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ジェシル、ボディガードになる 166

2021年07月14日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「おや、ハニー」ムハンマイドを肩に担いでいたハービィがジェシルの前に立つ。ぎぎぎと音を立てて少し前屈みになる。「何を口にくわえているのだ」
 ジェシルは「猿轡よ!」と声の限りに答えたが、出てきたのは呻り声だった。それを聞いたハービィは動かなくなった。ジェシルの呻り声を分析しているのだろう。
「ハニー、何を言っているのか分からない」しばらくしてからハービィは答え、ぐったりしているムハンマイドをジェシルの横に下ろした。「オーランド・ゼムがこうするようにと言ったのだよ、ハニー」
 ジェシルはムハンマイドを見て「ケガしているじゃないの! 手当をしなさいよ!」と声を荒げたのだが、やはり呻り声しか上げられない。ハービィは、分析のため、また動かなくなった。しばらくして、ぎぎぎと音を立てながら、ハービィは頭を左右に振った。
「ハニー、やっぱり何を言っているのか分からない」
「ははは、それは仕方がないよ、ハービィ」
 オーランド・ゼムがハービィの背後から話しかけた。ハービィは頭を真後ろに回して、笑顔のオーランド・ゼムを見た。
「仕方ないとは、どう言う事でありますですか」
「猿轡をされると喋れなくなるものなのだよ」オーランド・ゼムは言う。「そして、ジェシルに猿轡をしたのはミュウミュウなのだよ」
「猿轡でありますですか」ハービーは言うと、頭をジェシルに戻した。「猿轡は、ハニーの趣味なのか」
 ジェシルは全力で頭を左右に振る。
「ミュウミュウが猿轡をしたのには理由があるのさ……」オーランド・ゼムは言って、自分の後ろに立っていたミュウミュウを、ハービィに向かって押しやった。「ミュウミュウが理由を説明してくれるよ」
「ジェシルはねぇ……」ミュウミュウは言いながらジェシルを睨みつける。「口数が多くて、やかましいのよね。それに、わたしがいらいらするような事ばっかり言うし。だから、黙らせたかったのよね」
 ハービィはミュウミュウの言葉を背中で聞きながら、ジェシルの方へと近寄る。それから、音を立てながら片膝を突くと、ジェシルに向かって右手を伸ばした。ジェシルは「何をするつもりよう!」と抗議の声を上げたが、やはり呻り声になってしまった。ハービィは、顔を背けるジェシルの頬に親指と人差し指を伸ばす。そして、猿轡をその指先でつまんだ。
「ちょっと! ハービィ!」ミュウミュウが声を荒げる。「わたしの話を聞いているの?」
「聞こえている」ハービィは答える。「でも、聞いてはいない」
 そう言うと、ハービィはジェシルの猿轡を引き千切った。
「きゃっ!」ジェシルは悲鳴を上げた。「痛いじゃないのよ! もっと優しく丁寧に出来ないの、ハービィ!」
「でも、ハニー」ハービィは手にした猿轡を地面に捨てた。「優しく丁寧にしていたら、それは外せない」
「……まあ、それはそうね」ジェシルは思い直したように言うと、ハービィに笑顔を向ける。「ありがとうね、ハービィ。おかげで喋れるようになったわ」
「何よ! どうして猿轡を取っちゃったのよ!」ミュウミュウは怒鳴った。「ハービィ! 答えなさい!」
 ハービィは頭を真後ろに回し、ミュウミュウを見た。
「猿轡はハニーの趣味ではなかった。オーランド・ゼムのしたものでもなかった」ハービィは答える。「だから、引き千切った」
「どうして、わたしの言う事を聞かないのよ?」ミュウミュウはむっとしたままの顔をオーランド・ゼムに向ける。「あなた! 何とかしてよ! わたしの言う事を聞くようにしてよ! それが出来ないようなら破壊しちゃってよ!」
「何を勝手な事を言っているのよ!」ジェシルはミュウミュウに食ってかかる。「ハービィは、オーランド・ゼムの命令があったって、あなたの言う事なんか聞かないわ! ハービィは正直者なのよ? あなたみたいな悪人の言う事を聞くなんて有り得ないわ!」
「あなたって忘れん坊さんなの?」ミュウミュウは、ジェシルを小馬鹿にしたように笑う。「ハービィの主人はオーランド・ゼムよ? シンジケートの大ボス中の大ボス、言ってみれば悪の塊、悪の総本山、悪の権化だわ(「おいおい、それは言い過ぎだよ」と、オーランド・ゼムが苦笑する)! その言う事が聞けて、どうしてわたしの言う事が聞けないって言うのよ!」
「オーランド・ゼムはハービィに接する時は紳士的だったわ。あなたみたいに高圧的で感情的じゃないわ。それに、一番の原因は……」今度はジェシルがミュウミュウを小馬鹿にして笑う。「あなたがハービィに嫌われているからよ!」
 そう言い放つとジェシルは声高に笑った。ミュウミュウは悔しそうな顔をしてジェシルに突進した。しかし、ハービィがジェシルの前で立ち塞がっている。
「ハービィ! 退きなさいよ!」ミュウミュウがハービィを押すが、当然、びくともしない。「その女の顔、真っ赤に腫れ上がるまで殴ってやるんだから!」
 ハービィは動かない。ジェシルはハービィの陰から顔を覗かせて、べえと舌を出して見せた。
「ねえ、あなた!」ミュウミュウはオーランド・ゼムに振り返る。「ハービィに、退くように言ってよ!」
「……ミュウミュウ」オーランド・ゼムは苦笑する。「もう良いだろう、遊びはここまでだ」
「でも、このままじゃ……」
「宇宙船の修理も終わった。ここを離れよう」オーランド・ゼムは真顔になった。「ムハンマイド君の武器の組み立てもしなくてはならないし、組み立て終わったら、それを使って対立するシンジケートを一掃しなければならない。……そして、宇宙パトロール本部もね」
「ちょっと! ふざけた事を言わないでよ!」ジェシルはオーランド・ゼムに食ってかかる。「シンジケート同士は勝手に潰し合えば良いけど、本部は許さないわよ!」
「ふむ……」オーランド・ゼムは腕組みをする。「ハービィ、ジェシルの前から退くのだ」
 ハービィはジェシルの前から退いた。ジェシルはオーランド・ゼムを睨み付けている。ミュウミュウが右手に握り拳を作り、ジェシルの飛び掛かろうとした。その腕をオーランド・ゼムが抑えた。
「何よ? わたしのためにハービィを退かせてくれたんでしょ?」
「いや、そうじゃないよ」オーランド・ゼムはミュウミュウに優しく笑む。「ジェシルの別れを言うためさ」
 オーランド・ゼムは、ミュウミュウに向けた笑みを、ジェシルにも向ける。


つづく

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