醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  747号  ホロコーストとナクバ ②  白井一道

2018-06-01 11:45:56 | 日記


  ホロコーストとナクバ ②


  ドイツ帝国宰相ビスマルク


呑助 ユダヤ人の土地や財産を奪っても悪くないなら、敵対的な外国人の土地や財産を奪っても悪くない。こういうことですか。
侘助 そうなんだ。第一次世界大戦はどことどこが戦った戦争だったか、ノミちゃん覚えているかい。
呑助 高校の時に日本史の時間でも世界史の時間でも地理の時間でも教わったような気がしますよ。イギリスを中心にしたフランス、ロシアの三国協商とドイツを中心にしたイタリア、オーストリアの三国同盟が戦った当時の世界にあっては世界的規模の戦争だったんですよね。
侘助 なぜ戦争が起こったのか。戦争が起きた理由は何だと高校の時に教わったのか、覚えている?
呑助 ドイツに問題があったんですよね。ドイツ帝国の宰相ビスマルクが失脚し、ヴィルヘルム二世が政権の実権を握った結果、三B政策を唱え、英仏の植民地、アフリカや中東への侵出を狙った結果、それを阻止しようと英仏がドイツと戦った戦争が第一次世界大戦だったんですよね。
侘助 軍備の鉄、兵隊の血でドイツの統一を実現するんだと唱えたのが有名なビスマルクの鉄血政治なんだ。ドイツという国は十九世紀になっても小国に分裂していた。中世ヨーロッパを代表する神聖ローマ帝国はドイツ帝国でもあったが、十七世紀に起きた三十年戦争を終わらせたウェストファリア条約によって領邦国家体制が認められた。このことは主権国家体制を認め合うことでもあったが同時に「ウェストファリア条約はドイツの死亡証書」とも言われているんだ。このため十九世紀になっても小国分裂状況にドイツはあった。一八四八年にフランスで二月革命が起きるとドイツではウィーンとベルリンで三月革命が起きる。ドイツでは話し合いによってドイツ統一を実現しようという動きが起きた。これをフランクフルト国民議会と言う。この話し合いではドイツ統一は実現しなかった。プロイセン王国宰相ビスマルクはドイツ統一を実現するには話し合いでは、解決しない。ドイツ統一を実現するには暴力、軍事力によってしか実現しないと唱え、プロイセン王国がドイツの小国を暴力、軍事力によって併合し、最後の大国バイエルン王国を併合した戦争が普仏戦争だった。一八七一年プロイセン王国がフランスに勝利し、プロイセン王のブィルヘルム一世は敗戦国フランスのベルサイユ宮殿でドイツ帝国成立の宣言をするんだ。ドイツ帝国を実現した宰相ビスマルクのその後の政策はフランスからの逆襲を阻止し、ドイツ帝国の経済力を強化することだった。そのためにはヨーロッパの平和を維持することだった。ヨーロッパの平和維持外交を展開していたビスマルクが二代目のドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム二世によって宰相を解任されたことによってドイツ外交が変わった。ヨーロッパの平和維持からドイツの対外進出政策に変わった。
呑助 北朝鮮の非核化は話し合いによっては解決しない。話し合いのための話し合いだと、述べ圧力の強化だというのは、ビスマルクの鉄血政治を思わせますね。暴力、軍事力によってしか、北朝鮮の非核化は実現しないという主張ですね。
侘助 アメリカに追随する安倍政権の外交にはビスマルクの思想が息づいているように思うな。
呑助 ドイツはビスマルクの政治のお陰で経済力の強化ができたんですね。
侘助 そうなんだ。第一次産業革命はイギリスから始まったと言われているが、第二次産業革命はドイツ、アメリカから始まった。鉄鋼業のような重化学工業の始まりが第二次産業革命と言われている。ドイツの鉄鋼業は一八七一年から始まったと言われているからね。
呑助 その結果、ドイツでは強力な軍艦ができるようになったということなんですね。
侘助 イスラエルという国の成立がアラブ人にもたらして悲劇をナクバと言っているんだ。
呑助 日本人にはあまり縁のないユダヤ人たちがヨーロッパ各地での差別を逃れてパレスチナの地にユダヤ人の国をと、いうことで建国されたんじゃないんですか。
侘助 ヨーロッパ中世以来のユダヤ人差別、ユダヤ人への偏見を政治的に利用して外国の豊かな資源を奪おうとした政治家たちいたんだ。そのような人々を帝国主義者と言うんだ。
呑助 イギリス人のセシル・ローズですか。
侘助 セシル・ローズは次のようなことを述べているんだ。「私は昨日ロンドンのイーストエンド(労働者地区)に行って、失業者大会を傍聴した。そして私が、そこで、パンを与えよとの絶叫にほかならない、いくつかのあらあらしい演説を聞いて帰宅したとき、私は帝国主義の重要さをいよいよ確信した。私の抱負は社会問題の解決である。イギリス帝国の4000万人の人民を血なまぐさい内乱から守るためには、私たち植民政治家は、過剰人口を収容するために新領土を開拓し、また彼らが工場や鉱山で生産する商品のために新しい販路をつくらねばならない。決定的な問題は、私がつねに言う事だが、胃の腑の問題である。彼らが内乱を欲しないならば、彼らは帝国主義者とならねばならない。(1895年)」。このようなことをね。
呑助 「胃の腑の問題」というのは、イギリス人が豊かな生活をするにはということですかね。
侘助 そのためには外国に侵出し、そこの富や土地を奪おうということだからね。戦争だよ。強盗の戦争だよ。
呑助 ユダヤ人迫害と関係あるんですか。
侘助 ユダヤ人は悪い人間だからユダヤ人の財産や土地を奪ったとしても悪くないんだという意識を植え付けていったんだ。
呑助 あぁー、こうしてユダヤ人の殺害や土地財産を奪っても悪の意識から解放したということですかね。
侘助 一九世紀後半の時代はイギリス、フランス、ロシア、ドイツといったヨーロッパの列強は帝国主義化していく。帝国主義というのは、他国の富や土地を奪う強盗の戦争をするということだからね。
呑助 泥棒や殺人というのは、嫌なことですよね。嫌というより犯罪ですね。
侘助 ロシアでは、帝国主義的な政治に反対する社会主義運動が起きて来ると社会主義運動はユダヤ人の運動だと言って弾圧したんだ。ユダヤ人の運動は悪いに決まっているでしょと、いうことで弾圧した。ツァーリズムはユダヤ人への偏見を利用して社会主義を弾圧した。が勿論社会主義者の中にはロシア人もいた。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿