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ラーメンナイト(2)

午後9時57分。
山陽自動車道、下り線宮島SA。

先についた田山は入口から見えやすい四輪用の駐車スペースにCB750を停めた。
エンジンを止め、CBから降りてヘルメットをとる。
にぎやかな宮島SAだが、火曜の夜10時となると、さすがにそれほど混んではいない
明るいライトに当たりは照らされ、CBの塗装が濡れたように美しかった。
ライトのせいで今はあまり見えないが、天気もよく、さっきはでっかい月が見えた。
今日は満月か?
などど思っていると、SAへのアプローチの方から、特徴的な音が迫ってきた。

来たか。

視線を向けると、ちょうどアプローチから駐車場の広いところに向けて、一台のバイクが飛び込んで来たところだった。
輝く赤と銀のマシン。ライダーは女性。
モトグッチV10チェンタウロだ。
派手なカラーリングのヘルメットのライダーはCBと田山を見つけるとまっすぐ走って来て急停止した。
「ごめん、篤志クン、待った?」
エンジンも止めないまま大声で話す。
圭子だ。
「まず、エンジン停めろ!」
田山が叫ぶ。
ライダーはメインキーをまわしてエンジンを止め、一息つくと、チェンタウロに跨ったまま、グローブを外し、ヘルメットをとった。
「ごめん、篤志クン、待った?」
今さっき言ったセリフじゃねえか。田山はあきれながら首を振る。
「まずさ、降りろよ。クールダウンしろ、圭子。」
田山が言うと圭子は口をへの字にして笑い、チェンタウロを器用にまたいで降りる。

赤白の派手でタイトなダイネーゼのジャケット、革パンツ。
ガエルネのブーツ。ファイブのグローブ。
長い髪は後ろで編んで一つに。
派手で、人目を引き、そして美しいモトグッチ、チェンタウロ。
ライダーの方も負けずに目を引いている。
体にぴったりの上下革のライディングウェアが、強烈に女性らしさを発散している。
「なんてかっこだよ、圭子」
「あら、これ?いいでしょ、買ったの。全然ばたつかないしね、見た目よりずっと動きやすいし、疲れにくいのよ。セパレートだからトイレも安心だしね。」
「いや、そうじゃなくてさ、40になろうかという女のファッションじゃないだろ」
「38よ。そっちこそ、38に見えないわよ、もうすっかりおじさんっぽい感じ?」
「馬鹿。男はなあ、実年齢より若く見られるようじゃ、修業がたりねえんだよ。」
「それは女だってそうよ。そうじゃなくてさあ、おじさんっぽいっていうのは……」

圭子のいうことも聞かず、田山はチェンタウロを見ている。
…音もよかった。見たところシミもない。完調か…。
「俺、マシン見てるから、トイレ行って来い。」
「……うん。なんか飲む?」
「さっき飲んだからいい。」
「あ、そ。」

圭子はすたすたと歩いていく。
あいかわらず…、いい女だよなあ。
田山は後ろ姿を見送る。
が、すぐにまたチェンタウロにかかった。

「圭子、しっかり磨いてんな…」

圭子がチェンタウロを手に入れて2年になる。どうしても欲しいという圭子のために、田山は苦労して一台のチェンタウロを手に入れた。それが4年前。

それから、2年がかりで完璧に直した。

圭子の身長に合わせてステップとハンドルバーはワンオフで作製。シートも浜松のシート屋に特注をかけて圭子に合わせてもらった。メーターハウジングは時計屋に相談して角度、ガラスフェイス、指針盤、すべてをモディファイ。しかし、このモデファイは誰も気づかない。ほぼ、オリジナルの外見を保ったままに、視認性だけを高めた。
手に入るオリジナルパーツはできるだけそれを使い、不具合があれば修正、交換した。電装系はそっくりやりかえた。
エンジンはさすがに丈夫なグッチ製、ほぼ調整のみで済んだ。一度完全にバラし、公差の中でベストになるように慎重に組み直した。
インジェクションはフルコンチューン。排気管はほぼ手を付けず。ブレーキシステムもディスク、キャリパーともそのままO.H.して使用。マスターシリンダーのみ交換し、レバーは圭子の手に合わせて削り出した。クラッチ側も同様にO.H.した。

マシンが仕上がった2年前、圭子は大喜びで、きちんと料金を支払い、チェンタウロを買っていった。

各部を細かくチェックする。オイルのシミもない。レベルもOKだ。
タイヤもOKだ。ピレリエンジェルST。まだ新しく、九分山だ。エアゲージで測る…、OK。
エンジンを掛ける。異音はない。軽くレーシング。反応速度もちょうどいい。変な振動もない。OKだ。

圭子が帰ってきた。
「そんなに厳しくチェックしないで。姑さんみたいね。そりゃ、篤志クンから見れば雑かもしれないけど、ちゃんとしてるつもりなんだから。」
田山は振り返る。
「いや、OKだ。予想以上によくやってる。」
立ち上がった。圭子は171センチある。164センチの田山より高い。
少し見上げながら言う。

「で、どうだ。しゃべってから走るのか?走ってからしゃべるのか?」
「……。走ってから。」
ふう…。田山はため息をつく。そうだろうな…。
「じゃ、給油して、出るか。だいたいよお、店閉まるだろう、今からじゃあ。」
「今電話してきた。店開けて待っててくれるって。」
「お前、ほんっとにわがままだなあ」
「ごめん…。」
お、ここで「ごめん」がでるのは、圭子、今日は結構やばいか…。
「いいか、俺が先でいくぞ。俺がOKサイン出すまで追い抜くなよ。」
「うん。」
「今日も、安全運転でいくからな。」
「はいはい。…あ、でも、篤志クン」
「なに」
「店長、あんまり待たせたくないなあ…」
「事故ったら永遠に待ちっぱなしにさせるんだぞ」
「はーい。わかってるよ。なんかいつも一言多いよね、篤志クン。」
「なんだ?」
「なんでもない。」

田山と圭子はSA内のガスステーションへ移動した。
満タンにして、ステーション脇に2台並べて停めると、各自の装備の再確認をする。
あご紐、グローブのカフスと袖、ブーツ、襟元…。
少しのゆるみでも、そこから風が入ってきたり、ばたついたりすると注意力を削がれる。
入念に。

圭子のやつ、何があったんだ?
まあ、気にしてもしょうがないが、今日は少し頭を押さえて走ってやらんと、まずいかもしれんな…。
今、満タンで、途中給油はなしか…。

後ろで、セルが回り、チェンタウロが始動した。
田山もCB750に火を入れる。

さて、んじゃ、姫とのランデブー、行ってみるか。

田山は大きく振り返る。
圭子がうなづき、シールドを閉めた。
再度周囲を確認し、田山はゆっくりと発進する。
後ろの圭子も滑らかに、発信した。

二人はゆっくりSAを離れ、本線手前から滑らかに力強く加速していく。
ラーメンナイトの、始まりだ。
(つづく)
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