市民大学院ブログ

京都大学名誉教授池上惇が代表となって、地域の固有価値を発見し、交流する場である市民大学院の活動を発信していきます。

智恵のクロスロード第58回「杜祖健博士講演会ご案内」中谷武雄

2017-02-28 22:00:20 | 市民大学院全般
杜祖健博士講演会ご案内   中谷武雄


 杜祖健博士がこの春に来日されます。京都においでになる機会をいただいて、以下のように、杜祖健博士講演会を開催させていただくことになりました。

 国際文化政策研究教育学会では、一昨年の夏にも、榕樹会と共同して、杜祖健博士の講演会を、楽友会館を会場に開催いたしました。パワーポイントを利用して、サリン事件関係のお話を分かりやすく、その社会的な背景も含めて、また私たちが引き継がなければならない教訓や課題についても説明していただきました。今回も、医の倫理という観点から、また春の入学シーズン、新学期の開始という時期を得て、(大学で)学ぶ意義、目的とその方法、人生にとっての教養の意味などについてもお話ししていただく予定です。

 杜祖健博士は、ウィキペディアでは、「杜祖健(と そけん、英語名Anthony T.Tu、アンソニー・ツ、1930年 - )はアメリカの化学者。コロラド州立大学名誉教授、千葉科学大学教授。毒性学および生物兵器・化学兵器の専門家として知られ、松本サリン事件解明のきっかけを作った。趣味はピアノ演奏。流暢な日本語を話す。」と紹介されています。

 以下が略歴です。1930年に台北市で、薬理学者杜聡明氏の三男として生まれました。

 台北市樺山小学校、台北一中を経て、1953年に台湾大学理学部を卒業し、アメリカに渡り、ノートルダム大学、スタンフォード大学、エール大学で化学と生化学を研修しました。

 専門はヘビ毒に関する毒物研究でした。ユタ州立大学で教職を得、1967年コロラド州立大学に移籍(1998年に名誉教授となりました)。

 1957年に日系アメリカ人女性と結婚しました。
 1992年、天然毒素専門の出版社「Alaken, Inc」を設立しました。
 2004年、千葉科学大学に創設された危機管理学部の教授に就任。
 2009年に旭日中綬章受章しています。順天堂大学の客員教授も務めています。
 
 オウム真理教による一連のサリン事件で、日本の警察当局にサリンの分析方法を指導するなど活躍しています。
 日米平和・文化交流協会理事でもあります。

 榕樹とは、ガジュマルの漢語で、台湾や沖縄に分布・自生する常緑高木です。榕樹会は会報『榕樹文化 』を発行し、その事務局長は、市民大学院で「ラスキン学」を講義していただいている内藤史朗先生です。

 榕樹会と共同で、杜祖健博士講演会を開催する運びとなりました。国際文化政策研究教育学会や市民大学院の皆さんが振るって参加していただきますようにご案内します。


 杜 祖健博士(Dr. Anthony T. Tu) 講演会  開催のご案内

 日時  4月13日(木) 14:00-16:45 (開場は13:30)

 会場  京都大学楽友会館 二階講演室  (http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/rakuyu/)
  〒606-8501 京都市左京区吉田二本松町   電話: 075-753-7603
  市バス 「近衛通(このえどおり)」下車   (東山通、31,201,206系統)

 主催  国際文化政策研究教育学会・榕樹会

 演題  生物化学兵器による暗殺や毒殺   (日本語でご講演いただきます)

 講師紹介 

 アメリカ・コロラド州立大学名誉教授。
 化学、生化学の研究(スタンフォード大学 Ph.D)から、毒性学(へび毒)および生物兵器・化学兵器の研究で国際的に知られている。松本サリン事件の解明に資料を提供し貢献した。
 1930年に台北市で生まれる(薬理学者杜聡明氏の三男)。
 1953年に台湾大学理学部を卒業後、アメリカに渡り、ノートルダム大学、スタンフォード大学、エール大学で化学と生化学を研修した(英語名 Dr. Anthony T. Tu)。
 1967年コロラド州立大学教授(1998年に名誉教授となる)。
 2004年、千葉科学大学に創設された危機管理学部の教授に就任。順天堂大学の客員教授も務める。2009年旭日中綬章受章。日米平和・文化交流協会理事。
 
 主要著作:『毒蛇の博物誌』(講談社、1984年)、『中毒学概論:毒の科学』(薬業時報社、1999年)、『化学・生物兵器概論』(薬業時報社、2001年)、『事件からみた毒:トリカブトからサリンまで』(化学同人、2001年)、『生物兵器、テロとその対処法』(薬業時報社、2002年)、『サリン事件の真実』(新風舎文庫、2005年)、『サリン事件 科学者の目でテロの真相に迫る』(東京化学同人、2014年)、ほか。

 ☆ 講演会終了後、懇親会を、楽友会館一階食堂でおこないます(17:00~)。
    杜祖健博士歓迎会 参加費は5000円です。
    参加希望者はあらかじめご連絡、ご送金いただければ幸いです。

 ・国際文化政策研究教育学会 (http://bunkaseisaku.jp/)
  600-8433 京都市下京区高辻通室町西入繁昌町290 (旧成徳中学校2F) 
  市民大学院(文化政策・まちづくり大学校)内     info@bunkaseisaku.jp
  郵便局払込口座番号 00970-3- 288763
 ・榕樹会 uik16294@nifty.com
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智恵のクロスロード第57回「リトアニア共和国大使館セミナー開催について」近藤太一

2017-02-17 07:55:57 | 市民大学院全般
 今回、リトアニア駐日メイルーナス大使閣下のご厚意で、リトアニア大使館セミナーを開催いたします。リトアニアは、バルト東欧3か国(エストニア・ラトビア・リトアニア)の内の一つです。リトアニアと日本の関係は、最近では、リトアニア共和国からの対日輸出額がアジアでトップになった程日本の要求に答えていることであります。

 また、第二次世界大戦中、リトアニア カナウス領事館に赴任した杉原千畝領事代理は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民達の窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くがユダヤ系デアッタ。「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがある。

 今回、リトアニア大使館セミナーのあと、麻布台にある外務省外交史料館で史料館専門官から杉原千畝の当時の状況を聞いていただきます。

 リトアニア大使館セミナー

1.期日      2017年3月16日(木)10:30東京地下鉄日比谷線
          広尾駅六本木より出口(3番)出たところ(B1階)

2.日程      広尾駅・・・徒歩・・・元麻布3丁目リトアニア駐日大使館
          メイル―ナス駐日特命全権大使閣下挨拶・同国についての参事官
          の解説。シェフのリトアニア共和国のブッフエ料理の午餐会、
          歓談、質疑応答、14:00退出・・・・麻布十番を経て外務省
          飯倉公館外務省外交史料館で専門官から杉浦千畝についての解説
          15:00頃終了現地で解散。徒歩10分で日比谷線神谷町駅。

3.費用      お一人 @15,000円

4.申込先     クラブツーリズム㈱ 03-5323-5566

5.当日ご案内役  近藤太一

              大阪近鉄阿部野百貨店文化サロン講師 近藤 太一
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智恵のクロスロード第56回「翻訳書籍『老年的超越~歳を重ねる幸福感の世界』の紹介」 冨澤公子

2017-01-31 17:33:32 | 市民大学院全般
 本書は、スウェーデンの老年社会学者のラーシュ・トーンスタム博士(Lars Tornstam:Gerotranscendence; A developmental theory of positive aging(2005; Springer, New York) の全訳で、原著のタイトルは「老年的超越;:ポジティブな加齢の発達的理論」です。タイトルの「老年的超越」という用語は、著者がGeron(ギリシャ語の老人)とTranscendence(英語の超越)から命名した合成語です。

 著者は、従来の老年学にはなかった高齢者の加齢に伴う精神的・肉体的変化を衰退ではなく、高齢期の積極的な発達として注目し、高齢期には中年期とは異なる価値観の変容や世界観の形成があり、これらは通常は生活満足感を伴うポジティブな現象であることを論じています。いわゆる「老いの成熟」の多様な側面に注目し、理論化し、科学的にも明らかにしたものです。

 今日の老いは、身体機能の低下の側面からネガティブに捉えられる傾向にありますが、現実にも大衆長寿の時代を迎え、非常に元気な超高齢者/百寿者が増加しています。老年的超越理論は、長い人生の過程で形成された経験や叡智、スピリチュアリティなどの潜在能力を発揮し、老いに適応している人々に光を当てた、老いの幸福感を紐解く理論といえます。

 加えて、これまでの活動することに価値をおく「活動理論」からは、活動よりも一人を好む傾向の人は社会的な引き込もりとされ否定的にとらえられていましたが、高齢者のなかには積極的に孤独を好む傾向があることなど、高齢期のライフスタイルは一様には理解できず、多様な価値観や世界観を保持している傾向も明らかにされ、加齢とともに幸福感が高まることも科学的に実証されています

 また、この理論をスウェーデンの老人施設で実証した結果も紹介され、この理論を理解したケア従事者が新たな視点から高齢者を理解し、ケアにおいても変化したこと、自身の老いについてもポジティブに見られるようになったことなど、興味深い変化も紹介されていますので、ケア従事者にも読んでいただきたい1冊です。

 さらに、スウェーデンやデンマークの高齢者のインタビューからは、歳を重ねて豊かな精神世界に到達された人々の輝くような会話が随所に散りばめられていますので、読者は、同感し、共感される部分が多いと思います。

 読後はこの本をきっかけに、是非、多くの方と加齢についての思いやお気持ちを話し合っていただいて、老いを重ねることも良いものだということを、改めて感じられるのではないでしょうか。

 [ラーシュ・トーンスタム著 冨澤公子・タカハシマサミ訳]
        晃洋書房 2800円(2018年1月30日発売)
 

文責:冨澤 公子(立命館大学産業社会学部 非常勤講師)
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智恵のクロスロード第55回「“産業革命の勃興”は世界大戦を促す」近藤太一

2017-01-12 09:14:03 | 市民大学院全般
 イギリスから世界への船舶による侵略は、産業革命を大いに進展させた。それ以前は、イスパニア、ポルトガルであったが、イギリス、フランス、オランダ、ドイツは、世界各地に植民地を作り、人流・物流を拡大し、支配権を確立した。
 その一つが第一次世界大戦である。サラエボでオーストリア・ハンガリー帝国皇太子殿下夫妻が暗殺された事件が引き金になったとされている。しかし、その根幹の要因のひとつはヨーロッパで起こった産業革命である。大量生産・大量消費が幕開けした結果、生産過剰状態に陥り、ヨーロッパ諸国は20年に及ぶ不況の時代に突入した。その産業革命を皮切りに、各国は「富」を求めて製品の輸出先となる外交上の連携を強めていく。その一角がドイツを中心とした三国同盟(ドイツ・オーストラリア・イタリア)だ。これに対抗してフランス・ロシア・イギリスが露仏同盟。英仏協商・英露協商を相互に結んで三国協商として対抗したのがその始まりである。1914年、第一次世界大戦が勃発すると、日本も日英同盟でイギリスから参戦を要請され、協商側の連合国として参加した。この両者が富の独占を画策していく中で、2000万人もの死者を出す戦争が勃発したのである。
 また第二次大戦では、ドイツ軍がポーランドに侵攻したことでイギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まったとされる。しかし、その発端は、1918年11月に終結した第一次世界大戦の講和条約が伏線となっている。連合国とドイツの講和条約であるヴェルサイユ条約では、ドイツの鉄鉱石の90%を産出していたアルザス・ロレーヌ地方をフランスに割譲され、石炭と工業地帯の中心地ザール地方が国際連盟の管理下におかれるなど、ドイツは本土の13%を失った。更に、海外の植民地も全て奪われ、返済できる見込みのないほどの途方もない額の賠償金まで課せられたのである。その結果、第一次世界大戦が終わったわずか4年でドイツはモノ不足に陥り、世界中で5,000万人に及ぶ死者が出る戦争へと突入していくこととなった。日本も三国枢軸国同盟で第二次世界大戦に突入。そして日本敗戦の日を迎えた。
 それ以後、米ソ冷戦、世界各地域紛争を経て、21世紀初頭から2017年、中東難民が膨大に膨らんだ。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の発表によると、2014年末の時点で、世界中で5,950万人が、難民として、国内避難民などとして故郷を追われ、強制的に移動しなければならない状況に置かれている。日本人口の約半分である。このシリアや中東難民を受け入れている最大国は、トルコである。以下パキスタン、イラン、エチオピア諸国と続いている。このように、今の中東の難民問題を第一次世界大戦➡第二次世界大戦の線上に組み込めば、より深い洞察になるのではないだろうか。

             ハルカス近鉄阿倍野百貨店文化サロン講師 近藤太一
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智恵のクロスロード第54回「ロシア連邦大使館セミナー」近藤太一

2016-12-26 19:13:26 | 市民大学院全般
 去る2016年12月21日(水)東京都港区麻布台にある駐日ロシア連邦大使館で、ロシアセミナーを関係者のご賛同を得て催行した。この港区内の土地は、高低差が大きく、標高差27メートルもある。
 ちなみに、最初は、東京地下鉄銀座線虎ノ門駅に集合、東京都23区内で標高27メートルの最高峰愛宕山に徒歩で上り詰めた。愛宕山、愛宕神社、NHK放送博物館の見学である。ここは、又勝海舟は西郷隆盛を江戸俯瞰の為、案内し、西郷に安堵感をもさせたところでもある。愛宕山から徒歩15分でロシア大使館到着である。丁度12月であり、ロシア大使館館内1~2階ともにクリスマスツリーが飾られている。ロシア連邦は、ロシア正教会の組織を国と一体で保持されている。
 駐日特命全権大使E・V・アファシエフ閣下はご挨拶され、2016年12月15日~16日
のプーチン大統領来日の際の優遇に対しお礼の言葉をいただいた。次に、文化担当ロシア連邦交流庁日本代表のヴィノグラドフ・コンスタンチン氏より「現在のロシアについて」の概要のお話しがあった。ここでは、日本との大きな違いは、税金の納付が、村と村の存在が、極端に離れているため、確認行為に非常に時間がかかる。日本は幸せだ!という解説を上手く表現されていた。また、日本との日露和親条約、日露修好条約締結、領土問題で、1854年プチャーチン提督は、下田へ来航したが、安政・東海大地震が発生、マグニチュード8.4の地震となり、全国の死者は、2~3千名と言われている。乗船したディアナ号には約500名の乗組員がおり、ロシア医師を陸上に派遣し、下田の人々を救助や医療を行っている。そして大破損したディアナ号修理のため、戸田に回航したが、現在の富士市沖で沈没した。しかし、日露和親条約・後日日露修好条約を締結し、ロシアとイギリス・フランスはクリミア戦争中の為、伊豆半島中部西海岸「戸田」で日露共同で、初の洋式木造船建造が3か月の突貫工事で行われた。プチャーチンは、船名を「戸田号」と命名した。この時に学んだ日本の船大工は、近代造船技術を修得し、その後の日本の造船技術の根底となった。船大工は、戸田村だけでなく、江戸石川島を始め、各地で、この技術が踏襲された。君沢型と戸田が君沢郡に属していた関係で命名され、今日の日本造船に結び付いている。プチャーチンは、遺言で戸田村に百ル―ブル(正確には換算できないが、当時の数百円、現在の感覚では週百万円)を寄贈した。また、後日、明治14年(1881)日本政府から勲一等旭日章が贈られた。プーチン大統領の来日で、その記念としてロシアセミナーを開催したが、外交経過は、時代と共に変化する。プチャーチン(1803~1883)は、話し合いと人間性を重視した先人である。

              阿倍野近鉄百貨店 文化サロン講師 近藤 太一
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