変だろうによう

    さあさあ 早く行ってやんねえと

    そう言ってまた 体を起こそうとしたが その時にはもう 

    おばあちゃんにはそれだけの体力はなかった ただ 空間に手を延ばしたまま                  

    何かを掴もうとするかのように 動かすだけだった

    わたし達は そのおばあちゃんの手を握り締めた おばあちゃんは

    わたし達が握り締めた手の中でなお 何かを掴もうとするかのように

    動かし続けながら わたし達が握った手の感触を

    雪ん子ちゃんの手の感触と錯覚したのかも知れなかった ふと 

    嬉しそうな顔をするとおばあちゃんは

    おお 雪ん子かい 迎えに来てくれたのかい おお この雪ん中                

    寒くて 寒くてえらかっただろうによう さあさ                            

    この真っ白 白の馬車さ乗って 早く家さけえって                        

    囲炉裏の火でぬくもろうな

    そう言って また体を起こそうとしたが その瞬間だった

    おばあちゃんの体から急に力が抜けて おばあちゃんは そのまま亡くなった

    すぐに主治医が駆け付け おばあちゃんの瞳に光を当てて瞳孔を調べた

    ご臨終です と主治医は言った

    -----

    わたし達はすぐにおばあちゃんの清拭にかかった

    わたし達がおばあちゃんの頭を動かした時 枕の下から

    一枚の黄色くなった古い紙切れが出て来た

    そこには鉛筆で小さな文字が書かれていた

    ーーーーー

    雪子よ おまえ 雪ん子よ

    チラチラ 雪の降る夜に

    おまえは 雪にとけるよに

    白い顔して 死んでった

       あれから四年 過ぎたけど

       今でも 雪の降るたびに

       おまえの事を 思い出す

       今夜一夜も 積もるだろ

    雪子よ おまえ 雪ん子よ

    チラチラ 雪の降る夜に

    おまえは 雪の天国へ

    そっと一人で 旅立った

       真っ白しろの 馬車が来て

       わたしはそれに 乗りますと

       おまえは言って 安らかに

       まぶた合わせて 息たえた

    雪子よ おまえ 雪ん子よ

    チラチラ 雪の降る夜に

    おまえは 雪にとけるよに

    白い顔して 死んでった