市民大学院ブログ

京都大学名誉教授池上惇が代表となって、地域の固有価値を発見し、交流する場である市民大学院の活動を発信していきます。

智恵のクロスロード第55回「“産業革命の勃興”は世界大戦を促す」近藤太一

2017-01-12 09:14:03 | 市民大学院全般
 イギリスから世界への船舶による侵略は、産業革命を大いに進展させた。それ以前は、イスパニア、ポルトガルであったが、イギリス、フランス、オランダ、ドイツは、世界各地に植民地を作り、人流・物流を拡大し、支配権を確立した。
 その一つが第一次世界大戦である。サラエボでオーストリア・ハンガリー帝国皇太子殿下夫妻が暗殺された事件が引き金になったとされている。しかし、その根幹の要因のひとつはヨーロッパで起こった産業革命である。大量生産・大量消費が幕開けした結果、生産過剰状態に陥り、ヨーロッパ諸国は20年に及ぶ不況の時代に突入した。その産業革命を皮切りに、各国は「富」を求めて製品の輸出先となる外交上の連携を強めていく。その一角がドイツを中心とした三国同盟(ドイツ・オーストラリア・イタリア)だ。これに対抗してフランス・ロシア・イギリスが露仏同盟。英仏協商・英露協商を相互に結んで三国協商として対抗したのがその始まりである。1914年、第一次世界大戦が勃発すると、日本も日英同盟でイギリスから参戦を要請され、協商側の連合国として参加した。この両者が富の独占を画策していく中で、2000万人もの死者を出す戦争が勃発したのである。
 また第二次大戦では、ドイツ軍がポーランドに侵攻したことでイギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まったとされる。しかし、その発端は、1918年11月に終結した第一次世界大戦の講和条約が伏線となっている。連合国とドイツの講和条約であるヴェルサイユ条約では、ドイツの鉄鉱石の90%を産出していたアルザス・ロレーヌ地方をフランスに割譲され、石炭と工業地帯の中心地ザール地方が国際連盟の管理下におかれるなど、ドイツは本土の13%を失った。更に、海外の植民地も全て奪われ、返済できる見込みのないほどの途方もない額の賠償金まで課せられたのである。その結果、第一次世界大戦が終わったわずか4年でドイツはモノ不足に陥り、世界中で5,000万人に及ぶ死者が出る戦争へと突入していくこととなった。日本も三国枢軸国同盟で第二次世界大戦に突入。そして日本敗戦の日を迎えた。
 それ以後、米ソ冷戦、世界各地域紛争を経て、21世紀初頭から2017年、中東難民が膨大に膨らんだ。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の発表によると、2014年末の時点で、世界中で5,950万人が、難民として、国内避難民などとして故郷を追われ、強制的に移動しなければならない状況に置かれている。日本人口の約半分である。このシリアや中東難民を受け入れている最大国は、トルコである。以下パキスタン、イラン、エチオピア諸国と続いている。このように、今の中東の難民問題を第一次世界大戦➡第二次世界大戦の線上に組み込めば、より深い洞察になるのではないだろうか。

             ハルカス近鉄阿倍野百貨店文化サロン講師 近藤太一
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智恵のクロスロード第54回「ロシア連邦大使館セミナー」近藤太一

2016-12-26 19:13:26 | 市民大学院全般
 去る2016年12月21日(水)東京都港区麻布台にある駐日ロシア連邦大使館で、ロシアセミナーを関係者のご賛同を得て催行した。この港区内の土地は、高低差が大きく、標高差27メートルもある。
 ちなみに、最初は、東京地下鉄銀座線虎ノ門駅に集合、東京都23区内で標高27メートルの最高峰愛宕山に徒歩で上り詰めた。愛宕山、愛宕神社、NHK放送博物館の見学である。ここは、又勝海舟は西郷隆盛を江戸俯瞰の為、案内し、西郷に安堵感をもさせたところでもある。愛宕山から徒歩15分でロシア大使館到着である。丁度12月であり、ロシア大使館館内1~2階ともにクリスマスツリーが飾られている。ロシア連邦は、ロシア正教会の組織を国と一体で保持されている。
 駐日特命全権大使E・V・アファシエフ閣下はご挨拶され、2016年12月15日~16日
のプーチン大統領来日の際の優遇に対しお礼の言葉をいただいた。次に、文化担当ロシア連邦交流庁日本代表のヴィノグラドフ・コンスタンチン氏より「現在のロシアについて」の概要のお話しがあった。ここでは、日本との大きな違いは、税金の納付が、村と村の存在が、極端に離れているため、確認行為に非常に時間がかかる。日本は幸せだ!という解説を上手く表現されていた。また、日本との日露和親条約、日露修好条約締結、領土問題で、1854年プチャーチン提督は、下田へ来航したが、安政・東海大地震が発生、マグニチュード8.4の地震となり、全国の死者は、2~3千名と言われている。乗船したディアナ号には約500名の乗組員がおり、ロシア医師を陸上に派遣し、下田の人々を救助や医療を行っている。そして大破損したディアナ号修理のため、戸田に回航したが、現在の富士市沖で沈没した。しかし、日露和親条約・後日日露修好条約を締結し、ロシアとイギリス・フランスはクリミア戦争中の為、伊豆半島中部西海岸「戸田」で日露共同で、初の洋式木造船建造が3か月の突貫工事で行われた。プチャーチンは、船名を「戸田号」と命名した。この時に学んだ日本の船大工は、近代造船技術を修得し、その後の日本の造船技術の根底となった。船大工は、戸田村だけでなく、江戸石川島を始め、各地で、この技術が踏襲された。君沢型と戸田が君沢郡に属していた関係で命名され、今日の日本造船に結び付いている。プチャーチンは、遺言で戸田村に百ル―ブル(正確には換算できないが、当時の数百円、現在の感覚では週百万円)を寄贈した。また、後日、明治14年(1881)日本政府から勲一等旭日章が贈られた。プーチン大統領の来日で、その記念としてロシアセミナーを開催したが、外交経過は、時代と共に変化する。プチャーチン(1803~1883)は、話し合いと人間性を重視した先人である。

              阿倍野近鉄百貨店 文化サロン講師 近藤 太一
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智恵のクロスロード第53回「倉吉の魅力『はこた人形・ウイスキー倉吉・くらしよし』」近藤太一

2016-11-25 15:38:00 | 市民大学院全般
 倉吉市は、2016年10月21日鳥取県中部地震で大きな被害をうけた。倉吉市の観光名所「白壁土蔵群」も無残な姿を見せていた。しかし、この白壁土蔵群の一隅で、「はこた人形」が清楚なそして上品な人形として創作されている。
 最初に、「はこた人形」は、赤い着物をまとった少女の立ち姿を示す張り子で、郷土玩具愛好者で、数ある張り子人形の中でも格別のかわいらしさを感ずるという。
 創始は江戸中期天明年間(1781~89年)、備後の国から行商に来た備後屋治兵衛が倉吉のつつましやかな娘に惹(ひ)かれ、これを人形にしたと言い伝えられている。桐の木型に和紙を張り重ね、張り子を型から抜き取り、胡粉で下地を塗り、染料や日本絵具で彩色し、ニカワでツヤ出しした張り子である。「はこた」は、「這(は)う子」から転化した名前で、日本古来の信仰人形「這子(ホウコ)が起源と考えられている。
 倉吉では、「は~こさん」の愛称で親しまれ、古くは子供の遊び相手であり、持ち主の災厄を肩代わりしてくれるお守りでもあった。この白壁土蔵群の一角で製作(はこた人形工房)されている。
 二番目に倉吉という名称のスコットランドのモルトと国内で蒸留された原酒とヴァッティングし、大山山系の伏流水で仕上げたウイスキーを倉吉市のメーカー(松井酒造合名会社)が売り出している。18年ピュアモルトウイスキー倉吉は、ある洋酒専門店でも海外で駐在した人には、人気があるという。大型総合電気店の酒類コーナーでも販売している。
 三番目には、三朝温泉があり、三徳山三仏寺と国宝投げ入れ堂がある。三徳山は、慶雲3年(706)修験道の創始者役(えん)の行者(ぎょうじゃ)によって開かれ、嘉祥2年(849)慈覚大師が講堂を建て、阿弥陀・釈迦・大日の3仏を安置したことから三仏寺の名が起こったと伝える。昔は、鉱山のあったところで、山の上にも足場と宿泊場所そして祈念する寺院を作った。投げ入れ堂の本尊蔵王権現像は、躍動感に溢れ、実に上手(うま)く激しい憤怒の様相を示している。
 倉吉市内の打吹山(うつぶきやま)は、204mの山で、天女伝説のある山で残された天女の子供が、この山の頂で太鼓や笛をふいて天に帰った母親を想い偲んだと伝えられている。裾野には重要伝統的建造物群保存地区の打吹玉川がある。
 4番目に、この地方の古老は、生活が暮らしやすいところから「くらしよし」が「くらよし」になり、漢字は、倉吉になったという。
 自宅では、このブランド名「倉吉」のウィスキーとその横に「はこた人形」を置き、風呂を三朝温泉と想えば、山陰文化の一端に浸れるかもしれない。
               ハルカス阿倍野近鉄百貨店文化サロン講師 近藤太一
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智恵のクロスロード第52回「ロシア大使館セミナー (期日2016年12月21日(水))の開催について」近藤太一

2016-11-10 19:18:24 | 市民大学院全般
 本年は、12月にロシアプーチン大統領の来日が予定されています。ロシア国と日本の外交史を紐解くいい機会として、今回ロシア大使館セミナーを催行いたします。
 今まで、50ヶ国駐日大使館や大使閣下公邸で、駐日特命全権大使・同令夫人のお話しを聴かせていただき、その国の少しでも深い理解の機会を設けております。歓談は、大使館専属のシェフが担当したお料理を召し上がっていただきます。また、今回だけは日本国内のインターナショナル学校へ通学されている学生さんにロシア民謡も歌唱していただき、音楽からの理解も深めていただきます。
 尚、終了後ロシア大使館のある麻布台には外務省飯倉公館があり、その付属館として外務省資料館別館もあり、その展示物を外務省専門員に解説していただきます。当日展示
されている日本・ロシア1875年(明治8年)、サンクトペテルブルグで樺太・千島交換条約のコピーの展示について解説をいただきます。この時の駐ロシア日本公使は、陸軍中将として赴任した榎本武揚が調印しました。第二次世界大戦後1951年(昭和26年)吉田茂首相は、アメリカを中心とした西側陣営諸国との「単独講和」を決断し、サンフランシスコ講和会議に参加。ソ連代表はサンフランシスコ講和会議に出席しましたが、ポーランド・チェコスロバキア・ソ連の3国は、共に日本国との平和条約(対日講和条約)への調印を拒否しました。このような歴史を背景に現在の概況も加え、解説していただきます。当日の催行(集金や集合・解散)は、クラブツ-リズム(03-5323-5566、費用15,000円、集合場所地下鉄銀座線虎ノ門駅一番改札口出た地上1階集合時間09:30)が担当いたします。セミナーは駐日大使館になり、地方では開催できないことになりますが、貴重な体験になると存じます。満員の場合は、ご容赦下さい。
          大阪ハルカス近鉄阿倍野百貨店文化サロン講師 近藤太一
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智恵のクロスロード第51回「三越日本橋本店の『三囲神社』の分霊」近藤太一

2016-09-01 17:38:33 | 市民大学院全般
 七福神とは、言うまでもなく7柱で構成されている。神の出自も、日本(恵比寿・大黒)、インド(弁財天・毘沙門天)、中国(布袋・福禄寿・寿老人)の3国に跨り、神道・仏教・道教のシンクレティズム(諸教混淆)だから、巡りの効果も信用したくなるというものであろう。
 今回、三越日本橋本店9階屋上に三囲神社の分霊にお参りした。三囲神社は、隅田川七福神の一つである。恵比寿と大黒天を祭神にしている。
 三井家では、享保年間(1716~1732年)に三囲神社を江戸における守護社と定めた。三井家を3回も廻ってくれると掛け合わせたのである。
 七福神は、歴史的には、初めから7福神ではなく、恵比寿・大黒天の2神から始まった。室町時代、関西の都市の町衆の経済的実力が付き、金運に応じる神が求められた。京都の祇園祭を作り上げるような町衆であるから、その力は並のものではない。毎年7月は、この祇園祭りが開催され、その経済的効果は非常に大きい。宿泊・飲食・お土産の販売と関係者は大きくそろばんを弾(はじ)いている。
 東京へ行かれた時には、三越日本橋本店屋上の三囲神社の見学と参拝そして祈祷してみていただくのも、新たな探索になるかもしれない。
 先日は、東京証券取引所、日銀貨幣博物館、三越本店での食事、奈良「まほろば館」(情報と物産斡旋)で奈良時代の金融と社会、日本銀行券に見られる神代の人の肖像として取り上げられた(日本武尊・神功皇后・武内宿祢)について解説をさせていただいた。東京金融特区の特徴を持つ地域である。七福神も大きな役割を果たしてきた。
            ハルカス近鉄百貨店文化サロン講師  近藤 太一

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文化政策セミナー2016プログラム

1 日 時 2016年9月3日(土)~9月4日(日)
 なお、9月2日(金)には「サントリー山崎蒸留所現場見学・試飲セミナー」がございます(下記参照)。
2 会 場 1日目 成徳学舎2階セミナー室、2日目 京都府庁旧本館議場
3 共通テーマ “地域再生のための文化政策
         ―文化庁京都移転後の京都発の文化政策を視野に―”

4 スケジュール
9月3日(土)於 成徳学舎2階セミナー室

司会 小野秀生氏(京都府立大学名誉教授)
10:00-11:00  古武博司氏(「西陣の町家・古武」主宰)
「京都1220年・市街地の変化と上京町の魅力を発信して」
11:00-12:00 池田清氏(神戸松蔭女子大学)
「地域(神戸)の固有価値とJ.ラスキンの固有価値論」

昼休み12:00-13:00 理事会

司会 中谷武雄氏(市民大学院講師)
13:00-14:00 鈴木茂氏(松山大学)
「バーミンガムの都市再生」
14:00-15:00 鳥羽都子氏(岐阜県文化振興課学芸員)
「創り手・享受者・場をつなぐ創造的マネジメント:
郊外型都市におけるアートセンターの活動事例から」
15:00-16:00 近藤太一氏(市民大学院講師)
「薩摩藩の宝暦治水は封建体制から町民・職人による近世経済体制を作り出す」

特別講演 司会:岩田均氏(市民大学院講師)
16:10-17:30 葉山美夫氏(前琳派400年記念祭準備室)
「何のために文化政策はあるのか」

総会    17:30-18:00   

懇親会   18:00-19:30(司会:池上惇氏)           
9月4日(日)於 京都府庁旧本館議場
記念講演 司会:鈴木茂氏(松山大学)
10:00-10:50 佐々木雅幸氏(同志社大学)
「文化庁移転とこれからの文化政策」
コメント: 北村信幸氏(京都市文化市民局)

閉会挨拶 
11:50-12:00 金井萬造氏(文化政策セミナー2016実行委員長)

5.参加費
両日参加費2000円(1日1000円)、懇親会費3000円になります。
受付にてお支払いをお願いします。

6.エクスカーション
①.日時・集合場所
      2016年9月2日(金)午前9時20分(時間厳守)
       JR大山崎駅改札を出た所
②.行程
      徒歩15分でサントリー山崎工場到着
      9時50分から約80分間、ウイスキー製造工程見学、テイスティングを楽しみます。なお、山崎ウイスキー館      も利用できます。
      セミナー終了後はJR大山崎駅周辺で昼食、懇談会を予定しております。その後は各自自由行動できます。
③.参加申し込み期限
      2016年9月1日(木)
④.参加費
      一人2000円、先着13名までです。
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