「まだしばらく先のこと」。
そう思ってなるべく考えないようにしていても、時間というのは確実に過ぎて否が応にも「その時」はやってきてしまう。
穂和と結婚するよりも前、今から6年前の5月に私の相棒となってくれた、てーびぃー号こと三菱タウンボックス。
4年オチで39000kmという、この手の車にしては少なめの走行距離でやってきたてーびぃー号。
それがこの5月末に車検を迎える。
色々考えた結果、この機に手放す(多分もう廃車)ことに決めていた。
そしててーびぃー号を買った時にお世話になった中古車屋さんに車を持っていく日が、24日だった。
2度の引越し、時には片道30kmにもなる通勤、札幌から横浜の実家への長旅、そして何と言っても数え切れないほどの車中泊を伴う撮影旅……。
それらの全てを共にした相棒は、北海道本島の海沿いの道で、走ったことの無い道はない。
寒冷地仕様ではなかったために、冬には寒い思いをしたこともあった。
ヒーターを入れて走り続けているのに、ガラス窓の内側が凍結したこともある。
その代わり手動で切り替える直結の強制四駆のお陰で、雪の深い山道や、砂利だらけの林道も平気で入っていくことができた。
一度、油断して入り込みすぎて戻れなくなるかと思ったこともあったけど。
半年に一度やってくるタイヤ交換。
その都度オイル交換もすることにしていたのだが、その間の走行距離が10000kmになることも。
ピーク時の年間走行距離が20000km以上なのだから、無理もない。
オカメインコのチョコを連れて出かけた、夏のひまわり畑。
何人もの内地からの友人を乗せて出かけた、北海道各地。
風が強く気温も氷点下という過酷な状況下での車中泊。
雪に埋まった普通車を、牽引して助けたこともある。
峠に向かう上り坂や高速道路では、エンジンを高回転させ続けて走るしかなかった。
窓を開けていたら、後ろの席との会話が難しくなるようなエンジン音。
「頑張れ、頑張れ」と声に出しててーびぃー号を応援した。
どれが一番、とも決められないほど、てーびぃー号と共に走った思い出は全てが大切な宝物。
私の妊娠もあって、昨年10月初旬の美瑛・富良野を最後に、車中泊をしなくなった。
冬場の長距離旅もしなかったし(函館行きは車中泊がなかったため、新顔のしぇんた号で行った)、バイトも2月初旬で終わりになっている。
だからてーびぃーにとって最後の4ヶ月弱は、もっとも活躍の場の少ない静かな毎日だった。
出発の朝。
穂和が早起きをして、丁寧に心を込めて洗車をしてくれた。
駐車場でぶつけた凹みと、鍵のかからなくなったハッチバックのドア、それにあちこちにある塗装のハゲた部分からできてしまったボディのサビを残して、てーびぃー号はぴかぴかな姿になっていた。

87000kmを一緒に走って、総走行距離126000km。
てーびぃー、お疲れ様、本当にありがとうね。
そう思ってなるべく考えないようにしていても、時間というのは確実に過ぎて否が応にも「その時」はやってきてしまう。
穂和と結婚するよりも前、今から6年前の5月に私の相棒となってくれた、てーびぃー号こと三菱タウンボックス。
4年オチで39000kmという、この手の車にしては少なめの走行距離でやってきたてーびぃー号。
それがこの5月末に車検を迎える。
色々考えた結果、この機に手放す(多分もう廃車)ことに決めていた。
そしててーびぃー号を買った時にお世話になった中古車屋さんに車を持っていく日が、24日だった。
2度の引越し、時には片道30kmにもなる通勤、札幌から横浜の実家への長旅、そして何と言っても数え切れないほどの車中泊を伴う撮影旅……。
それらの全てを共にした相棒は、北海道本島の海沿いの道で、走ったことの無い道はない。
寒冷地仕様ではなかったために、冬には寒い思いをしたこともあった。
ヒーターを入れて走り続けているのに、ガラス窓の内側が凍結したこともある。
その代わり手動で切り替える直結の強制四駆のお陰で、雪の深い山道や、砂利だらけの林道も平気で入っていくことができた。
一度、油断して入り込みすぎて戻れなくなるかと思ったこともあったけど。
半年に一度やってくるタイヤ交換。
その都度オイル交換もすることにしていたのだが、その間の走行距離が10000kmになることも。
ピーク時の年間走行距離が20000km以上なのだから、無理もない。
オカメインコのチョコを連れて出かけた、夏のひまわり畑。
何人もの内地からの友人を乗せて出かけた、北海道各地。
風が強く気温も氷点下という過酷な状況下での車中泊。
雪に埋まった普通車を、牽引して助けたこともある。
峠に向かう上り坂や高速道路では、エンジンを高回転させ続けて走るしかなかった。
窓を開けていたら、後ろの席との会話が難しくなるようなエンジン音。
「頑張れ、頑張れ」と声に出しててーびぃー号を応援した。
どれが一番、とも決められないほど、てーびぃー号と共に走った思い出は全てが大切な宝物。
私の妊娠もあって、昨年10月初旬の美瑛・富良野を最後に、車中泊をしなくなった。
冬場の長距離旅もしなかったし(函館行きは車中泊がなかったため、新顔のしぇんた号で行った)、バイトも2月初旬で終わりになっている。
だからてーびぃーにとって最後の4ヶ月弱は、もっとも活躍の場の少ない静かな毎日だった。
出発の朝。
穂和が早起きをして、丁寧に心を込めて洗車をしてくれた。
駐車場でぶつけた凹みと、鍵のかからなくなったハッチバックのドア、それにあちこちにある塗装のハゲた部分からできてしまったボディのサビを残して、てーびぃー号はぴかぴかな姿になっていた。

87000kmを一緒に走って、総走行距離126000km。
てーびぃー、お疲れ様、本当にありがとうね。