どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ヒトの2足歩行は樹上2足移動が起源

2007-06-03 06:34:41 | その他生物科学
A36 Thorpe, S. K. S., Holder, R. L., & Crompton, R. H. (2007).
Origin of human bipedalism as an adaptation for locomotion on flexible branches.
Science, 316, 1328-1331. [link]

しなやかな枝での移動にたいする適応としてのヒトの2足性の起源
ヒトの2足性は、一般に、4足性という地上での移動を前触れとしてそこから進化してきたと考えられているが、近年の古人類学的証拠には、2足性にたいする適応が樹上という文脈から生じたと示唆するものがある。しかしながら、樹上2足性の適応的な利点は知られていない。ここでわれわれは、そうすること〔樹上2足性〕で、もっとも樹上性の強い大型類人猿、つまりオランウータンが、ほかの方法ではどうしようもないほどしなやかな支持物〔枝〕にもつかまることができるということを示す。オランウータンは、ヒトが弾力のある道を走るのと同じように、膝や腰を伸展させることで枝のしなやかさに反応するが、ほかのすべての霊長類は反対のことをする。このように、ヒトの2足性は、〔ヒトで突然起こった〕革新というよりは、大型類人猿の共通祖先から連綿と続いてきた移動行動の開拓である。

バーミンガム大学(University of Birmingham)のスザンナ・K・S・ソープ(Susannah K. S. Thorpe)、ロジャー・L・ホルダー(Roger L. Holder)、リヴァプール大学(University of Liverpool)のロビン・H・クロンプトン(Robin H. Crompton)が『サイエンス』に発表した論文。同じ号の表紙にもなっている。

ヒトを特徴づけるものにかんする世間一般での理解について、手近なものを参考にしてみる。熊野純彦, 廣松渉, 松沢哲郎 (1991) ヒトは立ったサルである: 言語の発生と認識. 現代思想 19(10):38-63の熊野純彦によると、
(1) 直立2足歩行
(2) 道具の制作と使用
(3) 言語能力
(4) 伝承される文化の存在
が「ヒトを特徴づけるメルクマール」とのこと。これは、世間一般の考えとも一致しているだろう。

(2) 「道具の製作と使用」、(4) 「伝承される文化の存在」の2点については、チンパンジーPan troglodytesの道具使用によって、動物にも(少なくとも原始的な形では)見られることがわかっている。たとえば、アンドリュー・ホワイトゥン(Andrew Whiten)らの論文(Whiten A et al (2001) Charting cultural variation in chimpanzees. Behaviour 138:1481-1516 [link])や、日本語だとウィリアム・クレメント・マグルー(William Clement McGrew)の次の書籍。
McGrew, W. C. (1992). Chimpanzee material culture: Implications for human evolution. Cambridge, England: Cambridge University Press.
ISBN0521413036 [hbk] [pbk]
マックグルー, W. C. (1996). 文化の起源をさぐる: チンパンジーの物質文化 (西田利貞, 監訳). 東京: 中山書店. 原著1992年刊
ISBN4521010016
2004年に出版されたマグルーの著作も同じ点で参考になる。
McGrew, W. C. (2004). The cultured chimpanzee: Reflections on cultural primatology. Cambridge, England: Cambridge University Press.
ISBN0521828414 [hbk] [pbk]
文化が見られるのは、チンパンジーにかぎらない。ハンドウイルカバンドウイルカTursiops truncatus)でも、ミヒャエル・クリュツェン(Michael Krützen)らによる文化の研究がある(Krützen M et al (2005) Cultural transmission of tool use in bottlenose dolphins. PNAS 102:8939-8943 [link])。

(3) 「言語能力」についても、チンパンジーボノボPan paniscus)、ゴリラGorilla sp.)、オランウータンPongo sp.)といったヒト以外の大型類人猿で研究がおこなわれている。たとえば、E・スー・サヴェージ=ランボー(E. Sue Savage-Rumbaugh)は、ボノボのカンジ(Kanzi)で言語研究をおこなっている。
Savage-Rumbaugh, E. S., Shanker, S. G., & Taylor, T. J. (2001). Apes, Language, and the Human Mind. Oxford: Oxford University Press.
ISBN0195109864 [hbk] [pbk]
また、統語論的な興味から、ホシムクドリSturnus vulgaris)の歌声にみられる再帰(recursion)が注目されている。ティモシー・Q・ゲントナー(Timothy Q. Gentner)らによる研究(Gentner TQ et al (2006) Recursive syntactic pattern learning by songbirds. Nature 440:1204-1207 [link])、およびそれにたいするゲイリー・F・マーカス(Gary F. Marcus)のまとめ(Marcus GF (2006) Startling starlings. Nature, 440:1117-1118 [link])。

そして、今回紹介する研究では、(1) 「直立2足歩行」が扱われている。この研究は、地上の直立2足性がたしかにヒトに特有のものだとしても、樹上生活⇒地上4足歩行⇒地上2足歩行という今まで信じられてきたストーリーを鵜呑みにできないことを示している。むしろ、樹上2足移動地上2足歩行という可能性を示唆している。そこで、アフリカ類人猿(ゴリラ、チンパンジー、ヒト)の祖先が樹上2足性をもっていて、ゴリラやチンパンジーが独自に4足性(ナックルウォーキング)を進化させてきた可能性も示唆している。

この研究について、同じ号でポール・オヒギンズ(Paul O'Higgins)とセイラ・エルトン(Sarah Elton)とがまとめを書いている(O'Higgins P, Elton S (2007) Walking on trees. Science 316:1292-1294 [link])。

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