「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌作品相互評② 内山晶太から山木礼子「秘密」へ

2017-05-01 00:10:48 | 短歌相互評

 
 作品 山木礼子「秘密」 http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2017-04-08-18362.html
 評者 内山晶太


一連、そこはかとなく鬱屈した気配に満ちている。何があってそうなっているという具体的な原因があるわけではないのだが、作品が息をつめながらそこに立ち並ぶ。
  生きのこりたる一匹の泳ぎをり若草色の水揺らしつつ
 連作の、一首目の、初句が「生きのこり」であるということが、暗示的である。さらにこの一首では「若草色」というとてもあざやかな、初夏を感じさせる色彩を出しているけれども、この色彩は「水」の形容となりその途端に、息がつまる。この歌の若草色とは、澄んだ水のなかで揺れている水草ではなく、水の濁りのことを指している。こんなに閉塞した「若草色」はなかなか見られないものだろう。その水の濁りのなかに一匹だけ生きのこっている光景。濁りのなかを泳いでも泳いでも、濁りのなかである。
  母のきぐるみを着た母である 風船の根元をつまみ手渡せるとき
  飲み会へ誘つてくれてありがたう。無理です。「買ひ物」無理。「映画」無理。

 こうした作品のなかでも、閉塞はつづく。母のきぐるみを着ることではじめて母となる。主体にとっての「きぐるみ」はおそらく、「一匹」にとっての「若草色の水」に重なるもののような気がする。きぐるみの圧迫や息苦しさがあってはじめて、世間的な母子としてのかたちを得る。その手続きがまた、主体を閉塞させる。たとえば、熊のきぐるみであれば、脱ぎたいときに脱ぐことができるけれども、母のきぐるみは脱げない。たとえ母のきぐるみを脱いでも、そこから出てくるのはまた母のきぐるみを着た母なのだ。飲み会も買い物も映画も「やめとく」とかでなく「無理」。「無理」と発した言葉が、みずからの内側へ食い込んでいくように見える。
  CMの母はやさしい 撮影のあとはお茶でも飲むのだらうね
 「CMの母」は脱げる母である。閉塞とは遠いところにいながら、世間的な母というかたちを実現している「CMの母」を見る目はシニカルだ。撮影のあとにお茶を飲むのかどうか実際のところは分からないのだけれども、読者として主体に寄り添えば、CMの女優を見てそこから優雅なティータイムへと連想が波及していかざるを得ない回路にこそ、主体のありようを見るのである。
  いつだつたか思ひだせない「可愛い」と最後にわたしが褒められたのは
 「わたし」という存在がなんなのかということも、「きぐるみ」の副産物として現れる。母というものは、ひとつの役割であるけれどもそれにとどまることなく「わたし」を侵食するものでもあるだろう。母という言葉は、ひとりの人間の存在がまるごと括られ得る言葉であり、そのとき「わたし」はどこかへ行ってしまう。
  何度でも紙のボールを受けとらうわたしはおまへの最初の友だち
 これまで閉塞した状況の歌に目を向けてきたが、この歌は少し異なる。母子という関係性の罠をすり抜けようとしているように思えるのは、結句の「友だち」による部分が大きい。一人から一人へ投げられ、一人が一人から受けとる紙のボール。ひとつのボールをマンツーマンで投げたり、受けとったりしているとき、そこに不特定多数者の目は入り込んでこない。「母と子」とみなす外部者が視界から外れることで、そこには「わたしとおまへ」というミクロな関係性が立ち上がってくる。連作中の次の歌は、
  もし翅があつても飛べる空はない 網戸と窓はひらいてゐても
 とあって、また透明な閉塞感に包まれていってしまうのだが、それでも「わたしとおまへ」の関係性がすでに見出されていることが、かすかな、しかしかけがえのない救いのようにも思われてくるのである。塗り重ねられる閉塞のなかに射す一瞬の光が、連作に良い意味での複雑さをもたらし、連作全体のもつたしかな輪郭を感じさせられた。
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