まずは一葉の写真から。
昨年11月の朝生にも出演していた加藤嘉一君である。この腕組み写真を見るだけで、かなり大きな勘違いをしているような気がしなくもないが、この加藤君、なんとあの週刊プレイボーイでコラムを連載しているとのこと。
週刊プレイボーイ 連載コラム
無意味な韓流バッシングより、近隣諸国に敬意を払い、しっかりと手を結ぶことが重要なんです[2011年09月21日]
僕は日本独自の文化を愛していますが、それと他国の文化を
排除することはまったく別の話。無意味な批判はやめましょう!
最近、日本では韓流ブームへのバッシングが話題になりましたが、中国のメディアにもこの件は注目されていて、ぼくもコメントを求められることがあります。中国でも韓流ドラマは人気がありますからね。
フジテレビを擁護するわけではありませんが、この問題についてまず確認しておきたいのは、テレビ局は「韓流ドラマは視聴率が取れる」から放送しているということ。ビジネスとして視聴率が取れそうな番組を選び、スポンサーを獲得するというのは当たり前のことです。
それを行き過ぎたナショナリズムというのか、ただ韓流が気に入らないからやめろというのは腑に落ちません。文句を言うのはかまいませんが、どうせならテレビ局の社長に直談判すればいい。その際には必ず「自分たちでいいモノを作ったから、韓流をやめてくれ」と、代案を持っていくべきです。単に批判だけするのでは筋が通りません。「だったらおまえがやれ!」という話ですよ。
日本には独自の文化があって、ぼくはそれを愛し、誇りに思っています。
一方、韓国の文化が日本に入ってくるのも歓迎です。韓国文化の流入は、日本にとってもいい刺激になるはずだからです。
おそらく今回の件で声を上げている人たちは、自分たちの文化に自信がないからこそ過剰に反応してしまっているのではないでしょうか。深層心理で脅威を感じるからこそ排他的な思いに駆られているとすれば、とても非生産的な悪循環です。
島国の日本は"ムラ社会"で、確かに他者を容易に寄せつけない気質もあるとは思います。ですが、一方で特に明治維新後、欧米から多くの文化や技術を導入し、発展した歴史があるのも事実。これからも他国の文化を素直に受け入れることができれば、きっと次のステップが待っていますよ。
少子高齢化や経済力の低下などで今後、日本は厳しい国際競争を強いられることになります。今こそ必要なのは、近隣諸国に敬意を払い、しっかりと手を結ぶこと。ただ手を結ぶのではなく、「共同作業のなかに競争原理を持ち込む」ことです。場合によっては、逆に「競争原理に共同作業を持ち込む」こともあるでしょう。
わかりやすい例が2002年のサッカー日韓共催W杯です。あのとき協力しながら切磋琢磨したことで、両国のインフラ整備は進み、加えてサッカーのレベルも向上しました。
今後は中国も含め、東アジア3国の協力が国際社会を生き抜く上で重要です。例えば、日中韓のFTA(自由貿易協定)のようなものを締結していくことも必要でしょう。
この3国には複雑な歴史的背景がありますが、実は協力し合うにはとても相性がいいとぼくは思うんです。島国、大陸、半島という異なる風土の特性をはじめ、人口、経済力など"国家のスペック"がうまくバラけていて、互いが似通っている場合よりもいろいろな問題が発生しにくい。3国がそれぞれの個性を認め、うまく補完し合うことができれば、東アジア地域の大きな発展が期待できるでしょう。
もし3国間の橋渡しにぼくの力が必要なら、出ていく覚悟はあります。同じアジアの仲間じゃないですか。受け入れて競い合いましょうよ。日本には甲子園の応援をはじめ、競争相手にエールを送るという世界に誇れる文化がある。なぜ韓流に限って、それが素直にできないのか逆に教えて!
今週のひと言
非生産的な悪循環を生む"韓流バッシング"は意味ナシ!!
(ここまで)
この加藤君、なんと自称「中国で一番有名な日本人」とのこと。しかも自称、「高校卒業時に東大を合格していたが、それを蹴って国費留学生として北京大学へ進学した」とのこと。ハア・・・。世の中、「自称」とバカが多くて疲れませんか?それほどまでに、主観的な「自分が見ている宇宙」どうしの戦いのような状況になっているのだろうな今の日本は。原発についてのスタンスなどがいい例。
ただ今回は、加藤君が北京大学の大学院の修士課程を修了した上で、上のような文章が平気で書けるという点が気になって仕方がない。どの国であれ、少なくとも修士課程を修了しているのというのなら、持論として展開する際の基本的な言葉の意味については自ら定義をし、その定義の上に自分の主張を展開するという、「最低限の知的基本動作」ができていなければならないからだ。
彼は冒頭からこう述べる。
>最近、日本では韓流ブームへのバッシングが話題になりましたが、中国のメディアにもこの件は注目されていて、ぼくもコメントを求められることがあります。中国でも韓流ドラマは人気がありますからね。
ハア?「韓流ブームへのバッシング」って何なの?この冒頭からして全く理解できない。「韓流ブーム」自体も定義が必要であり、その定義に、現状の「韓流ブーム」をどうとらえているのかという「現状認識」が反映される。例えば、「韓流ブーム」という言葉の意味は、
1 広告代理店やテレビ局が、韓国人たちを芸能人として日本のマスコミに売り込んでいること。
なのか、
2 日本にいる日本人が、そういういわゆる「韓国芸能人たち」によるコンテンツを喜んで買っている状態。
なのか、もしかすると、
3 日本にいる在日朝鮮人と、いわゆる「韓国芸能人たち」によって性的興奮を催されてしまった、一握りの性欲優先型の日本人が「韓国芸能人たち」によるコンテンツを喜んで買っている状態。
なのかもしれない。この三つの現象は、「韓流ブーム」という同じ言葉で表現していても、全く異なる現象を表していることになる。加藤君は、この「韓流ブーム」という言葉さえ使えば、読者は自動的に「上の中の『2』の意味」として捉えてくれる、という幻想を抱いているようだ。しかしその現状認識自体が甘すぎる。なぜなら、今日本に「韓流ブーム」とやらが存在するならば、それは上の「1」と「3」の意味であるからだ。
たまたま先週の金曜か土曜の深夜0時からNHKでやっていた「MJ 韓流スペシャル」を見ていたが、出てくる「自称アーティスト」たちの扇情的なこと。「日本」放送協会のNHKが、こんな番組を平気で垂れ流しているという点に開いた口がふさがらず、録画すらしなかった(まあ落ち着いていても録画はしないが、ここでこんな記事を書くことになると予想できていたら、資料として録画しておけば良かったと今は後悔している)。
そもそも、昨年の「KARA」のヒップダンスからしておかしい。このブログに載せるために、googleで必死に探した(笑)。
客に尻を向けて、クネクネと腰を振る動作を、「ダンス」と表現するのが「韓流」であるならば、そういう「韓流」は、単に小中学生のチンポを勃起させるための「性欲煽情装置」と同義である。
NHKによると(笑)、KARAはその後、「骨盤ダンス」、「ペンギンダンス」、「猫ダンス」、「KARAパラ」などを開発したらしいが、要するに、ただ扇情的に踊っている様子を、別の名前や、別の衣装や小道具でバリエーションづけしているだけである。これでは小中学生も萎えるだろう。
しかし性欲煽情装置はKARAだけではない。これも去年から売れたことになっている「少女時代」である。
これも、「美脚が売り!」という宣伝文句さえつければ、どれだけ足を露出させ、扇情的に踊ってもそれは「ダンス」である、という認識のようである。この映像はこちらから。
そして、いかにも整形しましたと言わんばかりの顔。こういうのは日本基準では、「昔渋谷によくいた、ガングロの汚ギャルが白くぬりたくってるだけですか?」とマジマジと聞かれるレベルである。
アイラインでごまかそうとしてはいるが、目や鼻筋が人工的すぎる。これでは日本の高校生でさえ萎えるだろう。
まだまだある。今度は、NHKによると、その「KARA」の「妹分」(・・・)である、「RAINBOW」という集団。
シャツをめくって中を見せるかのようなしぐさ。これは、このページによると、日本だか韓国だか知らないが、地上波では放送禁止になったとのこと(笑)。地上波放送禁止というのは話題作りのためだろうが、そこまでして話題を作ってでも、何とか人々の記憶に留めようという必死の作戦なのであろう(苦笑)。
カメラ目線で客を誘惑するような表情をし(1枚目)、ひたすら腰を振る(2枚目)。しかも整形しているのかどうかわからんが、中にはちょっとひどいブサイクさんまで混じっている(3枚目)。元はこちら。
今度は「miss A」という集団。
スタートからしてストリップダンスである。
寝たまま足をクネクネ。
微妙な感じの顔。これでももしかしたら整形しているのかも知れない。
でまた腰を振って踊る(笑)。3人はガーターベルトらしきものをつけて踊っている。これは韓国によると、「マイク固定のための装置」だそうだ(笑)。あのさ、客から見てどう見えるかが重要なのが「芸能界」ってことさえわかってないのね(苦笑)。元映像はこちら。
「マイク固定」ではないガーターベルトと言えば、「AFTERSCHOOL」という集団である。こちらは足にマイクは刺さっていない(笑)。
ここまでの元映像はこちら。マイクが刺さっていない「ガーターベルト」で、やっぱり腰をくねらせて踊っている。それしかやることないのか?
なんとこの集団は、あのavexさんがマネージメントしているとのこと。日本の芸能会社が、韓国人女性を使って、必要があれば整形までさせて、客を煽情するような踊りを踊らせている。これが国際的な人権問題になっていないということが逆に不思議でならない(笑)。
「その1」のしめくくりとして加藤君に聞きたいのだが、上に見てきたような扇情的な踊りが、「韓国文化」と、「文化」という言葉をつけて表現できるようなシロモノなのかね?
そして、「文化」という言葉さえつければ、それは「尊重されるべきもの」、「否定してはならないもの」という資格を得られるものだと、本気で思っているのかね?
だとすれば、加藤君は中国の大学で、少なくとも「文化」については何も学んでないのと同じくらい何も知らない。いわゆる「バカ」である。
「文化」という言葉は、「従来から相当の長期間に行われてきた慣例」の意味であって、それ自体では「尊重されるべきもの」という意味を自動的に与えられるものではない。
例えば、朝鮮半島が、過去千年以上にもわたり、中国の華夷秩序の一部を形成し、中国王朝に朝貢し、中国王朝から冊封を受けるという形で初めてその存在を認められてきた、という事実は、「過去千年以上にも渡り続いてきた慣例」という意味では立派な「文化」ではあるが、そういう「文化」は、中国人のために朝鮮女性を貢ぎ物として送り続けることを強いられるという意味で、女性の人権を強く踏みにじるものである。したがって、そういう「文化」は、現代の価値観においては「尊重されるべきものではない」と判断されることが一般的である。
例えば高麗史では、そういう女性の貢ぎ物は「貢女」と呼ばれ、数百名単位の貢女が行われ、なんとその後、貢女確保のために国中の婚姻が禁止されたこともあり、貢女確保のために、朝鮮では専門の役所が置かれ、組織的に対応していたことが史料からわかっている。詳しくはこちら。
※「従軍慰安婦」という言葉で必死に日本からカネをせびろうとする韓国が、中国に対してはこういう歴史をテコに、カネをせびろうとしているようには全く見えないのが不思議でたまらない。韓国の教育では、無意識のうちに中国に対しては「何をされてもかまわない」という価値観が刷り込まれるように教えているのだろうか。全くもって不思議である。
というわけで字数が来た。その2に続く。