黒い服は、魔法使いの制服。
そう呟きながら、羽音は黒いコートに身を包んだ。足元は黒いブーツ。
黒いモヘアニットの帽子もかぶろう。
たちまち全身黒尽くめの、ウサギのような少女が出来上がった。
手袋とマフラーだけ白い。
エバタが言っていた、「魔法使いは、黒い服を着てなくちゃならないんだ。」
羽音が、どうして、と聞くと、
「黒い服は、魔法使いの制服だから。」
と答えた。
エバタは、近所のハシモトさんちに住んでいるウサギだ。
それもただのウサギではない。
人間の言葉を喋る。喋るだけじゃない。エバタは「ぬいぐるみ」なのだ。
羽音はエバタを、とても気に入っている。
エバタも羽音を気に入っているらしく、普段喋らないのに羽音とハシモトさんがいる時だけお喋りになる。
エバタとハシモトさんは二人で一人だ。
エバタはお喋りだけど、ハシモトさんは殆ど喋らない。
ただ、羽音がいると嬉しそうな顔をする。ハシモトさん、と改まって呼んでいるが、本当は羽音より五つほど年上なだけの、少年だ。
でも、何だか大人っぽくて静かで、いかにも「ハシモトさん」なのである。
白い家に、お母さんとエバタと三人暮しみたいだけど、お母さんは殆ど家にいない。
ハシモトさんは、いつもエバタと一緒だった。それに羽音が加わったのは、数ヶ月前のことで三人はすぐ仲良くなった。
夏の終わり頃に、羽音が公園で転げる落ち葉を追いかけていた時、ベンチに座っていたのがハシモトさん、その鞄から外を覗いていたのがエバタ。
何か気になって、近づいた。
「ねぇ、それなーに?」
指差して尋ねる羽音に、ハシモトさんは驚いていた。わたわたと戸惑っている。
ハシモトさんは、赤くなったり青くなったりで何も言えないみたいだった。
ふと、気付いてエバタを見て、閃いたのかエバタを鞄から取り出した。
「俺はエバタ!」そして、エバタはハシモトさんを身体全体で指して、
「こいつがハシモト。君は?」と言った。
「あたしは羽音。」
「羽音かー。きれーな名前だなぁ。」
「ありがと。エバタは何してるの?」
「俺は、ここで秋の始まりを探してるんだ。」
「秋の始まり?」
「ほら、地面に落ち葉が落ちているだろ?それも秋の始まり。」
「ふーん。」
「あと…焼き芋屋さんが来ると、秋だなぁって思うよね。」
「あたし、焼き芋大好き!」
ハシモトさんとエバタが笑ったので、羽音も笑った。
すると急に打ち解けて、日が落ちておなかの虫が鳴くまで三人はお喋りしていた。
夏が終わるとどうして寒くなるんだろう、とか雨が降るときは透明な傘の方が、空が見えるとか、たくさん話した。
でも、ちょっと人が近づくとエバタもハシモトさんも黙りこくってしまう。
人見知りなのだと、幼い頭で羽音は思った。
そしてそんな二人と仲良くなれた自分を、嬉しく思った。
それはいつもの日だった。羽音はハシモトさんの家でお喋りしていた。
エバタは元々くたくたの身体をフル回転して、羽音を笑わせている。
ハシモトさんの家は、明るいテラスがあって冬なのに暖かい。
外はびゅうびゅうと風が木々を揺り動かしている。
羽音は、ベランダに面した大きな窓から射す光が板張りの床に作った陽だまりに、ごろごろと転がった。
「あったか~い。」
「外は寒いけど、あったかいよなぁ。」
エバタが頷くと、羽音はそちらの方へ転がってくる。
「ハシモトさん。」
ハシモトさんは声を出さずに、首を傾げた。
「“だんとう”って何ぃ?」
「暖冬か~。暖かい冬ってことだ。」
エバタが答えた。
「ハシモトさんに聞いたのに~。」
「何だよ、俺じゃダメ?」
「ダメじゃないけど…。ハシモトさん、殆ど喋らないんだもん。」
ハシモトさんは、少し戸惑って笑った。エバタが、彼を見上げて言う。
「でも、よく暖冬なんて言葉知ってたね、羽音ちゃん。どこで聞いたのさ?」
「お母さんが言ってたの。今年は暖冬だから、雪は降らないかもねって。」
「俺にしてみれば、十分寒いように感じるけどな。な、ハシモト!」
ハシモトさんは頷いた。
羽音はむー、と膨れる。
「雪が降らないの、ヤダなぁ…。」
「羽音ちゃんは雪が好きなの?」
エバタが言うと、羽音は頬の膨れを元に戻して言う。
「だってハシモトさんが言ってたじゃない。『雪は冬の始まりなんだ』って。あたし覚えてたんだよ。」
ハシモトさんは、そうだった、と気付いたらしい。
ハシモトさんの、数少ない言葉の中でも羽音の印象に残っていたのだ。
あの時は珍しく、ハシモトさんのお母さんがいて、エバタは一言も喋らなかった。エバタはお母さんが苦手なのかもしれない、と羽音は思った。
ハシモトさんは、眉をちょっとだけ下げながら言葉少なに喋っていた。
お母さんは、あまり一緒にいられないハシモトさんと喋ろうとしていたけど、ハシモトさんはちょっと困ったように相手をしている。
お母さんは羽音にも優しくしてくれた。ハシモトさんとお母さんはよく似ている。
優しくて綺麗。ふわふわのお花みたいな人だ。
そういう風に言うと、ハシモトさんは小さな声で言った。
「母さんは花に似てるけど…僕は多分雪の方が似てるよ。」
そう言うハシモトさんは、エバタをしっかりと握り締めていて、エバタが少し苦しそうだった。ハシモトさんは、エバタがいないとダメダメなんだ。
もう一つ羽音は、雪はすぐ融けて消えてしまうのに変なの、と思った。
そして、ハシモトさんは『雪は冬の始まりなんだ』とぽつりと言ったのだ。
その時の言葉を自分で思い出したらしい、ハシモトさんはエバタを見た。
「だから、あたし雪降って欲しいの。冬の始まりが見たいの。」
「そうかー。そうだったのかー。」
エバタが、うんうんと頷く。羽音は頬杖をついてエバタに返した。
「だからねー、暖冬は困るの。雪が降らないと冬が始まらないじゃない。」
「そんなこともないんじゃないかな。」
エバタが少し呆れている。羽音はむきになって叫んだ。
「そんなことあるもん!だって、毎年雪は降ってるんだよ。冬が来なくなっちゃうよ。」
ちょっと、ずれてるんじゃないかな、とぼそぼそとエバタが言ったが、羽音は聞いていない。
「あー、どうしよう、冬が来なかったら。冬が来ないと春も来ないんだよ。エバタ、困るよね?」
「まぁ…困るかな。」
「かみさまお願い、雪を降らせてください!」
突然祈りだす羽音に、ハシモトさんも呆れ顔だ。
エバタが呟いた。
「おとぎ話なんかには、雪を降らせる魔法使いの話なんてあるけどなぁ。」
すると、その言葉に羽音が反応した。目がキラキラしている。
「その話本当?」
「おとぎ話だけど。」
「魔法使いなら、雪が降らせられるのね!」
羽音は、うきうきし始めたのか、何やらぶつぶつ言いながら考え事を始めている。
「羽音ちゃーん。何考えてるの?」
「あたしが雪を降らせるの。」
「え?」
「あたしが魔法使いになって、雪を降らせるんだ。」
エバタもハシモトさんも、口を開けて驚いている。
ちょっと面白い顔だと、羽音は思った。
「でもどうやって魔法使いになるのさ?」
当然のエバタの問いに、羽音はちょっと考えて、
「そうだよね。どうしたらいいんだろう?」
と言った。
「魔法使いって言ってもなー。」
「エバタ、魔法使いってどんな格好してるっけ。」
「うーん。ホウキ持って…。ああ、黒い服だな。」
「黒い服?」
「魔法使いは、黒い服を着てなくちゃならないんだ。」
「どうして?」
「黒い服は、魔法使いの制服だから。」
羽音は、その言葉をしっかり胸に刻み込んだ。
「北風びゅーびゅー、落ち葉かさかさ、吹きっさらし、出がらし、すれっからし~。」
羽音は、意味の無い言葉を言うのが好きだ。
全身黒尽くめの少女が、落ち葉を次々踏んで公園に行く。
雪を降らす魔法使いの話を聞いた翌日の朝である。まだ誰もいない。
息をするたびに、ほわほわと湯気が立つ。
「汽車ぽっぽ!」
上を向いて、息を吐くと機関車そっくりだ。しばらくそのまま歩いてみたが、前が見えないので元に戻った。
「北風びゅーびゅー…ここでいいかな。」
公園のど真ん中に立つと、羽音は上を向いて両足を広げて立った。
「ちちんぷいぷい…違うな。アブラカタブラ、雪よ降れ~!」
甲高い声が、12月の青空に吸い込まれていく。が、何の変化も無い。
「ダメ、なのかなぁ~…。」
もう一度、叫んでみた。遠くで犬の遠吠えが聞こえる。
「むー…。」
羽音は腕組みをして考え込み始めてしまった。
何がいけないんだろう。服も全部黒い色にして、魔法使いらしいのに。
呪文が違うのだろうか。
もう一度、もう一度やってみよう。
両の握りこぶしを、真っ赤になるほど握り締め、口を堅く引き結ぶ。
腰に力を入れて、思いっきり構えた。
「雪を降らせてくださーい!!お願いしまーす!!雪を降らせてくださーい!!」
広い青空に、羽音の声が響き渡った。
「ぶふー…。」
吐き出した息を、また思いっきり吸い込んだ。
やっぱり無理なのか。冬は来ないんだ。
羽音ががっかりした時だった。
ひらり。
白いものが、羽音の目の前を掠めた。
「何?」
ひらり。ひらり。
次々と、降ってくる。
「雪だー!!」
笑いながら、空を見上げる。白いものが、またひらり。
でも空は、日本晴れといって良いほど晴れ渡っている。
「あれ?」
白いものはまだ降ってくる。少し後ろから降っているようだ。
背中が反り返って後ろに倒れそうになるくらい、羽音は上を見上げた。
逆さまに、ハシモトさんとエバタがいた。
「ばれちゃったか。」
エバタが、照れ笑いをした。ハシモトさんも、恥ずかしそうにしている。
羽音は急いで駆け寄った。
「エバタ、ハシモトさん!どうして?」
ハシモトさんの手には、白いものがたくさんあった。よく見るとそれは、細かく刻まれた発泡スチロールだった。
「ハシモトさん、何で…。」
困ったように、ハシモトさんは眉根を寄せた。
エバタを抱きなおそうとして、発泡スチロールとエバタを落としてしまう。
ハシモトさんが抱き上げるより早く、羽音がエバタを拾い上げた。
「大丈夫エバタ?痛くなかった?」
ハシモトさんは、本当に困った顔をしている。
だけど、羽音があんまりエバタを心配するので、ついに声を掛けた。
「大丈夫、エバタは強いから。」
「本当?ハシモトさん。何にも言わないよ、エバタ。」
「大丈夫、大丈夫なんだ。羽音ちゃん。」
「なーに?」
ハシモトさんは、顔をがしがしさすりながら笑う。
「ありがとう。」
「ん?どういたしまして?」
羽音には、訳が分からない。ハシモトさんの顔には、発泡スチロールが一杯ついていた。
羽音は、エバタを抱きしめながら尋ねる。
「どうして、あたしが来るって分かったの?」
「多分…そうだと思ったんだ。だから。怒った?」
「んーん。」
首を横に振ると、ハシモトさんは安心したようだった。
「寒いねぇ、ハシモトさん。」
「寒いね…。冬が来たんだよ。」
「冬が来たんだ?」
「うん。だから、本物の雪も降るよ。」
「本当?」
「多分。」
「そっかー。じゃあ良かった!」
羽音の笑い声が響く。ハシモトさんは、帰ろうか、と言った。
はい、と羽音はエバタの左腕を差し出した。
ハシモトさんはためらわずに、その手を握った。
羽音はエバタの右手を握る。
三人は、並んで手を繋いで歩いていく。
ハシモトさんは、今までとは人が変わったように、ちゃんと喋っていた。
反対におしゃべりなエバタは何にも言わなかったけど。
『まったく、世話が焼けるよねぇ。』
と、もしかしたら言ったかもしれない。
<了>
ブログフレンズイメージキャラクター、「羽音ちゃん」の物語です。
ちょっと幼くしすぎたかな…。
羽音ちゃんとハシモトさんの物語に仕上げました。
なぜ突然、こんな物語を仕上げたかと言うと、企画があったからです。
砂蜥蜴と空鴉の砂蜥蜴さんの企画です!
詳しくは下のリンクからどーぞ。
ブログ持ちでなくても参加できるみたいなので、興味のある方は参加してみてください。
あ、でも締め切りとかあるので、砂蜥蜴さんのブログに行ってみて下さいね~。
<リンク>
砂蜥蜴と空鴉:羽音祭のお知らせ!!
BLOG FRIENDS 編集部
ブログはじめますた:羽音ちゃんテンプレートがアップデートしましたよー
そう呟きながら、羽音は黒いコートに身を包んだ。足元は黒いブーツ。
黒いモヘアニットの帽子もかぶろう。
たちまち全身黒尽くめの、ウサギのような少女が出来上がった。
手袋とマフラーだけ白い。
エバタが言っていた、「魔法使いは、黒い服を着てなくちゃならないんだ。」
羽音が、どうして、と聞くと、
「黒い服は、魔法使いの制服だから。」
と答えた。
エバタは、近所のハシモトさんちに住んでいるウサギだ。
それもただのウサギではない。
人間の言葉を喋る。喋るだけじゃない。エバタは「ぬいぐるみ」なのだ。
羽音はエバタを、とても気に入っている。
エバタも羽音を気に入っているらしく、普段喋らないのに羽音とハシモトさんがいる時だけお喋りになる。
エバタとハシモトさんは二人で一人だ。
エバタはお喋りだけど、ハシモトさんは殆ど喋らない。
ただ、羽音がいると嬉しそうな顔をする。ハシモトさん、と改まって呼んでいるが、本当は羽音より五つほど年上なだけの、少年だ。
でも、何だか大人っぽくて静かで、いかにも「ハシモトさん」なのである。
白い家に、お母さんとエバタと三人暮しみたいだけど、お母さんは殆ど家にいない。
ハシモトさんは、いつもエバタと一緒だった。それに羽音が加わったのは、数ヶ月前のことで三人はすぐ仲良くなった。
夏の終わり頃に、羽音が公園で転げる落ち葉を追いかけていた時、ベンチに座っていたのがハシモトさん、その鞄から外を覗いていたのがエバタ。
何か気になって、近づいた。
「ねぇ、それなーに?」
指差して尋ねる羽音に、ハシモトさんは驚いていた。わたわたと戸惑っている。
ハシモトさんは、赤くなったり青くなったりで何も言えないみたいだった。
ふと、気付いてエバタを見て、閃いたのかエバタを鞄から取り出した。
「俺はエバタ!」そして、エバタはハシモトさんを身体全体で指して、
「こいつがハシモト。君は?」と言った。
「あたしは羽音。」
「羽音かー。きれーな名前だなぁ。」
「ありがと。エバタは何してるの?」
「俺は、ここで秋の始まりを探してるんだ。」
「秋の始まり?」
「ほら、地面に落ち葉が落ちているだろ?それも秋の始まり。」
「ふーん。」
「あと…焼き芋屋さんが来ると、秋だなぁって思うよね。」
「あたし、焼き芋大好き!」
ハシモトさんとエバタが笑ったので、羽音も笑った。
すると急に打ち解けて、日が落ちておなかの虫が鳴くまで三人はお喋りしていた。
夏が終わるとどうして寒くなるんだろう、とか雨が降るときは透明な傘の方が、空が見えるとか、たくさん話した。
でも、ちょっと人が近づくとエバタもハシモトさんも黙りこくってしまう。
人見知りなのだと、幼い頭で羽音は思った。
そしてそんな二人と仲良くなれた自分を、嬉しく思った。
それはいつもの日だった。羽音はハシモトさんの家でお喋りしていた。
エバタは元々くたくたの身体をフル回転して、羽音を笑わせている。
ハシモトさんの家は、明るいテラスがあって冬なのに暖かい。
外はびゅうびゅうと風が木々を揺り動かしている。
羽音は、ベランダに面した大きな窓から射す光が板張りの床に作った陽だまりに、ごろごろと転がった。
「あったか~い。」
「外は寒いけど、あったかいよなぁ。」
エバタが頷くと、羽音はそちらの方へ転がってくる。
「ハシモトさん。」
ハシモトさんは声を出さずに、首を傾げた。
「“だんとう”って何ぃ?」
「暖冬か~。暖かい冬ってことだ。」
エバタが答えた。
「ハシモトさんに聞いたのに~。」
「何だよ、俺じゃダメ?」
「ダメじゃないけど…。ハシモトさん、殆ど喋らないんだもん。」
ハシモトさんは、少し戸惑って笑った。エバタが、彼を見上げて言う。
「でも、よく暖冬なんて言葉知ってたね、羽音ちゃん。どこで聞いたのさ?」
「お母さんが言ってたの。今年は暖冬だから、雪は降らないかもねって。」
「俺にしてみれば、十分寒いように感じるけどな。な、ハシモト!」
ハシモトさんは頷いた。
羽音はむー、と膨れる。
「雪が降らないの、ヤダなぁ…。」
「羽音ちゃんは雪が好きなの?」
エバタが言うと、羽音は頬の膨れを元に戻して言う。
「だってハシモトさんが言ってたじゃない。『雪は冬の始まりなんだ』って。あたし覚えてたんだよ。」
ハシモトさんは、そうだった、と気付いたらしい。
ハシモトさんの、数少ない言葉の中でも羽音の印象に残っていたのだ。
あの時は珍しく、ハシモトさんのお母さんがいて、エバタは一言も喋らなかった。エバタはお母さんが苦手なのかもしれない、と羽音は思った。
ハシモトさんは、眉をちょっとだけ下げながら言葉少なに喋っていた。
お母さんは、あまり一緒にいられないハシモトさんと喋ろうとしていたけど、ハシモトさんはちょっと困ったように相手をしている。
お母さんは羽音にも優しくしてくれた。ハシモトさんとお母さんはよく似ている。
優しくて綺麗。ふわふわのお花みたいな人だ。
そういう風に言うと、ハシモトさんは小さな声で言った。
「母さんは花に似てるけど…僕は多分雪の方が似てるよ。」
そう言うハシモトさんは、エバタをしっかりと握り締めていて、エバタが少し苦しそうだった。ハシモトさんは、エバタがいないとダメダメなんだ。
もう一つ羽音は、雪はすぐ融けて消えてしまうのに変なの、と思った。
そして、ハシモトさんは『雪は冬の始まりなんだ』とぽつりと言ったのだ。
その時の言葉を自分で思い出したらしい、ハシモトさんはエバタを見た。
「だから、あたし雪降って欲しいの。冬の始まりが見たいの。」
「そうかー。そうだったのかー。」
エバタが、うんうんと頷く。羽音は頬杖をついてエバタに返した。
「だからねー、暖冬は困るの。雪が降らないと冬が始まらないじゃない。」
「そんなこともないんじゃないかな。」
エバタが少し呆れている。羽音はむきになって叫んだ。
「そんなことあるもん!だって、毎年雪は降ってるんだよ。冬が来なくなっちゃうよ。」
ちょっと、ずれてるんじゃないかな、とぼそぼそとエバタが言ったが、羽音は聞いていない。
「あー、どうしよう、冬が来なかったら。冬が来ないと春も来ないんだよ。エバタ、困るよね?」
「まぁ…困るかな。」
「かみさまお願い、雪を降らせてください!」
突然祈りだす羽音に、ハシモトさんも呆れ顔だ。
エバタが呟いた。
「おとぎ話なんかには、雪を降らせる魔法使いの話なんてあるけどなぁ。」
すると、その言葉に羽音が反応した。目がキラキラしている。
「その話本当?」
「おとぎ話だけど。」
「魔法使いなら、雪が降らせられるのね!」
羽音は、うきうきし始めたのか、何やらぶつぶつ言いながら考え事を始めている。
「羽音ちゃーん。何考えてるの?」
「あたしが雪を降らせるの。」
「え?」
「あたしが魔法使いになって、雪を降らせるんだ。」
エバタもハシモトさんも、口を開けて驚いている。
ちょっと面白い顔だと、羽音は思った。
「でもどうやって魔法使いになるのさ?」
当然のエバタの問いに、羽音はちょっと考えて、
「そうだよね。どうしたらいいんだろう?」
と言った。
「魔法使いって言ってもなー。」
「エバタ、魔法使いってどんな格好してるっけ。」
「うーん。ホウキ持って…。ああ、黒い服だな。」
「黒い服?」
「魔法使いは、黒い服を着てなくちゃならないんだ。」
「どうして?」
「黒い服は、魔法使いの制服だから。」
羽音は、その言葉をしっかり胸に刻み込んだ。
「北風びゅーびゅー、落ち葉かさかさ、吹きっさらし、出がらし、すれっからし~。」
羽音は、意味の無い言葉を言うのが好きだ。
全身黒尽くめの少女が、落ち葉を次々踏んで公園に行く。
雪を降らす魔法使いの話を聞いた翌日の朝である。まだ誰もいない。
息をするたびに、ほわほわと湯気が立つ。
「汽車ぽっぽ!」
上を向いて、息を吐くと機関車そっくりだ。しばらくそのまま歩いてみたが、前が見えないので元に戻った。
「北風びゅーびゅー…ここでいいかな。」
公園のど真ん中に立つと、羽音は上を向いて両足を広げて立った。
「ちちんぷいぷい…違うな。アブラカタブラ、雪よ降れ~!」
甲高い声が、12月の青空に吸い込まれていく。が、何の変化も無い。
「ダメ、なのかなぁ~…。」
もう一度、叫んでみた。遠くで犬の遠吠えが聞こえる。
「むー…。」
羽音は腕組みをして考え込み始めてしまった。
何がいけないんだろう。服も全部黒い色にして、魔法使いらしいのに。
呪文が違うのだろうか。
もう一度、もう一度やってみよう。
両の握りこぶしを、真っ赤になるほど握り締め、口を堅く引き結ぶ。
腰に力を入れて、思いっきり構えた。
「雪を降らせてくださーい!!お願いしまーす!!雪を降らせてくださーい!!」
広い青空に、羽音の声が響き渡った。
「ぶふー…。」
吐き出した息を、また思いっきり吸い込んだ。
やっぱり無理なのか。冬は来ないんだ。
羽音ががっかりした時だった。
ひらり。
白いものが、羽音の目の前を掠めた。
「何?」
ひらり。ひらり。
次々と、降ってくる。
「雪だー!!」
笑いながら、空を見上げる。白いものが、またひらり。
でも空は、日本晴れといって良いほど晴れ渡っている。
「あれ?」
白いものはまだ降ってくる。少し後ろから降っているようだ。
背中が反り返って後ろに倒れそうになるくらい、羽音は上を見上げた。
逆さまに、ハシモトさんとエバタがいた。
「ばれちゃったか。」
エバタが、照れ笑いをした。ハシモトさんも、恥ずかしそうにしている。
羽音は急いで駆け寄った。
「エバタ、ハシモトさん!どうして?」
ハシモトさんの手には、白いものがたくさんあった。よく見るとそれは、細かく刻まれた発泡スチロールだった。
「ハシモトさん、何で…。」
困ったように、ハシモトさんは眉根を寄せた。
エバタを抱きなおそうとして、発泡スチロールとエバタを落としてしまう。
ハシモトさんが抱き上げるより早く、羽音がエバタを拾い上げた。
「大丈夫エバタ?痛くなかった?」
ハシモトさんは、本当に困った顔をしている。
だけど、羽音があんまりエバタを心配するので、ついに声を掛けた。
「大丈夫、エバタは強いから。」
「本当?ハシモトさん。何にも言わないよ、エバタ。」
「大丈夫、大丈夫なんだ。羽音ちゃん。」
「なーに?」
ハシモトさんは、顔をがしがしさすりながら笑う。
「ありがとう。」
「ん?どういたしまして?」
羽音には、訳が分からない。ハシモトさんの顔には、発泡スチロールが一杯ついていた。
羽音は、エバタを抱きしめながら尋ねる。
「どうして、あたしが来るって分かったの?」
「多分…そうだと思ったんだ。だから。怒った?」
「んーん。」
首を横に振ると、ハシモトさんは安心したようだった。
「寒いねぇ、ハシモトさん。」
「寒いね…。冬が来たんだよ。」
「冬が来たんだ?」
「うん。だから、本物の雪も降るよ。」
「本当?」
「多分。」
「そっかー。じゃあ良かった!」
羽音の笑い声が響く。ハシモトさんは、帰ろうか、と言った。
はい、と羽音はエバタの左腕を差し出した。
ハシモトさんはためらわずに、その手を握った。
羽音はエバタの右手を握る。
三人は、並んで手を繋いで歩いていく。
ハシモトさんは、今までとは人が変わったように、ちゃんと喋っていた。
反対におしゃべりなエバタは何にも言わなかったけど。
『まったく、世話が焼けるよねぇ。』
と、もしかしたら言ったかもしれない。
<了>
ブログフレンズイメージキャラクター、「羽音ちゃん」の物語です。
ちょっと幼くしすぎたかな…。
羽音ちゃんとハシモトさんの物語に仕上げました。
なぜ突然、こんな物語を仕上げたかと言うと、企画があったからです。
砂蜥蜴と空鴉の砂蜥蜴さんの企画です!
詳しくは下のリンクからどーぞ。
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砂蜥蜴と空鴉:羽音祭のお知らせ!!
BLOG FRIENDS 編集部
ブログはじめますた:羽音ちゃんテンプレートがアップデートしましたよー
先をこされた、クッソーw
>秋の始まりを探してるんだ。
このセリフ、いいっ!
おれも使おっと。
BF#2にも参加させてもらってます。
とっても寒いのに、とってもあったかいお話・・
にこにこしながら読みましたよ。
今度は、エバタの代わりに、ハシモトさんがお喋りするんですね。
ハシモトさんのはじまり、なんですね。
心がほこほこしてきました、ありがとう。
今からですよ、企画は!
さぁ書け、今書け、どんと書け!
台詞褒められると嬉しいなぁ。(照)
スノーさんだ~!!
お名前は存じ上げてましたよ!
まだ遊びに伺ってませんが!(興奮)
ほんと、感想ありがとうございます。
嬉しいです、本当に。
幼い羽音ちゃんですが、受け入れられましたでしょうか…。
エバタとハシモトさんの関係を考えるのが楽しかった作品でもあります。
色んな人が参加して、色んな羽音ちゃんが誕生するといいなぁ。
こちらこそ、ありがとうございます。
またいらしてくださいね~!!
羽音ちゃん、かわいすぎ!!(拳振りながら 笑
ちょと思ったのは、冒頭は色でひっぱているから、
最後にも、それを印象的に思い出させるような、一文あるとどうかなー。ってさ。
いやでもいい感じに終わってるんで気のせいかも。
まあ、おれも祭り参加するんで、そのときダメだしして相殺してください(笑
意外と受け入れられてるなぁ、
私家版羽音ちゃん(笑)
あ、そうか、色かー…。
最初、羽音ちゃんのイメージを出そうとして、
しつこく書いたのが失敗だったかしらん…。
直す余裕があったら、もう一度推敲してみます。
しなたまさんの羽音ちゃんも楽しみにしてますよ!
ありがとございます!
ハシモトさんが魅力的なので、
よけいに羽音ちゃんの可愛らしさが引き立ちますね。
素敵な物語をありがとう。
ありがとうございます~!
ハシモトさんを登場させた甲斐があるというものです。
こちらこそ、ありがとうございます、です!
どうかな、どうかな?
私なりの羽音ちゃんです。
冬の妖精、羽音ちゃん。
可愛いですよ、また失恋でやさぐれてる男の子も。
雪虫(だったかな?)のお話を思い出したり。
羽音ちゃんって、やっぱ妖精的なイメージが
あるので、とても素敵だと思いましたよ~。