さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

ツルニンジン

2012-10-27 10:20:47 | 花草木


色といい形といい、神秘的で謎めいた感じがする。これはどこかの古代国家の紋章だろうか。それとも遠い国の宗教のまじないの印か。この色合いは地味だが、緑と赤茶はほぼ補色関係にあり互いに引き立て合っている。形も五角形、円、五角形と入れ子状態でだんだん深みに誘い込まれていくかのようだ。



この花の名はツルニンジン。つる草で木などに絡まって登って行き、いくつもの花を下向きに咲かせる。大きさは3cm前後、赤茶色の斑点は濃かったり薄かったりいろいろ変異がある。このあたりで咲き始めたのは9月半ば、今頃はほとんど実になって、ちらほら残り花があるくらいだ。



蕾があった。緑色の小さめな袋が紙風船のようでかわいらしい。ツルニンジンはキキョウ科でこの仲間の蕾にはこんな形状のものが多い。緑の袋は意外なことに萼でできている。それが5つに裂けると中からもう一つ、今度は白い花弁の袋が現れる。



やがて花弁の袋の下の方がやはり5つに割れて釣鐘状の花になる。花の外側は白くそこに表の模様が浮き出て、滑らかで健康的な肌に血管が透けているような感じになる。付け根あたりに小さなこぶのあるのが面白い。その中に蜜が出ているということだろう。



キキョウ科の受粉の仕組みは独特だ。まず蕾の段階で、雄しべは雌しべに寄り添うように立っていて、葯が玉状の柱頭に触れてその表面を花粉まみれにする。花が開くとすぐ雄しべはしおれてぐったり花弁の方に寄りかかってしまう。



ツルニンジンにはスズメバチがよく来る。スズメバチが花にもぐりこむとその背中が柱頭に触れ花粉を受け取る。この時まだ柱頭は開いていない。そのうち柱頭が3つに割れて反り返ってくる。そこによその花で花粉を付けたハチが来ると、今度は開いた柱頭がその背中に触れて、花粉が移ってやっと受粉が完了することになる。この仕組みがうまく行くにはちょうどスズメバチくらいの大きさでなければならない。ツルニンジンとスズメバチは共進化したかと思わせるくらい息が合っていて、花を見に行くとたいてい番人のようにハチがいておちおち写真も撮れないくらいだ。花の奥の黒い5角形は蜜のありかを示す蜜標と思われるが、特にスズメバチにとって魅力的に見えるのだろうか。



ツルニンジンは花も面白いが果実はさらに奇抜な感じだ。まるでどこかの国の勲章みたいだ。蕾の紙風船を作っていた萼はまだぴんとしていてなかなか見栄えのする外飾りになっている。五角形の蜜票は幅が広がって重厚な感じの模様になっている。その外側の白い縁取りは花弁が落ちた跡で各辺の真ん中あたりに雄しべの残骸が残っていたりする。中央部分は鈍い三角錐状で、中心には花柱の跡がピンのように突っ立っている。



ツルニンジンにはバアソブというよく似た別種がある。ソブはそばかすの意だそうで、花弁の茶色の斑点をお婆さんのそれに見立てたということだ。ツルニンジンはバアソブより一回り大きいのでジイソブとも呼ばれる。この2種は見慣れれば一目で区別できるそうだが、図鑑で見る限りよく似ていて確信が持てない。明確な違いは種子にあるとのことで、いささか申し訳なかったが試しにちょっと壊して中を覗いてみた。半透明の翼のある白い種子がぎっしり入っていた。これでツルニンジンであることが判った。バアソブでは翼のない黒い丸い種子が詰まっているのだそうだ。

千切ると白い乳液がたくさん出てくる。そして手がずいぶん青臭くなってしまった。ちょっと毒のように感じてしまうが実際は薬になるのだそうだ。また根がニンジンのように肥大して大きく、朝鮮人参の代用にしたとのことだ。ただ薬効は定かでなく、韓国ではむしろ山菜あるいは健康食品として愛用されているという。そんなことを伝え聞いた人たちがいるのか、ツルニンジンは各地で激減しているそうだ。もう20年ほども前、東京の高尾山周辺でもあちこちで目にしたが年毎に消えていった。幸いここ指宿周辺では他の野草と同様まだまだたくさん咲いている。このあたりも日本の多くの地方と変らず過疎化が進みつつあり、山に入る人が減って道はどんどん荒れてきている。おかげでこうした花たちが生き延びられているかと思うと、喜んでばかりはいられないのだが。