前回:(5-4)
ここから~~
8月17日(金)(東京ドーム)
試合前のブルペン。
今日は霊夢さんの登板日である。
最近では、この時間にココ(ブルペン)にいることが当たり前だと感じてきている。何と言うか試合前における雰囲気を一番楽しめる場所のように感じるし、先発投手の球をひたすらミットに収まる音だけで確認する、そんな作業が今では面白くなってきた。
「おっけぇ」とか「よし、いいよ~」とか私の声が響く。
で、こうやって声をかけている相手は――、
「次、フォーク」
もちろん、霊夢さんである。
「よし、ここ」
私は言ってくれた球種に合わせて、投げるべきコースをミットで示す。
ちらっと、そのコースを覗いたと思ったら、すぐに投球モーションへと入った。
ボールはスットンという音が聞こえるくらい目の前で落ちていった。しかし、慌てず下に降ろしていたミットを掬い上げて、捕球してやる。
「ナイスフォーク」
意識せずとも洩れた一言。霊夢さんはこれに全く反応を返さずに、私からの返球を受け取ると、「……もう一球」とだけ口にし、すぐにモーションへと入った。
「よし、来い」
さっきと同じコースにミットを構える。
「ナイスボール」
パチンという捕球音を立てて、この球も綺麗にミットへと収まった。
すると、急に霊夢さんは「今日は調子悪いわね。あんたに捕られるようじゃ」と、言葉を漏らした。
「おいおい。……私が捕れるようになっただけだから。今日の落差は文句なし。気にするな」
すぐに反論したが、まだ納得いかないらしい。
「なんで急に捕れるようになってんのよ」
フフフ。これがレティさんのキャッチング講座の成果だ。
あの霊夢さんのフォークを捕ること。これが私の中での目標だった。他の投手のボールも受けていたが、このボールだけが捕れなかったし。
だから、レティさんにそのコツを聞き、その後の練習ではアドバイスされた点を意識しながら、捕球練習を繰り返すことで、ついに念願のフォーク捕球ができるようになったのだ。
フフン。こんなにもうまくできるようになると、少し自分の中でも悦に入ってしまう。
「次、スライダー」
「ほ~い」
返事をしてから私は外に寄った。
そして、繰り出されるボール。
ホームベースから逃げるように右へと滑っていく。このままでは外にちょっとずれそうだが、あらかじめボールゾーンからあったミットを迎えに行かせ、左から来るボール衝突させる。
(パチン)
「ナイスボール」
どうだ。これでストライクっぽく見えるだろう。
「…………」
しかし、当の本人は無口。
(…………あれ~?)
うまいキャッチングなんて、所詮自己満足ですかね~。
…………。
「うん、今日は大丈夫そうだな」
その日の試合中、ブルペンでの様子が気になった私は、折を見て霊夢さんに話しかけた。そして、その証拠も教えてやる。
「スライダーが球速132キロくらいならお前は調子がいいんだよ。それくらいだとバッターも振ってくれるし、今日もスライダーは132キロを計測している。大丈夫だ、安心しろ」
「ふ~ん」
あれ? そっけない。
しかし、その後からスライダーを投げるたびに球速表示へと顔を動かしている霊夢さんの姿がベンチから見えました。
「…………」
気にはしてくれたのね。
ま、それでも相手は強力打線の巨人。ランナーを背負うことはあった。
1死1塁の場面。
カウントは既に1ボール1ストライク。走るならこのカウントだなと思っていると、本当に3球目にランナーの脇谷がスタートを切った。だが――。
輝夜さんが捕球後の素早い送球。それが霊夢さんの頭上を越え、あっという間にセカンドベース上に届く。そこへ脇谷が砂埃を上げて滑り込んできた。
「アウト!」
審判の手があがり、スコアボードにあるアウトのランプがもう一つ灯った。盗塁失敗でツーアウト。
私も「うん。サインが変化球でも走るとわかって準備してれば、輝夜さんは刺してくれるな~」とだけ感想をこぼし、スコアブックにその記録を書き込んだ。
次の回。先頭が倒れたものの次の打者谷が粘っていた。
フォークは見逃され、ゾーンをかする球はことごとくカットされていた。
すると、4球ファールで粘った後のインコースをうまく捉えた。
「あっ…………と」
私も思わず声を出してしまうような強い打球。それが3塁線へ放たれたが、前もって線上を詰めていた藍さんがこれに逆シングルで捕球。そして、そのまま比較的余裕をもって1塁へと送球した。
谷が悔しそうに顔を上へ向けながらベースを駆け抜ける。すぐ近くにいる審判がワンテンポ遅れてアウトのコールをした。
サードゴロでツーアウト。次の打者も簡単にアウトを取り、チェンジ。
あわや1死2塁という可能性を防ぎ、見事3人で抑えたのだった。
私は結果をスコアにつけ終えた後、ふとベンチへと帰ってくる選手たちへと目を移した。
霊夢さんが満足そうにさっきのプレーで好守をみせた藍さんとハイタッチを交わし、ゆっくりとこっちに戻ってくる。
(よしよし、あの様子だと気づかれていないな。ふ~)
私は息をついた。気が付かれないようにやろうというスタンスのため、違和感を全く出さずにやるというのは神経をすり減らす。
しばらくは集計をしていたが、ある人物がゆっくりとこっちへ向かってきたので、私は声をかける。
「助かったよ」
「ま~ね」
輝夜さんだった。
「さっきは詰めといて正解だったわね」
「ええ、仮説が証明されましたね」
さて、この意味深なやり取りの秘密は先の密談に隠されている。
…………。
先の密談の続き。
「――で、具体的にはどうするの?」
輝夜さんが私に説明を求めた。
霊夢さんが登板する巨人戦の数日前。私は答えがわかったと言って、試合後の救護室を訪ねた。もちろん、近くには永琳さんもいた。
私が口を開く。
「配球の傾向がわかるのですから、配球以外でできることをやってあげましょう。盗塁阻止にポジショニングの指示などなど。リードだけが試合に出ている捕手の仕事ではないですから」
「疑問は解明できたのね」
「はい。霊夢さんが出すリード――、多分、レティさんの影響を受けていますね。ただ、これにレティさんは内外野のポジショニングの指示をしていたはずなので、こっちの方で霊夢さんがやらないであろう細かい事をやろうと」
「うまくできるの?」
「前の試合のようにリードがレティさんのものと非常に似た傾向にあるならば、こちらも次の配球やそうした狙いとかがわかるはずです。だから、それに合わせて配球以外でできることに力を注ぎましょう」
「なるほどね~。それでいいわ」
この後、内外野のポジショニング(守備シフト)の指示に、盗塁阻止もこっちでできそうだという流れになり、こっちで処理する部分の仕事を確定していった。
…………。
つまりだ、レティさんと同じような攻め方を霊夢さんが考えているならば、あの場面はインコースを攻めるだろうとわかっていたので、こっそりと藍さんにサインを送り、ライン際に寄ってもらっていたというわけだ。
「しかし、うまく嵌りすぎて怖いな~」
「分析力の勝利だね~」
「ああ。しかも、それを表舞台に立っている本人にはわからないようにやる。これぞまさに裏方仕事」
「フォフォ。越後屋、お主も悪よの~」
「お代官様程ではございませぬ」
『アハハハハハハハ』
つい二人で小芝居をやってしまう。
すると、突然「おい、お前たち!」と怒鳴られ、私たち2人は試合に集中していないと叱られた。ちなみに、その後ろでは妹紅さんがニヤニヤと笑っていた。
この回で霊夢さんは降板。後をリリーフへと委ねた。
……………………。
そして、最終回。アウトカウントも2つ重ねて、あと一人という状況まで来た。
既に観客からは「あと一球」コールが起きていた。
マウンドに霊夢さんの姿はないが、今日それまで試合を作ったおかげでタートルズの勝利は目前にまで迫っていた。
そして、輝夜さんからのサインを受け、放たれたボールはバッターという障害を無視して、そのままきれいにミットへと収まった。
三振。これでゲームセットである。
スタンドから歓声が上がり、ベンチから選手が飛び出して、グラウンドにいた選手たちを出迎えるために縦の列を作り始める。
私はいつものように最後尾に位置して、選手たち全員とハイタッチを交し終える。
そこから、「んー」と声を出しながらのんびりと伸びをし、ほぼ全員が撤収を終えた頃、元いたところからスコアブックとコーヒーカップを手に取る。そして、最後に忘れ物が無いかどうかを確認。
何も無いことを確認し、私はベンチの奥へと入っていった。
ここまで~~
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8月17日(金)(東京ドーム)
試合前のブルペン。
今日は霊夢さんの登板日である。
最近では、この時間にココ(ブルペン)にいることが当たり前だと感じてきている。何と言うか試合前における雰囲気を一番楽しめる場所のように感じるし、先発投手の球をひたすらミットに収まる音だけで確認する、そんな作業が今では面白くなってきた。
「おっけぇ」とか「よし、いいよ~」とか私の声が響く。
で、こうやって声をかけている相手は――、
「次、フォーク」
もちろん、霊夢さんである。
「よし、ここ」
私は言ってくれた球種に合わせて、投げるべきコースをミットで示す。
ちらっと、そのコースを覗いたと思ったら、すぐに投球モーションへと入った。
ボールはスットンという音が聞こえるくらい目の前で落ちていった。しかし、慌てず下に降ろしていたミットを掬い上げて、捕球してやる。
「ナイスフォーク」
意識せずとも洩れた一言。霊夢さんはこれに全く反応を返さずに、私からの返球を受け取ると、「……もう一球」とだけ口にし、すぐにモーションへと入った。
「よし、来い」
さっきと同じコースにミットを構える。
「ナイスボール」
パチンという捕球音を立てて、この球も綺麗にミットへと収まった。
すると、急に霊夢さんは「今日は調子悪いわね。あんたに捕られるようじゃ」と、言葉を漏らした。
「おいおい。……私が捕れるようになっただけだから。今日の落差は文句なし。気にするな」
すぐに反論したが、まだ納得いかないらしい。
「なんで急に捕れるようになってんのよ」
フフフ。これがレティさんのキャッチング講座の成果だ。
あの霊夢さんのフォークを捕ること。これが私の中での目標だった。他の投手のボールも受けていたが、このボールだけが捕れなかったし。
だから、レティさんにそのコツを聞き、その後の練習ではアドバイスされた点を意識しながら、捕球練習を繰り返すことで、ついに念願のフォーク捕球ができるようになったのだ。
フフン。こんなにもうまくできるようになると、少し自分の中でも悦に入ってしまう。
「次、スライダー」
「ほ~い」
返事をしてから私は外に寄った。
そして、繰り出されるボール。
ホームベースから逃げるように右へと滑っていく。このままでは外にちょっとずれそうだが、あらかじめボールゾーンからあったミットを迎えに行かせ、左から来るボール衝突させる。
(パチン)
「ナイスボール」
どうだ。これでストライクっぽく見えるだろう。
「…………」
しかし、当の本人は無口。
(…………あれ~?)
うまいキャッチングなんて、所詮自己満足ですかね~。
…………。
「うん、今日は大丈夫そうだな」
その日の試合中、ブルペンでの様子が気になった私は、折を見て霊夢さんに話しかけた。そして、その証拠も教えてやる。
「スライダーが球速132キロくらいならお前は調子がいいんだよ。それくらいだとバッターも振ってくれるし、今日もスライダーは132キロを計測している。大丈夫だ、安心しろ」
「ふ~ん」
あれ? そっけない。
しかし、その後からスライダーを投げるたびに球速表示へと顔を動かしている霊夢さんの姿がベンチから見えました。
「…………」
気にはしてくれたのね。
ま、それでも相手は強力打線の巨人。ランナーを背負うことはあった。
1死1塁の場面。
カウントは既に1ボール1ストライク。走るならこのカウントだなと思っていると、本当に3球目にランナーの脇谷がスタートを切った。だが――。
輝夜さんが捕球後の素早い送球。それが霊夢さんの頭上を越え、あっという間にセカンドベース上に届く。そこへ脇谷が砂埃を上げて滑り込んできた。
「アウト!」
審判の手があがり、スコアボードにあるアウトのランプがもう一つ灯った。盗塁失敗でツーアウト。
私も「うん。サインが変化球でも走るとわかって準備してれば、輝夜さんは刺してくれるな~」とだけ感想をこぼし、スコアブックにその記録を書き込んだ。
次の回。先頭が倒れたものの次の打者谷が粘っていた。
フォークは見逃され、ゾーンをかする球はことごとくカットされていた。
すると、4球ファールで粘った後のインコースをうまく捉えた。
「あっ…………と」
私も思わず声を出してしまうような強い打球。それが3塁線へ放たれたが、前もって線上を詰めていた藍さんがこれに逆シングルで捕球。そして、そのまま比較的余裕をもって1塁へと送球した。
谷が悔しそうに顔を上へ向けながらベースを駆け抜ける。すぐ近くにいる審判がワンテンポ遅れてアウトのコールをした。
サードゴロでツーアウト。次の打者も簡単にアウトを取り、チェンジ。
あわや1死2塁という可能性を防ぎ、見事3人で抑えたのだった。
私は結果をスコアにつけ終えた後、ふとベンチへと帰ってくる選手たちへと目を移した。
霊夢さんが満足そうにさっきのプレーで好守をみせた藍さんとハイタッチを交わし、ゆっくりとこっちに戻ってくる。
(よしよし、あの様子だと気づかれていないな。ふ~)
私は息をついた。気が付かれないようにやろうというスタンスのため、違和感を全く出さずにやるというのは神経をすり減らす。
しばらくは集計をしていたが、ある人物がゆっくりとこっちへ向かってきたので、私は声をかける。
「助かったよ」
「ま~ね」
輝夜さんだった。
「さっきは詰めといて正解だったわね」
「ええ、仮説が証明されましたね」
さて、この意味深なやり取りの秘密は先の密談に隠されている。
…………。
先の密談の続き。
「――で、具体的にはどうするの?」
輝夜さんが私に説明を求めた。
霊夢さんが登板する巨人戦の数日前。私は答えがわかったと言って、試合後の救護室を訪ねた。もちろん、近くには永琳さんもいた。
私が口を開く。
「配球の傾向がわかるのですから、配球以外でできることをやってあげましょう。盗塁阻止にポジショニングの指示などなど。リードだけが試合に出ている捕手の仕事ではないですから」
「疑問は解明できたのね」
「はい。霊夢さんが出すリード――、多分、レティさんの影響を受けていますね。ただ、これにレティさんは内外野のポジショニングの指示をしていたはずなので、こっちの方で霊夢さんがやらないであろう細かい事をやろうと」
「うまくできるの?」
「前の試合のようにリードがレティさんのものと非常に似た傾向にあるならば、こちらも次の配球やそうした狙いとかがわかるはずです。だから、それに合わせて配球以外でできることに力を注ぎましょう」
「なるほどね~。それでいいわ」
この後、内外野のポジショニング(守備シフト)の指示に、盗塁阻止もこっちでできそうだという流れになり、こっちで処理する部分の仕事を確定していった。
…………。
つまりだ、レティさんと同じような攻め方を霊夢さんが考えているならば、あの場面はインコースを攻めるだろうとわかっていたので、こっそりと藍さんにサインを送り、ライン際に寄ってもらっていたというわけだ。
「しかし、うまく嵌りすぎて怖いな~」
「分析力の勝利だね~」
「ああ。しかも、それを表舞台に立っている本人にはわからないようにやる。これぞまさに裏方仕事」
「フォフォ。越後屋、お主も悪よの~」
「お代官様程ではございませぬ」
『アハハハハハハハ』
つい二人で小芝居をやってしまう。
すると、突然「おい、お前たち!」と怒鳴られ、私たち2人は試合に集中していないと叱られた。ちなみに、その後ろでは妹紅さんがニヤニヤと笑っていた。
この回で霊夢さんは降板。後をリリーフへと委ねた。
……………………。
そして、最終回。アウトカウントも2つ重ねて、あと一人という状況まで来た。
既に観客からは「あと一球」コールが起きていた。
マウンドに霊夢さんの姿はないが、今日それまで試合を作ったおかげでタートルズの勝利は目前にまで迫っていた。
そして、輝夜さんからのサインを受け、放たれたボールはバッターという障害を無視して、そのままきれいにミットへと収まった。
三振。これでゲームセットである。
スタンドから歓声が上がり、ベンチから選手が飛び出して、グラウンドにいた選手たちを出迎えるために縦の列を作り始める。
私はいつものように最後尾に位置して、選手たち全員とハイタッチを交し終える。
そこから、「んー」と声を出しながらのんびりと伸びをし、ほぼ全員が撤収を終えた頃、元いたところからスコアブックとコーヒーカップを手に取る。そして、最後に忘れ物が無いかどうかを確認。
何も無いことを確認し、私はベンチの奥へと入っていった。
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