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ジェシル、ボディガードになる 173

2021年07月21日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「……時間が過ぎたわね……」ミュウミュウはコックピットの壁掛け時計を見上げる。「みんな、おしまいね」
「まあ、そうだね」オーランド・ゼムは操縦席でうなずく。「星の様子でも見に戻ろうか?」
「爆発はしたんでしょ?」
「ああ、レーダーで確認は出来た。何しろ、この宇宙船は旧式だからね。モニター画面も近距離でなければ反応しない」
「わたしは、見たくないわ」ミュウミュウは言うと笑む。「だって、みんな吹っ飛んじゃって、何にも残っていないんでしょ? そんなのを見ても面白くないわ」
「ははは、相変わらず、怖い事を、そんなかわいい顔で言うんだねぇ、ミュウミュウは……」
「……それが良いんでしょ?」ミュウミュウは、艶っぽい視線をオーランド・ゼムに向け、手を伸ばす。「……ねぇ、ちょっと楽しみましょうよ……」
「おいおい、みんなが吹っ飛んだばかりだよ」
「だって、ジェシルのからだがばらばらになって転がっているかもって思うと、わくわくうずうずしてきちゃって……」
「困った娘だ……」オーランド・ゼムは自動操縦に切り替えると、ゆっくりと立ち上がった。優しい笑顔をミュウミュウに向ける。「……おいで……」
「うふふ……」ミュウミュウは熱を帯びた目をオーランド・ゼムに向けたまま歩み寄る。「……あなた……」
 ミュウミュウの足が止まった。ミュウミュウの熱を帯びた目が冷める。冷めた目はオーランド・ゼムの右手に釘付けになっている。オーランド・ゼムの右手には光線銃が握られていた。
「……何のつもり?」ミュウミュウが真顔になる。「冗談でも、許せないわよ……」
「冗談?」オーランド・ゼムは笑む。「冗談ではないよ、ミュウミュウ」
「どう言う事よ!」
「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ、ミュウミュウ」オーランド・ゼムは、左手の人差し指を自分の左耳に突っ込んだ。「……君は、出しゃばり過ぎたのさ」
「出しゃばり……?」
「そうだ。君は、わたしが君に好意を持っていると思い、かなり勝手に振る舞ってくれた」
「ちょっと、待ってよ!」
「……だから、声が大きいよ」
「あなたがそう思っているのなら、言ってくれれば良かったじゃない! そうすれば直したわ!」
「言わなければ気が付かないのでは、どうだろうな?」
「だって……」
「君が残忍である事は問題ではない。ジェシルを痛めつけるのを見せてもらったが、なかなか爽快だったよ」
「じゃあ、問題無いじゃない!」
「ハービィだ」オーランド・ゼムは銃を構え直す。「ハービィへの侮辱だよ。わたしの長年の友を、君は侮辱した」
「だって、あんな旧式アンドロイドなんか……」ミュウミュウは言う。「それは、ハービィがわたしの言う事を聞いてくれないし……」
「ジェシルが言っていただろう? 『オーランド・ゼムはハービィに接する時は紳士的だった』とね。だが、君は、ジェシル曰く『高圧的で感情的』だった」オーランド・ゼムは笑む。「ジェシルは見抜いていたんだよ。君はハービィに嫌われていたのだ」
「そんな……」
「それだけではない」オーランド・ゼムの顔から笑みが消えた。「君はハービィを通して、わたしをも馬鹿にしていた。旧式だ、ポンコツだとね」
「それは誤解よ!」ミュウミュウはさらに声を大きくする。「わたしはあなたを心から愛し、尊敬しているわ! ねぇ、信じてよう!」
「ほう、わたしを愛し、尊敬していると?」
「そうよ」ミュウミュウは頬笑む。オーランド・ゼムを見つめながら服のボタンを外し始める。「……ねぇ、ここで良いわ。いつものように、わたしを悦ばせて……」
「ははは、必死だねぇ。額に汗が浮いているよ」オーランド・ゼムは笑う。そして、銃を下げた。「その形振り構わぬところが、君のかわいい所でもある」
「そう?」ミュウミュウは、ほっとしたように笑み、両手を広げる。「……分かってくれたのね。嬉しいわ。……ねぇ、抱いて……」
「なあ、ミュウミュウ……」
「何かしら?」
「君は、わたしを愛し尊敬していると言ったな」
「ええ、もちろんだわ」
「愛と尊敬と言うものは、双方向で成り立っているものと思わないかね?」
「え? ちょっと難しくて分からないわ…… それよりも……」
「一方だけがそんな事を思っていても、何にもならないと言う事だよ」オーランド・ゼムは銃口をミュウミュウに向ける。「残念ながら、わたしには、君に対する愛も尊敬も、最早無いのだよ」
 オーランド・ゼムは引き金を引いた。
 光線がミュウミュウの腹を貫いた。
 ミュウミュウは驚いた顔をオーランド・ゼムに向けている。ふいに痛みが腹部に広がった。ミュウミュウは痛む腹を押さえる。生温かいものが手を包む。その手を、顔の前に持ってくる。両手に血がべっとりと付いていた。ミュウミュウは血に染まった両手をオーランド・ゼムに向ける。震えるからだでオーランド・ゼムへと歩む。オーランド・ゼムは銃を下ろし、歩み寄って来るミュウミュウを、無表情で見つめている。
 ミュウミュウは、その場に膝を突き、踵に自分の尻を乗せる格好で座り込んだ。傷口から流れる血で、床が染まって行く。その様をミュウミュウは呆然と見つめている。
「……わたし、死ぬの?」ミュウミュウは顔を上げ、力なく言う。やや虚ろになってきた視線をオーランド・ゼムに向ける。「……わたし、後継者じゃなかったの?」
「ははは、予定は変わるものさ、ミュウミュウ」オーランド・ゼムは笑う。「君は不合格になったのさ。残念だけどね……」
「そ、そんな……」
 ミュウミュウはつぶやくと、二、三度口を動かし、そのまま、項垂れた。ミュウミュウは目を開けたまま、絶命した。
「ふむ、死んだようだな」オーランド・ゼムはうなずく。「まあ、遅かれ早かれ、君はこうなる事になっていたのだよ。……君は、単なる、わたしの気晴らしだったのさ」
 オーランド・ゼムはミュウミュウを蹴った。ミュウミュウは、自分の流した血の中に横倒しになった。オーランド・ゼムは、汚い物を見た時のように、眉間に皺を寄せた。
「さあて、アジトまで飛んで、部下たちにムハンマイド君の武器の組み立てをやらせよう。それが終われば…… はははは!」
 オーランド・ゼムの笑いが、コックピットに響く。


つづく

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