さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

ヌスビトハギ

2012-10-01 10:37:23 | 花草木


ヌスビトハギの花に気付いたのはもう2ヶ月ほども前の8月初め、それからずっと咲き続けて、そのうち面白い形の果実も目に付くようになった。



花の大きさはまちまちだが大きくても5mmもない。それでもたくさん咲くから薄桃色の米粒を一面まき散らしたようで遠くからでも目立つ。ぐっと目を近付けると純白の貝殻から濃い桃色の2本の角が突き出ているような不思議な形に気付いた。そして驚くほど美しい。



真正面から見ると大きな桃色目玉がじっと前を見据えていた。いささか大きめの少し黒ずんだ鼻もちゃんとある。童話の中の小人か妖精のような謎めいた顔だ。しかも首だけ枝の上に並んでいるのだから少し不気味でもある。



さて謎解きをすると、ヌスビトハギはマメ科だから5枚の花びらからできていて、そのうち横に並んだ2枚の翼弁がすっと前に突き出しているので、正面からはそれらの先端が丸く見えたのだった。鼻の部分は2枚の舟弁が合わさって袋状になったもので、これはマメ科共通の形だ。少し黒ずんでいるのは中に雌しべを囲んだ雄しべの筒が押し込まれているのでその葯の色だろう。



別の花を下から見上げたら今度は鳥の雛が並んで大口を開けて餌をねだっているようだった。中を覗くと上側の旗弁に向かって雄しべの筒が跳ね上がっている。これは下の舟弁の中に隠されていたのだが、虫が来て舟弁を押し下げて飛び出させたのだ。2枚の桃色の翼弁は両側から舟弁を支えていたのだが、舟弁の袋が中身をなくしてへこんだため、先の方が寄ってきて合わさったのだろう。それでこんな嘴のような形に見えるというわけだ。

下の方では先に咲いた花が枯れて、その残骸の中から鶴の首のようなものが飛び出している。受粉が成功して果実ができつつあるのだ。



ヌスビトハギの果実の形は面白い。眼鏡であるとかブラジャーだとかいや唇だなどいろいろ言われる。その人の潜在意識を解き明かす試験に使えるかもしれない。さて何でヌスビトかと言うと、この形が盗人の足跡に似ているというのが定説のようだ。抜き足差し足で歩く時、普通は爪先立ちすると思うが実際はそれでは安定が悪い。重い荷物を背負っている場合などかかとの方から足の外側を着地すると良いのだそうだ。するとこんな足跡が付くというわけだ。しかし昔の日本人はだいたいがガニ股だったから、盗人でなくてもほとんどこんな足跡になったと思うがどうだろうか。



豆の鞘を横から見ると全面に細かな毛が無数に生えている。もっと拡大すると返しがついていて抜けにくくなっているのが判るそうだ。それによってズボンの裾などにくっついて遠くに運んでもらう仕組みだ。といってもこの毛は柔らかくあまり強くは引っ付かない。センダングサなどだとチクチク痛くて目の敵にするが、これなら運んで行ってやるよと言いたくなる。形も面白いので子供の頃、胸にワッペンのように付けて遊んだ覚えがある。おとなしく控えめなのも一つの世渡り術といったところか。



ヌスビトハギはなかなか大株になる。少し薄暗いところで他の雑草を圧して胸ほどの高さになって無数の花を夏から秋にかけて長い間咲かせ続ける。しかし花は小さいし日本全国ありふれていてまず見向きもされない。茂りすぎるから山道を歩く人には邪魔者扱いされたりする。そんなものでも気が付けばこんなに可愛く魅力的だったのだ。そうしてふとこの世が少し明るくなったような気がしてくる。