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どうしても看過できなかった。

エクストラレポート・ルーム
「被害者に落ち度がないと、“耐えられない”から」
http://blog.livedoor.jp/baisemoi_bullet/archives/64928803.html
ここの記事の、コメント欄。

さるささんへの問いかけである。

コメントされた方やブログの管理者に許可は取っていないため、引用はしない。

おそらくさるささんは、限定的な情報の中で自ら作り出した事件像 ―『そんな容易なナンパにほいほいついてい』った中学生が強姦されたと騒いでいる― に対して思考し、判断し、発言していると考えられる。さるささんの発言の内容と、沖縄というある意味で特殊な地域の現状に対する認識・知識の不足が、それを裏付けている。
この態度は、さるささん自身が批判している。

さらに言えば、さるささんが例として示したケースにおいて、被害者は自らの意思で積極的に他者の法益を侵害している。この事実は、被告人の減刑事由として法廷において重要な意味を持つ。
他者の金銭を持ち出すことは窃盗であり、暴力を用いてすれば強盗である。家族間での窃盗は罪を免除されるが、これは発生した法的責任を追及しないという意味であり、罪にならないという意味ではない。
他者の善意を信じることが他者の法益侵害に当たるということを論証しない限り、このケースを沖縄の事件の例示として持ち出すことは不適切である。
そもそも『被害者の落ち度』論は道徳論として発生したはずであり、法的関係性において論ぜられる問題ではなかったはずだ。なぜさるささんが、このケースの例示が『被害者の道徳的有責性』という論題について適切であると考えたのか、理解できない。

追記。

あなたが被害者として傷ついた上、誰かに心無い言葉をかけられたことに対しては、私は今回のケースと同様、そのような心なき言葉や態度に嫌悪感を抱き、憤りを覚える。しかし、あなたが同じことを別の被害者に対して行ってもよいことにはならない。
むしろ、それによって傷ついたのならば、なぜその行為に対して嫌悪感を覚えないのか。
さるささんの告白に対して懐疑的な眼差しを向ける人の存在は、その疑問が解決する気配を見せないことに基づくのだと思われる。
もしもあなたが、『自分はひどい事をされた上ひどい事を言われたのに、どうしてこいつは守られるんだ』だとか、『自分はとても傷ついたから、他の誰かも同じように傷つくべきだ』などと考えているならば、失礼だが、その観念は非常にあさましいものだと言わせてもらう。
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« つまりそういうこ... 何もいえない。 »
 
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