醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  584号  萩原や一夜はやどせ山のいぬ(芭蕉)   白井一道

2017-12-07 13:31:14 | 日記

 萩原や一夜はやどせ山のいぬ  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』より「萩原や一夜はやどせ山のいぬ」。鹿島紀行に載せてある句である。貞享四年、芭蕉四四歳。
華女 「山のいぬ」とは、狼のことなのかしら。
句郎 そう、狼のことを山の犬といっているんだと思う。
華女 「山のいぬ」という言葉は、何かを譬えているのよね。
句郎 何を譬えているんだと華女さんは考えているのかな。
華女 月見に向かう自分たち、芭蕉の一行のことなんじゃないのかしらね。
句郎 萩原のイメージに対して芭蕉たちのイメージは「山の犬」のように思われたということなのかな。
華女 萩原のイメージというとどのようなイメージなのかしかね。
句郎 奈良の唐招提寺は萩の寺とも云われているんだ。秋になると伽藍一面に萩の花が咲くんだ。萩の花の間に毛氈を敷いて野点の茶会なんかが行われてね、優雅な感じがしたもんだよ。
華女 優しいイメージよね。「山のいぬ」狼のイメージとは大違いね。
句郎 萩のことを「臥猪(ふせい)の床」と言うことがあるらしい。野生動物の寝床に相応しいというイメージなんじゃないのかな。
華女 芭蕉はここ萩原で野宿したいと詠んだ句だということなの。
句郎 野宿を楽しみたいというような歌の伝統があったんじゃないのかな。
華女 どんな歌があったのかしら。
句郎 古くは『万葉集』の「春の野にすみれ摘みにと来し我そ野をなつかしみ一夜寝にける」と詠んだ山部赤人の歌があるし、『新古今和歌集』にも「思ふどちそこともしらず行き暮れぬ花の宿かせ野べの鶯」という藤原家隆の歌がある。
華女 野生動物が花の宿として一夜寝るように我々も花の宿で一晩眠ってみたいものだという気持ちを詠んだというなのね。
句郎 菫咲く春の野や萩の花咲く秋の野で野生動物が眠るようにその風流を味わってみたいと伝統的な美意識を継承しているのが芭蕉の「萩原や一夜はやどせ山のいぬ」という句なんじゃないのかな。
華女 昔の人は人間も動物も同じように生きることが風流なんだというような気持があったのかしら。
句郎 自然の中に生きる美意識があったんだろうな。
華女 美しいものは自然の中にあるという気持ちが強かったのね。
句郎 文明が進んでいなかったので、自然の中に美しいものを見つけざるを得なかったのかもしれないけどね。
華女 分かるわ。農民は自分が働く畑とか、田んぼを美しいとはあまり思わなかったんじゃないのかしらね。私は農家に育ったから分かるのよ。田んぼや畑は厳しい労働をする所なのよ。その場所を美しいとはあまり思わないものよ。体が汚れる場所じゃない。手は汚くなる一方よ。
句郎 そうだよね。農民が耕した畑とか、手入れされた萩原だとかを眺める人が美しいと感じたんじゃないのかな。農民や山に生きる人がそこで野宿する人は、安全を確保するために大変な思いをしたことだろうからね。
華女 そうよ。そこで働いた経験を持たない者の考えなのかもしれないわ。

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