星降るベランダ

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クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

斜激の壁

2008-05-12 | 持ち帰り展覧会
芦屋には阪神大震災の復興のシンボルのような美術館がある。
阪神打出駅南、43号線を渡ってすぐの住宅地の中にある
「マイシャガール美術館」
                    

素晴らしいシャガールの版画作品コレクション300点余を展示している小さな私設美術館である。
1Fには色彩豊かなシャガールが並ぶ。ポスターはやはりこの大きさでみたい、メトロポリタンオペラに行ってみたくなる。
2Fには、「旧約聖書」の世界をシャガールが30年かけて銅版画に表現したモノクロ作品108点が揃っている。敬虔なユダヤ教徒であった彼の渾身の作品。
創世記の「ヤコブの梯子」は、カラー作品もあって、それらを見ていると、シャガールの空中浮遊している恋人達の原型は、この天使達にあるのではないかと思う。私が、ヤコブの梯子=天使のはしご(雲の隙間から真っ直ぐに降りてくる光の筋)を初めて感じたのはいつのことだっただろう?宗教のない私でも、あの光を思い出すだけで、不思議と敬虔な気持ちになれる。もしかしたら、こんな気分でシャガールは、花嫁を鳥を馬を、空中に浮遊させたのかもしれないと思えてくる。
   

美術館の1Fに見逃しそうな「斜激(なげき)の壁」という矢印がある。矢印にそって目を向けると、作品を展示している壁が傾いていることに気付く。それは、この4階建ての個人住宅が、13年前の阪神大震災で大きな打撃を受けたことを物語っている。
「あれは美術館開設直前で、蒐集品は、部屋の中央床にうず高く山積みになり、損傷を受けた作品もありました」と、館長さんから伺った。その時、館長さんがどれだけ真っ青になったか、想像できる。
そして、その後の奮起と思いの深さは、美術館にこの「斜激の壁」を残したことが、物語っているのだ。
そしてこれは、ユダヤ教徒であるシャガールの心の中にあるエルサレムの「嘆きの壁」と繋がっている。

阪神大震災の時、我が家の書斎のドアが開かなくなった。
やっと開いた8㎝の隙間から覗くと、1㍍以上の高さの本の山がドアを塞いでいた。
両側の壁の本棚から、本がおそらくは矢のように部屋の床に降り注いだ。
開かずの間のこのドアが開いたのは、ガスが復旧した2ヶ月後のことだった。
その間、私達の暮らしに、本は必要なかった。美しい絵も必要なかった。
それよりももっと緊急に求める物があり、毎日それを満たすだけで疲れていた。
3月、ガスが復旧し、自宅で入浴できるようになり、仕事場の神戸から、JR三田経由で大阪に出て、尼崎の銭湯に寄って帰る、などしなくても良くなった頃、やっとドアの隙間から手を伸ばして、少しづつ本の山を崩していった。

書斎が復活した頃、仕事の帰路通りかかったデュオ神戸の広場で、アートギャラリーの展示即売会が開かれていた。
絵を見るのも久しぶりだわぁ、と、懐かしい気分で足を留めた。
そして、その場でジャン・コクトーのリトグラフ作品を、思いがけず買ってしまったのだ。衝動買いとしては過去最高値、おそらくこれからもこれを越える衝動買いはしないと思う。
~空とも海とも思える空間に浮かび上がる横顔~半年前に亡くなった義母の面影がそこにあった。
それを壁にかけて、やっと、自分の心が穏やかになったような気がした。
部屋に絵をかけることで、震災後の生活がやっと落ち着いたと感じた。

マイシャガール美術館に一緒に行った母が、一番感動していたのは、意外なものだった。入ってすぐの部屋の壁には、暖炉のある部屋でシャガールが愛妻ベラの肖像画を描いている写真がある。そしてその横には、同じ格好をした、大きな大きなテディベアの、画家とモデルのカップルがくつろいでいる。そばに暖炉もある。二人の間のカンバスには、優れたグラフィックデザイナーである当館の館長さんが描いた、テディベア妻の肖像が描かれていた。~「宮」という韓国ドラマのテディベアを思い出した。
そう、この美術館には、実はもうひとつ素晴らしいコレクションがある。
館のドアを開けてすぐに、思わず「ワーッ」という歓声をあげてしまった。
三百体に及ぶ、個性あるテディベア・くまのプーさん達が、私を迎えてくれていたのだ。

「私の街の美術館よ」と、友達を誘って行きたい場所が、また見つかった。
               
                        

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