古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

予言者梅棹忠夫

2017-01-15 | 読書
年末、丸善に出掛け、「予言者梅棹忠夫」(東谷暁著、2016年12月文春新書)を買ってきました。
この著者を、「エコノミストは信用できるか」、「エコノミストを格付けする」などの著書で小生は注目していました。早稲田大学在学中から国立民族学博物館監修『季刊民族学』編集部で編集に従事。同館館長だった梅棹の知遇を得たといいます。
 梅棹といえば1957年の『文明の生態史観序説』が有名です。もっとも梅棹によれば「序説は編集者が付したもの」とのことである。私はこの論文が中央公論に出た時(学生でしたが)読んで、凄い人がいると、この生物学出身の社会学者に感嘆した記憶がある。また『知的生産の技術』は長く愛読書でした。
 しかし、予言者とは感じていなかったので「これはどういうこと?」と店頭で手に取ったのです。
梅棹が「文明の生態史観」を書いたときには、既に日本は復興を遂げつつあったと言ってよかった。しかしそれは必ずしも国民全体が感じられるようなものではなかった。その時、梅棹は、「これからは豊かさこそ歴史の推進力になっていく」とこの論文で宣言しました。
「精神」が歴史を推進するのではなく「技術」が文明のダイナミズムを生み出すという仮説を提出するものだった。
 敗戦によって打ちひしがれた日本が、実はほかでもない日本独自の歴史的法則で、先進国の技術を自由に取り入れながら、これまで以上に豊かになっていくと予言したのだ。
中央公論1963年3月号に掲載された「情報産業論」は、情報社会論の先駆けだった。
「もちろん、情報産業は工業の発達を前提にした印刷技術、電波技術の発展なしでは、それらは、原始的情報売買業以上にはでなかった。しかし、その起源については工業に負うところが大きいとしても、情報産業は工業ではない。それは工業の時代に続く、なんらかの新しい時代。その時代を情報産業の時代と呼んでおこう」
ここで梅棹は情報産業の原理として「お布施の原理」を持ち出す。
「これまでの経済学が対象にしてきた製造物と異なり、情報には価値をつけるための「外延量」がない。他のものと交換する際に明らかになる相対価格が認めにくい。そして、「情報の価格決定法について一つの暗示を与える現象がある。それが「坊さんのお布施」だと述べる。
 情報をかなりの程度に扱える経済学がまだない、という彼の指摘は正しい。
お布施理論と並んで、「コンニャク情報論」がある。
「コンニャクには何も栄養となるものは含まれないが、消化器官を通過することで消化器官を刺激して身体を健康に保つ。これと同じで、何か価値あるものを生み出しているわけではないが、そのデータやメッセージをやり取りしていると、脳が刺激を受けてその活動を盛んにする。」
日本経済の高度成長とその後の情報化社会を予言する論文を発表したのだと、筆者は言う。
(そのあと、梅棹の大阪万博における貢献を述べているが1良く知られていることだから割愛する)・・・続く・・・

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