太田市長とれたて日記

清水まさよしが太田の元気をお届けします

行幸啓

2008年04月07日 | Weblog

天皇・皇后両陛下を前にしてお話をするということは、たとえ5分間といえども緊張するものだ。いつもなら、1時間半が与えられて講演など平気でやってきた。なのに、久方の緊張であった。「多文化共生の取り組み」がテーマであった。

 

大泉町でのお出迎えであった。
雨が心配されていたが、雨も両陛下の到着を待っていてくれた。
大泉町役場の駐車場には大勢の町民たちが国旗を片手に、今か今かと首を長くして待っていた。様子からして8時頃から来られた方もいたのではないか。私が役場に着いたのは50分前、両陛下の行幸啓の予定は11時25分であった。
時間通りご到着になった。
お出迎えは盛大だった。「皇后様・・・」歓声があがった。
手を上げて町民に応えるお姿は気品があふれていた。やさしいお顔はテレビなどで見てきたままであった。
玄関で知事などといっしょにお出迎えした。長谷川町長の先導で庁舎内に入っていかれた。
このときから沢野中央小学校でお見送りするまで6時間ごいっしょすることになった。言葉を交わすことも多く、緊張から次第に自然体になっていくことを感じた。

 

ご休憩の後、「多文化共生」のことについて5分程度のお話をさせていただいた。
太田市を紹介するのに2つのことを取り上げた。
ひとつは「シバザクラ100万株」の北部運動公園のことだ。
それは市民がボランティア活動のひとつとして参加してくれてできた公園である。市民が述べ1万人参加してシバザクラを植えてくれた。
「協働と参画」によって全国緑化祭の会場づくりができたのである。昨日の日曜日には約1万6千人の来場者を数えた。今年度はエコパークとして公園強化する。
二つには環境である。
世界一の太陽光発電団地があることは洞爺湖サミットの後押しになると思っている。企業がCO2の売り買いするようだが、地方自治体にだってその気さえあればできる。それぞれのまちの特色を生かして、環境を実践することが大切だということ。
幸いにして、太田は日照時間の最も長いエリアである。
553戸が太陽光で発電して生活している。これが世界一だ。

 

お話させていただいた内容はおおよそ次のとおりである。
外国人との共生、なかでもブラジル人の労働力が日本の工業にとって重要な役割を担っている。働きやすい環境をつくるのは行政であり市民ボランティアである。
太田市は全国でもめずらしい「土日開庁」を行っている。2人の相談員がいる。共働きしているからどうしても土日の相談が多い。
日本語ができないと働くのに差支えがある。「あゆみの会」の40名が日本語教室を開いてくれている。周辺のまちからも日本語を学ぶために太田にやってくる。
ボランティアの力が彼らの生活の礎をつくってくれている。

働くということと同様に、子どもたちのことは日本人以上に彼らは関心を持つ。単身赴任はごく限られた人たちで、必ず子どもたちといっしょに来日するから。
「教育」は彼らにとっても最大課題である。
太田市の外国人教育をテーマに時間を割いた。皇后陛下はこのことに強い興味をいだいていただけたようである。

大泉から太田市役所まで沿道には大勢の市民が集まっていた。
「市長、1万人は出ました」という報告である。
昼食の着座の場所は皇后陛下の隣であった。昼食、懇談で50分の時間が用意されていた。
昼食の部屋は議会全員協議会室を使った。入ってすぐの右側と左奥に今満開の桜が植え込まれていた。テーブルの中央には繭玉の花のコサージュが飾られていた。
花でいっぱいの昼食会場であった。
皇后陛下から「外国人の医療、保険」そして外国人集住都市会議のことなどを触れられた。本当によく勉強なさっている様子をしることができた。教育のことには、その重要性などお考えを述べられた。
ブラジル大使も招かれていて、ブラジルのことなど話題になさっていた。天皇陛下もブラジルにはお詳しく、地名、出会われた方の名前まで話題にされていた。
あっという間の50分であった。
食事はとてもおいしく調理されていて、両陛下とも残さず食べられたようだ。

 

沢野中央小でお出迎えした。3度目であるし、ほとんど緊張は解けていた。
ブラジルから先生を採用した。市の単独事業でブラジルから先生を雇用していることなどお話していた。どんな教育をしているのか楽しみにしてくれたと思う。
子どもたちの勉強振りをご覧になり、子どもたちに声をかけられていた。
8人のバイリンガル教師と指導助手6人に「ごくろうさま」と、一人一人激励されていた。とてもあたたかな風景を見ることができた。
日本国はブラジル人たちの教育には無頓着である。ただ教師の加配をすれば、それで事が済むと思っている。それだけでは子どもたちの力は十分に伸びない。ポルトガル語で教育すればもっと理解力が増すのに、と思う。高校への進学率は80%を超えた。
両陛下が沢野中央小で少人数学級の授業を見てくれ、外国人教育のあり方のひとつの例として太田市のことを記憶に残してくれたら。と願っている。

 

沢野中央小で最後のお見送りである。
雨が小降りになった。
傘をさしながらのお見送りが失礼ではないかと思ったが、私たちが傘をささないと両陛下も傘をささないという。人間天皇である。
傘を片手に車のそばで「おつかれさまでした」とお礼を言った。
「清水さん、これからもよろしくお願いします」
帰り際、お言葉をいただいた。
名前を添えていただき、つい、気が緩んだ。思わず手をのばしてしまった。握手を求めた形になった。両陛下はやさしく手を握ってくれた。思わず頭が下がった。
お見送りした後、汗顔であった。
「最後に、たいへん失礼なことをしてしまった」
猛反省している。

 

6時間の行幸啓であったが、一生記憶に残ることになろう。
ありがたい1日であった。


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