あれってどれ

「それって、あれだよね」
「うん、あれあれ」
「いやぁ、でもあれじゃない？」

いつかテレビＣＭにもなっていたが、僕たちは典型的なアレリーマンだ。
「あれ」という不思議な言葉のおかげで、コミュニケーションがうまくいっているようで、実はいっていなかったり。
職場であまりに乱れ飛ぶ「あれ」撲滅のために、男たちは遂に立ち上がった。
罰金制導入。一回10円である。
席が並ぶ３人で、相互に指摘しあう。時々当事者以外からも執拗な、しかしまことにもって正しい指摘の声があがる。同時に、大きな笑い声も。
スタートしてちょうど２週間。ご覧のように大繁盛？
すでに3000円ほど貯まっている。１日平均300円。
つまり、１日に一人で最低10回は「あれ」を口にしているということになる。
少ない印象かもしれないが、これは常に細心の注意を払っていての数字なのだ。
気をつけていても10回言ってしまうということは、これまでいかに日常的にあれあれ言っていたかだ。いかに、あれほどあれに助けられていたかがあれだ。

「あれ」が、どれだけ便利な言葉であるか、「あれ」を発するメカニズムはどうなっているのか、「あれ」を言わないことによっていかに脳が活性化されるかなど、今回の実験によって様々なテーマが浮かび上がり、また検証され、解き明かされていくに違いない。
僕たちは、この罰金を「あれ」についての研究結果をまとめた書籍を出版するための費用に充てたいと考えている。
『アレは魔法の言葉』『アレを言う17の理由』『アレと言ってはいけない』
『もうアレとは言わせない』『アレで老化を防ぐ』『アレ健康法』『アレでガンが治った』
『アレで10倍稼ぐ方法』『アレの壁』『世界の中心でアレを叫ぶ』『アレの記憶』
『言葉の鉄人あれキュイジーヌ』『アレックス・ロドリゲス打撃法』
『あれ松虫が鳴いている』『あの素晴らしいアレをもう一度』『あれあれはバルタン星人だ』
『私のアレは左向き』…
おぉ、こりゃベストセラーが狙えそうだ。
でも、それにしてはまだまだ資金不足。
僕たちは、今日もせっせと「あれ」「アレ」を連発するのである。

え～っ？ でもこれってやっぱりアレじゃない？