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色んなことを投稿するブログ。現在は「東方野球の世界で幻想入り」を投稿したり、きまぐれに日々のことについて綴ったり。

第十話(10-1)「一記録員が作り上げたもの」

2010-05-08 19:33:02 | 東方野球幻想入り物語
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 ◆ タートルズ・サイド

 9月12日(水)試合前の練習

 今は打撃練習である。ホームベースに置かれたゲージから鋭い打球が飛んでくる。
 彼――このチームの専属スコアラーである尾張忠実――はいつも通り外野のフィールドにいて、球拾いだ。しかし、その彼の様子がおかしい。
「…………」
 終始、無言。いつもなら「バッチ来い」とか言って楽しそうに守っているのだが、今日は一言も発せず守っている。いや、立っているだけという方が正しいだろうか。かかしのように立っているのだが、ところどころ思い出したかのように膝に手を置いたり、置かなかったりしている。その様子がかろうじて動く人間であることを示している。
 そして、この時間帯になると打撃投手を買って出たりするものだが、その仕草もない。
 彼の打撃投手はコントロールがよいことで一定の評価を得ているが、ボールが遅いことが何よりのネックとなり、好評までは得ていない。
(カキーン)
 そんな忠実に向かって力の無いフライが飛んで来る。
 ばたばたっと彼が動くと、「ほーりゃい」と、自分が捕る声をかけ、捕球体勢に入る……。だが、そこからくらくらと体が揺れたかと思うと、小さく「あ……」という声が彼から漏れ、見事に落球した。
 一応、グローブには当てたようだが、ボールはそのまま中にいることを拒むかのように出て行ったのだ。
「…………しゅいません」
 忠実は落とした球をすぐ拾うと、ワンテンポ遅れて籠に近くにいる妖精メイドに向かって送球した。
 総じて、動きにキレがない。
「忠実くん」
 ゲージの裏で見ていたアリスから声がかけられる。
 呼び出しを受けた彼はそれに少しとまどったが、こっちに来てという意味だと解すると、呼び出し主の元に向かってゆっくり走り出した。

 ◇

 私はその日の調子があまりよくなかった。
 体がだるいし、喉が痛くて声が出なかった。最初はちょっと無理すれば大丈夫かなと思い、体の不調を押して練習には参加した。
 しかし、打撃練習の球拾いに行こうと外野に向かった途中で、目の前が少し霞んで来るのがわかった。
「うっ……」
 その瞬間、思わず声が漏れてしまう。だが、周りでこれに気づく者はなく、一安心。
ただ、打撃練習では外野に立っているのが精一杯で、球拾いもままならなかった。イージーフライも落球してしまう始末。
「忠実くん」
 落とした球を送球してからしばらくすると、アリスさんから呼び出された。緩慢なプレーに注意が入ったのだと思っていたのだが、そうではないらしい。
 アリスさんは手招きしていた。どうやら、こっちに来いという意味らしい。
 私は途中、目眩で倒れないように気をつけながら歩を進めた。
「体調が悪いの?」
「そんな事ねーです」
「……いや、いくら何でもさっきのイージーフライの前には体がよろけてたでしょ」
「あ、あれは……」
 指摘されたとおりだったが、何とか反論を試みようとし、頭を回転させる。しかし、頭はボーっとしてしまい、何も出てこない。
 ついに、アリスさんの目の前でよろけてしまう始末である。
「ほら、調子悪いんじゃない!」
 そうこうしているうちに追加攻撃を受ける。
「あひゃ」
 情けない声を出す。というのも額に手を当てられるからだ。
「すごい熱」
「よし、平常通りですね。ペナントレースも終盤なので、燃えてくるようです」
「ほら、わけのわからない事言ってないで、早く医務室の方に行きなさい」
 アリスさんにグローブを取られてしまった。
「大丈夫ですって」
 そう言って、盗られたグローブに手を伸ばそうとするが、空を切るばかりであった。
「大人しく行きなさい。本当に大丈夫なら医務室に行ってもすぐに戻ってこられるでしょ」
 いつの間にか会話の中に紫さんが出てきた。
「……」
 私は黙ってしまう。正論だからだ。
「ね。あなたのハーレムに風邪とかを移すわけにもいかないでしょ」
「……あいあい、わがりました~」
 色々と反論してやりたいが、頭が全然働かない。適当に相槌をした私はのろのろとベンチの奥へと歩いてく……。
「付き添うわ」という紫さんの申出を断った私は、そのままペースでベンチの奥へと向かっていった。

 ◆ タートルズ・サイド

 試合前のミーティング
「……ということで、今日は忠実くんがいません」
 アリスがそう告げると、他の選手たちはざわついた。
 永琳によれば、彼は今のところ医務室で休んでいるらしい。
「このメンバーが揃っているのに、あいつだけいないっていうのも珍しいわね」
「それはあるわね」
 レミリアの発言に霊夢が同意する。そもそも、近く起きた異変において巫女や魔法使いと関わったことがあるだけの集団である。本来は一堂に会することがない面子……。そして、こうした状況下に現れた外来人の記録員。
 彼はこの奇妙集団を象徴するかのような存在であった。
 霊夢から見てレミリアの表情は伺えないが、思い切ってこう切り出してみた
「いなくて寂しい?」
「それはないわよ」
 即レスしてきた。しかし、事あるごとにネット裏に設置した映像を使って、相手投手の研究会もやっているし、試合中も投手が交代する度にスコアラーには資料を要求している。
 そんな彼がいないのだ。レミリアにとっても1試合とは言え、不安がないわけではない。
「試合中は空気並みの扱いだもんね~」
「ね~」
 妖精たちから彼の存在について評する。ただ、それぞれ選手たちが彼にお世話になっていることは周知の事実ではあるのだが、ここで暗い雰囲気にはならなかった。
「ラッ○ーマンでいうところのトップ○ン的ポジション?」
「例え自体も微妙です。幽々子様……」
 なんだか収拾がつかなくなってきたな、と魔理沙が感じていると、アリスがすっと前に出てくる。
「ほらほら、皆が彼のことを心の底から心配なのはわかったから」
 すると、ざわざわした空気が一転、『ねーよ』の大合唱に。
 アリスは、これを機にミーティングのまとめにかかる。
「伝えたいことは以上だから、彼にいなくても勝てるってことを証明してあげましょう」
「よし、死んだあいつのために今日は勝ちますか」
『おー!!!』
 アリスの後に魔理沙が気合の一言を入れて、選手たちはベンチへと向かった。
「……」
 多分、一部の者にとっては不謹慎な発言だとは思えたが、この際は何も言わなかった。逆に死んでいないからこそ、使えるネタであることは誰から見ても明らかであったからだ。
 ちなみに、試合は6-1と完勝した。狙い球を確実に打ち返し、終始、試合を優位に進めたタートルズは相手を寄せ付けなかった。文々。新聞でもこうしたスコアラー欠席とそれによってチームがより結束したことついては伝えられたが、休養を命じられた彼はその後も気付くことはなかったようである。

 ◇

(ガバッ)
 私の目が覚め、体を起こした時、寝る前までの記憶が曖昧であった。
「……」
(どうして、こんなとこで寝ているんだっけ?)
 ここは多分、球場の医務室だ。見覚えがあるから間違いない。しかし、何でこんなところに寝ているのかがわからない。
「もう何が何やら」
 ここでの思い出と言ったら、一度霊夢さんの配球について、輝夜さんに聞きに行ったことがあったくらいか。
「……さて、気を取り直して」
 今日のことを思い出してみる。
 今日は体がだるかったよな、私。それでも無理して練習のお手伝いをしていたからアリスさんにバレてしまい……。と、ここまでは問題なく思い出せた。
「そして、医務室まで運やってきて……」
 やっとの想いで着いたなと思ったところで、私は寝る直前のことを察することができた。
「ああ、だからその後は永琳さんの診察を受けて、そのままここで……」
(パサッ)
 思い出したと同時に体を動かしたので、何かの弾みで近くにあった机から紙が落ちた。それに気がついた私はベッドから離れ、その紙を拾う。
 すると……。
「おはよう。調子がどう?
 まだ悪ければ、もう1回分薬を用意しておいたから
 勝手に飲むように
               永琳」
 これで確定した。
 風邪をひいたのだ、私は。
 だから、机にあるもう一つの手紙の近くにある薬と水は、そういうことなんだな。
 私は床に落ちないもう一つの手紙を見る。
「来たぜ!
 見たぜ!
 勝ったぜ!」
「……こ、これは」
 宛名のない手紙。しかし、この筆跡には見覚えがある。
 多分、魔理沙さんからだろう。にしても、全く……。どこぞの英雄だ?
「…………」
 ツッコミを入れるも誰もいない医務室に響くだけで、かえって寂しさが増すような気がした。
「……薬でも飲むか」
 ぽつりと独り言を言っても、誰からも反応が無い。
 誰もお見舞いに来てくれないことに絶望しながら、私は薬に手を伸ばした。
 医者でさえ、こんな書置き程度か。
 全員が全員様子を観に来てほしいとは思わないが、この様子はなんだか寂しかった。

 翌日には復帰できた。
 ずっと寝ていたせいか、頭がすっきりしているし、動き自体も悪くなかった。
 健康って、本当に素晴らしい。
 ちなみに、試合前に一部の選手たちから「今日はちゃんと生きてるな」とかひどい事を言われた。
 ま、彼女たちなりの心配だと解することにした。

 
~~ここまで

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