日々是興味深々

日々の生活の中で興味を持った光景を画像に切り出した日記帳

記憶の断片を組み上げる

2013年12月27日 | Weblog



かれこれ50年前、私は小学生となった。
入学したのは、ミッション系の私立学校で、先生は全員シスターだった。
父は、当時零細企業に勤める会社員で、子どもを私立の学校に入れるほど裕福ではなかったが、何とか高い教育を私に受けさせたいという願いからかなり無理して入学させたのだった。


土曜日は、午前中で授業が終わり、帰りがけには敷地内にある教会でお祈りをして下校する習わしで、教会には当時としてはめずらしいイタリア人の神父さんが居た。
教会内に入るといつも何とも言えない良い匂いがして、それが一体何の匂いなのか分からず、帰宅するといつも母にその良い匂いの話を聞かせていた。


ある土曜日、学校から帰ると教会で嗅いだあの良い匂いが自宅の中で充満していた。
「教会の匂いだ・・・」
少しして母が見たことのない食べ物をお昼として出してくれた。
こんな旨いものが世の中にあるのか!と思うほどそれは美味しかったのだ。
食べ物の正体はフレンチトーストだった。
当時、日常の生活の中でバターを食する習慣はなく、ましてや裕福でもない我が家にバターを使う料理など出る訳もなかった。
いつも私が話す良い匂いの正体を私に内緒で母が教会に行き、作り方を聞いてきて同じものを作ってくれたのだった。


数年前、かつて通っていた学校を訪ね、真っ先に敷地内の教会にむかったのだが、どういうわけか教会はどこにもなかった。
丁度シスターがおられたので、教会の行方について尋ねてみると、教会はもともと学校の敷地内には無く、敷地から少し離れた場所にあるのだと説明してくれたが、俄然納得がいかなかったので、教えられた通りその教会を訪ねてみると、確かに子どもの頃通った教会に違いなかった。


50年前の想いでの断片を組み上げる過程で大事な部分が欠落しているにことに気づかず、組み合わさるはずのない断面を都合よく変形させて、あたかもパズルが組みあがったように錯覚していたことを知る。
人の記憶はいい加減なものだ。
事実を確認しなければ永久に敷地内にある教会を信じ続けたに違いない。
そう気づくと果たして母の作ってくれたフレンチトーストは事実だったのだろうかと考えてしまう。
いやいや母のしてくれたことは、絶対間違いないのだと自分に言い聞かせる。
既にこの世には居ない母が優しい母であった事実を決して間違えたりしないはずだ。
例えそれが自分に都合の良いパズルだとしても、それはそれで良いのだと信じたい。
人は過去の思い出の大半を忘れ、残されたほんの僅かなカケラを勝手に組み上げることで生涯を終える宿命なのだから・・・





Camera : Canon EOS7D



初冬の荒れた天気の痕跡

2013年12月23日 | Weblog



久しぶりに東京は2日に渡り荒れ模様のお天気だった。
気温も下がり、強い雨が降り、北風が吹き荒れて厳しい状況だったが、一夜明けた翌日は、打って変わって快晴の良いお天気。

所用があり、都内の古ぼけた平屋造りのお屋敷を訪ねることになったのだが、玄関先から中庭に回る通路で何とも言えない絨毯模様のような紋様を描き出している光景を見る。
落ち葉は松葉らしくご覧のようにところどこら丸い空間があり、それを取り巻くように松葉が取り囲んでいるのだが、絨毯の模様にも見えるし、瀬戸内海の鳴門のうず群のようにも見えてしまう。

間違いなく前日までの風雨の仕業に違いないのだが、一体どのような状況に
なればこんな不思議な形態に進化するのか、無い頭で考えてみるものの、やはり原因究明には至らず仕舞。
せいぜい考えられたのは、小さな竜巻が同時にくつかここで出来た・・・というくらいだった。
折角の自然の織りなす造形を踏み散らかしてしまわないように静かにこの場所を通過した。









Camera : Canon EOS6D

浅はかな衝動

2013年12月19日 | Weblog




とある週末の金曜日。
お昼休みにふと「真冬の富士山を撮りにいくかな」と脳裏に浮かんだ。
元来せっかちな性分に思慮の足らなさも加わって、衝動に駆られるとそれをどうしても振り切れない。
ラーメンが食べたいとなると頭の中はラーメンでいっぱいという感覚とまるで同じなのだ。
ご想像に容易く、人生は後悔の連続だったが、これまた幸いに三歩歩けばすべて忘れるのんきな性分が深く悔いることをさせないため、落ち込むこともなく同じことの繰り返しの残念な人生を歩んでいる。

終業後、脱兎のごとく自宅に飛んで帰り、支度をして電車に飛び乗る。
地下鉄とJRを乗り継ぎ、夜11時過ぎには富士吉田駅に到着した。
投宿するホテルの予約もしていなかったため、目についたビジネスホテルに飛び込むと幸い部屋が確保できた。
一風呂浴び落ち着くと、さてどんな富士山を撮影しようかと考える。
ダイヤモンド富士などと大それたものは撮影できる由もなく、考え付いたのが夜明の富士山だった。
ホテルのフロントに行き、車を7時まで借りられないかと相談すると快く貸してくれた。

ほぼ仮眠程度の軽い睡眠を取り、5時に飛び起きてホテルを出発した。
辺りはまだ真っ暗で夜の装いだったが、やがて河口湖に到着。
撮影場所を探し、適当な場所で車を止め、探るような足つきで湖水の側まで降りると三脚を立て、カメラをセットした。
夜明けをじっと待つことにしたが、とにかく寒い。
都会の日常の冬支度できてしまったものだから、強烈な冷気が体を震わせる。
やがて勝手にガチガチと顎が震えて鳴り出した。
冷気が体を蝕み、骨格まで冷えていきそうな感覚の中、だんだん頭が朦朧としてくる。
浅はかだった・・・と後悔しても時既に遅し。
たまらずカメラをほったらかしにして車に戻り暖を取った。

うっすら夜明けの気配がする頃、嫌がる身体を無理やり引きずって湖畔に戻り震える手と凍りそうな指先でかろうじてシャッターを切るも、数枚撮影したところで退散せざるを得なかった。
ホテルに帰ると熱めのシャワーを浴び、そのまま爆睡。
チェックアウトギリギリでホテルを出ると、既に富士山撮影の気力は萎え、そのまま帰りの電車に飛び乗って帰宅した。


時間と労力とお金を使って一体何しに来たんだか・・・。
いつもの後悔だらけの撮影行脚と言うお話。





Camera : Canon EOS kiss X2

懐かしき人造湖

2013年12月17日 | Weblog




奥多摩の小河内ダムによって造られた奥多摩湖という人造湖がある。
東京の小学校に通っていた方は、一度は遠足でここを訪れたことがあるかもしれないというほど、遠足の定番の地で私もここを訪ねた記憶がある。
昭和13年に着工され、太平洋戦争で工事が中断、戦後再び着工され、昭和32年に竣工した小河内ダムは、東京の利水目的で建造されたと書かれている。
遠足の折り、バスガイドさんがが説明をしてくれたのだが、湖水の底には村がひとつ沈んでいるという話だけしか記憶に留まっていない。

久しぶりに訪ねた奥多摩湖は、快晴の元光り輝く太陽光を浴びて神秘液な装いをかもし出していた。
ここを起点に奥多摩駅までの約10kMの「むかし道」というハイキングコースがあり、紅葉のシーズンは絶景が見られるため、それを目的にここを訪れたのだ。
左程きつくは無いコースを歩きながら「馬の水飲み場」や「耳神様」「虫歯神様」など旧青梅街道脇に点在する史跡を見ながら真っ赤に燃えるモミジを堪能しながら半日かけて散策したのだった。






Camera : Canon EOS6D

秋の赤い実

2013年12月15日 | Weblog




葉がすべて落ちて枝に赤い実だけがなっている。
実りの秋の一端を垣間見たような光景だけど、鳥についばまれずに残っているということは、食用にはならないのかもしれない。
自宅に帰り、この赤い実が何であるかネットで調べてみたものの、余りに沢山ありすぎて、どれが該当なのかさっぱりとわからず仕舞いだった。
実のなり方と枝の色合いから察するに「サンシュユ」なるものが一番近いように思えるか、これだという決定打が無く、未だ釈然としない。

カメラを手にすると何だろうと思うようなものや情景によく出くわす。
特に鳥や植物など、それまでは見向きもしなかった人生だったが、撮影してみるとその正体が知りたくなり、自ずといろいろ調べることと相成っている。
知り得たことは少しづつ蓄積されて多少物知りになっていると気づくのだ。
物知りになりたい訳ではないけれど、聞かれたときに答えられることができるとちょっと嬉しい。
「人は見かけによらないものですね」などと言われようものなら三寸ばかり鼻が高くなって、傍にある木にだって登りたくなる程気分が良いのだ。
だからたまにカメラを片手にブラブラと野山を歩いている。







Camera : Canon EOS6D

どうやって建てたのだろう

2013年12月11日 | Weblog



山頂付近に1件の民家が立っていて、ちゃんと生活している雰囲気が感じられる。
脇に舗装された細い道が通っいて、この家の前を通過して下りとなるハイキングコースなのだが、ここにどのように資材を運び込んだのだろうとちょっと不思議に思う。
ちゃんと電柱も立っていて電気が通されているが、電柱だってどうやってここまで持って来たのか。
車など上がってこられる由もなく、また人手により運ぶにしても道が狭すぎて無理だろう。
ヘリで運搬するという可能性もあるが、ちょっと非現実的。
見ればここに住まわれて幾年月が経過したかは計り知れないが、相当前からここで生活しているだろうことが想像される。

住めば都という諺もあるけれど、ここで暮らすのはさぞかし難儀なことだろうと考えてしまうのは、都会人の浅はかな思慮にすぎないのかもしれない。
それにしても人の力は大したものだ。
凡人に想像だに出来ないことまでってのけてしまう。
チラチラと横目で家中をガラス越しに覗きながら足早に家の前を通過した。







Camera : Canon EOS6D

蔦も紅葉するんだ・・・

2013年12月08日 | Weblog



木の幹の表面が妙に赤いのに気付く。
何だろうと近づいてみれば、なんと蔦が紅葉しているではないか。
今まで散々あちこち歩いてきてまったく気づかなかったのが不思議だ。
蔦などしみじみと見る機会も無いが、とっくにどこかでこの事実を知っていてもおかしくはない。
日常の中でまだまだ見落とされているものが沢山あるのではと、ちょっと不安にもなる。
もしかすると自分の目は節穴なのかもしれないと・・・。

いやいやたかが蔦のこと、紅葉することが見落とされたところで人生に何も影響はないし、些細な事などいくら見落としたところでどうってことない。
要は、大事な事さえ見落とさなければ良いのだよ。
などと自問自答しながら細やかな不安を振り払う。

微かに色づき始めた蔦の葉は、モミジのような派手さはないが、控えめな色合いの中に味わいのある情景を造りだす。
ここにも細やかな秋の到来。






Camera : Canon EOS6D

黄色いモミジの正体は

2013年12月06日 | Weblog




山間の日陰で黄色く色づいたモミジを発見。
普段、黄色いモミジなどあまり目にする機会が無かっため、これがモミジだとは思えなかった。
撮影しようと近づいてみて、葉の形状からモミジだと分かったが、たぶんそういう特別なモミジなのだろうとばかり思っていた。
気になってネットで調べてみると、紅く染まるモミジと品種は同じで、紅く色づくことを紅葉、黄色く色づくことを黄葉と言うのだそうだ。
何で黄色になるのか、そのメカニズムは科学的な解明ができていないとも記されていた。
なんとも自然の神秘は奥深いことか・・・。





Camera : Canon EOS6D

実りの秋の恩恵を

2013年12月04日 | Weblog




熟れた渋柿を吊るして寒風に晒し、渋を抜くと甘みに変わり甘露な干し柿となる。
先人が考えた実りの秋の恩恵を楽しむ知恵だ。
かつて砂糖など無かった時代にこの柿の甘さは、農作業で疲れた体を癒し、食材が乏しくなる冬の時期の最大の楽しみとなっていただろうと想像するにたやすい。
砂糖の到来で極度に甘い菓子を日常的に口にできる現代人は幸せなのかもしれない。
干し柿は、既に人々にとって忘却の彼方に押し遣られた感は否めないのだ。
とろりと甘い干し柿をほお張り、舌が焼けるほど暑い煎茶で口中を引き締める。
数度繰り返して干し柿のすべてが腹の中に納まった瞬間に至福がやってくる。
質素だが、それも幸せのうちだろう。
たまにはそんな細やかな幸福を味わっても良いかなと思ってしまう。









Camera : Canon EOS6D