「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

深夜のNEXCO東日本の危機管理室にて

2013-03-18 23:49:39 | 防災訓練
2013年3月18日(月)深夜 続き

謝恩パーティーを抜け出すのに時間がかかってしまったが、
新富士から新幹線で東京へ。さらにタクシーで新霞ヶ関ビルへ。

21時から25時過ぎまで、
翌19日の常磐道守谷SA防災拠点化構想についての図上検討会の仕込み。
3月15日(金)に引き続いてのものであるが、
一通りの仕事を終えてからの時間であるにもかかわらず、
みなさんまぁ、何とタフなことか。

15日の事前ブレストよりもさらに深く広く、
論点を検討できたように思う。

この日のブレストでハッとさせられたのは、
危機管理チームの久保さんのご発言であった。

本来であれば、このプロジェクト、
内閣府防災担当か東京都がやるべき仕事。
はっきり言えば、彼らはサボっていると、
「旅の坊主」としては思っている。

だからといって、彼らを糾弾しても話はややこしくなるだけ。
また、NEXCO東日本が防災コーディネーターになろうとしているのか、と、
下手に勘繰られるようなことになりそうならば、
そこは一線をこえたと思われるようなことはしないが賢明であろう、と。

うまく表現できていないが、
このような点についての微妙なバランス感覚を、
久保さんはもっておられた。大したもの、と思う。

組織を動かす、というよりも、結果を出すためには、
そういうバランス感覚が必要なのだろう……。

我が身を振り返るに……。
「馬鹿な大将、敵より怖い」と言い続けているのだから、
自ずと結果は知れている。
まぁ、結果を出す作業は、他の人に任せることとしよう。

今後、少し長い目で見ればの話であるが、
全国各地の高速道路のSAに、
防災拠点としての機能も付加されていくことになろう。
その場合、当該SAに求められる機能は、
前進目標としてなのか、前線指揮所としてなのか、
補給基地としてなのか、活動拠点としてなのか、
機能という言葉、情報という言葉、具体的な検討抜きに、
本当に意味ある仕組みは作ることが出来ない。

頭の芯から疲れる話ではあるが、こういう時代、
こういう仕事が出来ていることに、感謝をしなくては、であった。



(3月19日夜、
ほぼ1日前のことを振り返りつつ、遅ればせながらアップ)

「ワールドビジネスサテライト」のCMにデビュー!

2013-03-18 23:33:05 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
2013年3月18日(月)深夜

嬉しいことがあった。
テレビ東京の23時からのニュース番組、
「WBS:ワールドビジネスサテライト」は見ている人も多いと思う。
この番組を提供している会社の一つ、NTTデータのCMに
今日3月18日から、「旅の坊主」が携わったシステムがデビューした。

昨年4月から香川県に入った、
デジタルペンとスマホを使った救急災害医療情報ネットワーク。
コンセプト・メーカーとして絵を描いたのを具体化してくれたのが、
香川県の救急救命の仲間達と、NTTデータだった。

救急隊員と救急病院の情報共有化の仕組みとしては、
手前味噌ではあるが、画期的なものと思っている。
以前から使っている傷病者観察票にペン書きをすれば、
それが全救急病院・医院・消防本部等にリアルタイムで共有できる、というスグレモノ。
「アナログとデジタルの融合」という意味では、大いなる成果と思う。

巷では、iPadを使ったシステムが評価されているようではある。
ではあるが、少なくても情報入力の部分については、
iPadのシステムよりも、使い勝手はいいと思うのだがなぁ……。

坂出・回生病院でのシーンがCMに流れている。
勝手知ったる飲み仲間の「昼間の」姿がああいう形で流れていると、
やはり嬉しいなぁ……。

(このCMを見ていたのが、NEXCO東日本、深夜の防災室であった、
というのが、何とも笑えるところではある……。)

このネタで、今年5月はWADEM、
世界災害救急医学会で学会報告をさせてもらう。
先日、正式に報告の機会が与えられた、とのメールあり。

少しは、楽しめるかもしれない1年、と言いたいが、
その前に、年度末を越せなくては話にならないよなぁ……。

静岡県の企業防災についての仕事、ハードルが高い!
(まぁ、それゆえにやりがいもあるのだが。)

(3月19日(火)夜、
22時間ほどさかのぼったことにしてアップ)



環境防災学部最後の卒業式に

2013-03-18 23:28:00 | 日常の一コマ
2013年3月18日(月)

2000年4月に産声をあげた日本最初の環境防災学部も、
ついにこの3月末日をもって終止符を打たれることになる。
(すでに3年生以下は社会環境学部生として入学。
留年生は転学部として処置するのだそうな。)

言いたいことは山ほどあるが、それはおさえておこう。
ともあれ、環境防災学部にとって、最後の卒業式となる。
といっても、JICAの仕事で1年間中米に行っていた関係で、
今年の卒業生についてはゼミ生を持っていない。
その意味では、少し引いた目で、全体を見ていた。
卒業式自体も、会場の外からモニター越しに見ていたし、
謝恩パーティーも、卒業するゼミ生がいるでなし。
意外なほどの感慨のなさに、驚いている自分がいたようなくらい。
そういうもの、なのだろうか……。

文部科学省からの「お達し」で、
再び、学部名を変更することが求められているという。
環境防災学部という名前は、時代のニーズに合致した、
含蓄と将来性ある学問の名前であると今でも思っているが、
さて、この名前の復活はあるのだろうか。
学部名に防災を復活させたい、という思いはもちろんあるが……。

わずか1名(提唱者)を除く関係者全員の反対を押し切って
環境防災学部という名前を取り下げさせたのは現理事長であった。
したがって、学部名への防災の復活は、理事長にとっては、
己の判断が誤りであったことを公に認めることを意味する訳で、
果たしてそのような決断を下せるのだろうか……。
実はそれだけの腹のある人物であった、となれば嬉しいのだが、
さてさて……。

教職員の親和会に出なくなって久しい「旅の坊主」であるが、
学生との付き合いもあり、謝恩パーティーには顔を出すようにしている。
教職員の何人かとおしゃべり&意見交換。
こういう時間も必要なのだ、とは思うものの、
まずは目の前の仕事を片付けなければ、と。

というので、予定よりも抜け出すのに時間がかかってしまったが、
パーティーを中座して東京・霞ヶ関へ。

東南海・南海地震対策DIGのマニュアル用口述原稿書きで一日が終わる

2013-03-17 22:35:38 | 地域防災
2013年3月17日(日) 

朝、何とか8時に起きようと思ったものの、
どうにも体が動かず。結局9時過ぎまで寝ている。

朝風呂で眠気を飛ばし、朝食。
庭の桜も、今日明日には開花しそうな、そんな勢い。
まだ3月中旬というのに……。

母に見送られて出発、麹町の日本工営へ。

ここ数年来お手伝いをしている、
国土交通省四国地方整備局発注による、
東南海・南海地震対策DIGのファシリテーター養成講座。
ありがたいことに、日本工営のスタッフが大変優秀で、
今までに出来なかった幾つかの試みが形になりつつある。
(「旅の坊主」の負担も、それなりにはあるのだが……。)

ファシリテーター養成用の資料と謳いつつも、
ファシリテーター役がプレイボタンを押しさえすれば、
そのままDIGのファシリテーションとなるような、
そんな作り込みをした説明資料を作ろう、というのが、今年度の試み。

ミニ講義や作業指示などは、「旅の坊主」自身が動画の中で伝えることになる。
まぁ、e-learningであればよくあるパターン。
ということで、読み上げ用の原稿書きが続く。

昨年12月初旬、
笹子トンネルの崩落事故があった日が、
黒潮町での南海地震対策DIG本番であった。
その時の「旅の坊主」自身のファシリテーションぶりを確認しているが、
さすがにそれをそのまま文字化したのでは芸がない。
もう少し整理した形で、原稿なり資料なりは作らなくては、である。

昼前から21時過ぎまでかけて、ざっと1万5千字。
悪くはないペース、というところか。
本来であれば、初稿を書いた後に少し寝かせ、
多少なりとも客観視できるようにして赤を入れたいところだが、
今のスケジュールでは寝かせる間もなく、収録ということになりそう。

明日から始まる一週間で原稿書きが進めばよいのだが、
静岡県の企業防災プロジェクトを優先せざるを得ず、
あとは、収録予定当日である3月23日(土)の午前中に、
どこまで仕込むことが出来るか、の勝負となる見込み。
あと1万字は書かなくてはならないだろう……。

わかってはいるのだが、
タスクとプロジェクトの違いが身についていない。
締め切り効果で生きている人間に、プロジェクトは無理、か……。

四ッ谷駅に向かう途中に、肉のハナマサ麹町店がある。
エネルギーを入れなくてはならない時には、やはり肉!
というので、少しぜいたくをしてフィレのステーキ肉を買い込み、
いつものように?新幹線の静岡行最終の客となる。

ブログ更新の後は、企業防災の原稿書きに頭を切り替えねば!

(新幹線の車中にてリアルタイムでアップ)

入学試験監督

2013-03-17 02:12:53 | 日常の一コマ
2013年3月16日(土)

世の中的には土曜日であるが、朝から本年度最後の入学試験。
受験生にとっては、人生が決まるような、重大な局面かもしれないが、
大学教員としては、どうしても、別の価値観でモノを見てしまう。
(ごめんなさいね、君たちの人生の一大イベントを受け止めていないで……。)

試験監督として終日拘束。
センター試験も含め、終日拘束も5日(5回目)となる。
言われた分はやるが、それにしても、
ちょっと多いんじゃないの?と言いたくもなる。

残念ながら、人の善意に甘えるような(あるいは自己犠牲を強いて恥じない)、
バランス感覚ある対応をしない・できない組織になって久しい。
「バカな大将、敵より怖い」とは良く言ったもの、か……。

ゼミ生のうち2人から、
東京消防庁の説明会に行ってきた、との報告が入る。
本学レベルから、となると、相当の努力をしないと到達できない目標だが、
がんばっている彼らの姿を見ているだけに、何とかなってほしいなぁ、と思う。

16時を過ぎて、無事監督業務も終了。
明日朝からの、麹町・日本工営での原稿執筆作業もにらみ、
千葉・稲毛の自宅(実家)に久しぶりの帰宅。

母方の祖母の白寿の祝い、席次を確認し、
また、父方の親戚一同との夏の旅行について、候補となる旅館を固める。
7月最後の週末は、伊豆長岡で過ごすことになりそう。

事業所DIGの原稿、粗々ではあるが、何とかまとまりつつある。
ともかく、原稿を打ち込んで関係者に送る、そこまでは今日中にしなくては、
であった。(って、もう日付は変わっているが……。)