WTN-Jスタッフの古山隆行です。
お話会のご案内です。今回は、WTN-Jお話会では毎回司会役を務めている坪井さんに話してもらう事になりました。アマゾンをイカダで下ったり、北米大陸を単独マラソンで横断したりと、海外ツーリンの枠を超えた行動に目が行きがちですが、私はむしろ、お金が無くなっているのに旅を続け栄養失調になりかけたり、旅の途中のブラジルで突然21日間の断食に挑戦したりと、後先考えてずに行動するところに興味が湧きます。無茶苦茶な人だなぁと思われがちですが、むしろだからこそ、これまで他の人があまりやらないような旅を続けてこれたのだと思います。いろんな問題をどうやって乗り越えるかを学べるかもしれませんよ。
ところで、蛇足ですが、ダリエン地峡について、私は雑誌の切り抜きを持っています。それはアウトラーダー91年6月号に載っていたもので、1988年2月にノルウェー人ライダー”ヘルゲ・ピーダースン”がダリエン地峡をバイクで越えたという記事です。彼が越える前にバイクで越えたのは二人しかいないそうです。その記事でも、もうバイクで走るのではなく、ジャングルと沼を越えてバイクを運んだようなものでした。アラスカとアルゼンチンを結ぶパン・アメリカン・ハイウェイで唯一道路のない区間が、今回のお話のきっかけとなったダリエン地峡です。そんな前提で、国境の高い高い壁を乗り越えたお話を聞いてみてください。
第28回 WTN-Jお話会
『国境という壁』パナマーエクアドル、バイク通関で揉めた67日
●主催:WTN-J
●日時:2010年5月9日(日)、13:30開場ー14:00開演-16:30頃まで
●場所:目黒区民センター(目黒区目黒2-4-36)5階会議室JR目黒駅西口より権之助坂を下り目黒川沿い。徒歩10分
http://www.mapion.co.jp/m/35.63293544939798_139.71176891600086_8/q=目黒区民センター/
●参加費: 500円
●事前予約の必要はありませんので当日会場までお越しください。お話し会終了後、近くの居酒屋で坪井さんを囲んでの懇親会もあります。こちらもふるってご参加下さい(費用は参加費とは別)
【話し手から】
あまり知られてはいませんが、中米パナマと南米コロンビアを繋ぐ道は現在でもありません。2国間の国境付近にはダリエン地峡と呼ばれる深い密林が立ちふさがっているのです。
90年、パナマの米軍基地内にあるツーリングチームの事務所に居候していた私は、86年にこのジャングルを世界で初めてバイクで越えたという記録を見つけました。
しかしそれはバイクで越えたといいつつも、分解したバイクを現地人を雇ってかつがせて、コロンビアで再び組み立てた、という伝説めいた話で、どこまで本当かはかなり疑問でしたが。陸路のこだわりはあったものの、さすがにそのマネをする資金も度胸もない私は、バイクを空輸することにしました。それはそれで大変でした。
大問題だったのはカルネ(無関税通関書類)を持っていないことでした。
当時アメリカはカルネを発行しておらず、アラスカで購入した私のバイクもカルネを取得できていなかったのです。
そもそもカルネの意味すら理解していなかった私は、入国にカルネが必要だとされていた中米諸国もゴネて越え、南米もなんとかなる、と過信していました。
その無知さが、パナマで航空会社とのゴタゴタを招き、最後はエクアドルでの国外強制退去命令となってしまいました。
通関書類をめぐる67日間のできごとについて話します。
坪井伸吾
1985年から96年にかけてバイクで世界一周。92年にアマゾン川イカダ下り、2005年に北米大陸単独横断マラソン。著書に「アマゾン漂流日記、僕流その日暮らし」窓社。普段はWTN-Jの司会をしているメカ音痴ライダー。
■ 問い合わせ先 ■
**************************************************
ワールドツーリングネットワークジャパン(WTN-J)事務局
〒243-0213 神奈川県厚木市飯山4444-6
URL:http://www.wtn-j.com
e-mail:info@wtn-j.com
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お話会のご案内です。今回は、WTN-Jお話会では毎回司会役を務めている坪井さんに話してもらう事になりました。アマゾンをイカダで下ったり、北米大陸を単独マラソンで横断したりと、海外ツーリンの枠を超えた行動に目が行きがちですが、私はむしろ、お金が無くなっているのに旅を続け栄養失調になりかけたり、旅の途中のブラジルで突然21日間の断食に挑戦したりと、後先考えてずに行動するところに興味が湧きます。無茶苦茶な人だなぁと思われがちですが、むしろだからこそ、これまで他の人があまりやらないような旅を続けてこれたのだと思います。いろんな問題をどうやって乗り越えるかを学べるかもしれませんよ。
ところで、蛇足ですが、ダリエン地峡について、私は雑誌の切り抜きを持っています。それはアウトラーダー91年6月号に載っていたもので、1988年2月にノルウェー人ライダー”ヘルゲ・ピーダースン”がダリエン地峡をバイクで越えたという記事です。彼が越える前にバイクで越えたのは二人しかいないそうです。その記事でも、もうバイクで走るのではなく、ジャングルと沼を越えてバイクを運んだようなものでした。アラスカとアルゼンチンを結ぶパン・アメリカン・ハイウェイで唯一道路のない区間が、今回のお話のきっかけとなったダリエン地峡です。そんな前提で、国境の高い高い壁を乗り越えたお話を聞いてみてください。
第28回 WTN-Jお話会
『国境という壁』パナマーエクアドル、バイク通関で揉めた67日
●主催:WTN-J
●日時:2010年5月9日(日)、13:30開場ー14:00開演-16:30頃まで
●場所:目黒区民センター(目黒区目黒2-4-36)5階会議室JR目黒駅西口より権之助坂を下り目黒川沿い。徒歩10分
http://www.mapion.co.jp/m/35.63293544939798_139.71176891600086_8/q=目黒区民センター/
●参加費: 500円
●事前予約の必要はありませんので当日会場までお越しください。お話し会終了後、近くの居酒屋で坪井さんを囲んでの懇親会もあります。こちらもふるってご参加下さい(費用は参加費とは別)
【話し手から】
あまり知られてはいませんが、中米パナマと南米コロンビアを繋ぐ道は現在でもありません。2国間の国境付近にはダリエン地峡と呼ばれる深い密林が立ちふさがっているのです。
90年、パナマの米軍基地内にあるツーリングチームの事務所に居候していた私は、86年にこのジャングルを世界で初めてバイクで越えたという記録を見つけました。
しかしそれはバイクで越えたといいつつも、分解したバイクを現地人を雇ってかつがせて、コロンビアで再び組み立てた、という伝説めいた話で、どこまで本当かはかなり疑問でしたが。陸路のこだわりはあったものの、さすがにそのマネをする資金も度胸もない私は、バイクを空輸することにしました。それはそれで大変でした。
大問題だったのはカルネ(無関税通関書類)を持っていないことでした。
当時アメリカはカルネを発行しておらず、アラスカで購入した私のバイクもカルネを取得できていなかったのです。
そもそもカルネの意味すら理解していなかった私は、入国にカルネが必要だとされていた中米諸国もゴネて越え、南米もなんとかなる、と過信していました。
その無知さが、パナマで航空会社とのゴタゴタを招き、最後はエクアドルでの国外強制退去命令となってしまいました。
通関書類をめぐる67日間のできごとについて話します。
坪井伸吾
1985年から96年にかけてバイクで世界一周。92年にアマゾン川イカダ下り、2005年に北米大陸単独横断マラソン。著書に「アマゾン漂流日記、僕流その日暮らし」窓社。普段はWTN-Jの司会をしているメカ音痴ライダー。
■ 問い合わせ先 ■
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ワールドツーリングネットワークジャパン(WTN-J)事務局
〒243-0213 神奈川県厚木市飯山4444-6
URL:http://www.wtn-j.com
e-mail:info@wtn-j.com
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