悲しき玩具〜吉松隆ギター組曲(福田進一・ギター)

2012年03月10日 | クラシック
優しき玩具~吉松隆ギター作品集
福田進一(ギター)
コロムビアミュージックエンタテインメント
 2009.12.13

もう1枚、吉松隆氏のを聴いてみました。こちらはギター曲。久しぶりに聴く福田進一さんのギター。2,3年前、バッハのギター曲にはまりいろいろ聴いて、その時福田進一さんもずいぶんききましたが、そちらはわりと大仰な感じがしたのですが、ここでは曲のせいもあるのかすごくリラックスしてやわらかい感じです。曲そのものが、優しい感じがするせいでしょうか。
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サイバーバード・組曲/須川展也

2012年03月10日 | クラシック
サイバーバード-サクソフォン協奏曲集
須川展也,グラズノフ,ドビュッシー,イベール,吉松隆,パリィ(デビッド),フィルハーモニア管弦楽団,小柳美奈子,山口多嘉子
EMIミュージック・ジャパン
 1996.7.10

タルカス以外の吉松隆さんの曲を聴いてみたくて購入。以前須川氏のサックスを聴いたことがあり、音色がいいなと思っていたので、これにしてみた。期待にたがわず、明るく溌剌とした、またジャズとは違ったサックスの魅力がある。曲そのものは、なにか平清盛を思わせる旋律がある。


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ピーター・バーンスタイン・カルテット/ライヴ・アット・スモールズ

2012年03月04日 | ジャズ
ライブ・アット・スモールズ(LIVE AT SMALLS)
OFF MINOR/disk union(原盤:SMALLS LIVE/US)
 
2008.12/17.18ライヴ録音

今年、辰年のお正月、ゴンチチのFMの番組で干支にちなんだドラゴンに関係のある曲の特集をやった。確かパフとか燃えよドラゴンのテーマとか、かなり!な型破りな選曲であった。そんななか「ドラゴンフライ」というギターの曲がかかり、それこそドラゴンフライが水面を目をくりくりさせて飛んでるような流れるようなギターの曲がかかった。で、車で運転中だったので、バーンスタイン、という名前を頭の中で忘れないようにして帰ってきた。で番組HPで確認すると、ピーター・バーンスタインだった。

amazonで検索したり、blog検索すると、この「ライヴ・アット・スモールズ」のがお勧めだったので購入してみた。ドラゴンフライは入ってないが、その流れるようなギターの音は期待どおりで、ここしばらく通勤の友である。

ゴンチチの世界の快適音楽セレクション


「ドラゴンフライ」が入ってるのはこの、「EARTH TONES」というアルバムだった。
EARTH TONES
CRISS CROSS


2003年1月号のジャズライフ誌のページが出てきた。筆者の常盤武彦さんのページでした。1967.9.3生まれのようだ。

バーンスタインだけで検索すると、あのクラシックの大家も出てきてしまうのだが、ピーター・バーンスタインだと矢野沙織とかジョシュア・レッドマンが出てくる。持ってるCDのジャケットが出てくるので知らずに聴いていたことか。もしかして矢野沙織もジョシュア・レッドマンもコンサートに行ってるので生で見てたりしてる可能性も。。 矢野沙織のコンサートはバックは大御所だったし、ジョシュア・レッドマンのグループに参加していたとも書いてある。
ピーター・バーンスタインでの検索結果

02
矢野沙織,ハロルド・メイバーン,ナット・リーヴス,ジョー・ファーンズワース,ピーター・バーンスタイン,エリック・アレキサンダー
コロムビアミュージックエンタテインメント


フリーダム・イン・ザ・グルーヴ
ジョシュア・レッドマン,ピーター・マーティン,ピーター・バーンスタイン,クリストファー・トーマス,ブライアン・ブレイド
ダブリューイーエー・ジャパン


ストレンジャー・イン・パラダイス
ピーター・バーンスタイン+3~フィーチャリング・ブラッド・メルドー
ヴィーナス・レコード
 ブラッド・メルドーともやっていた

アイム・オールド・ファッションド
ビル・チャーラップトリオ
ヴィーナスレコード

ビル・チャーラップトリオにも参加していた

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ピーター・バラカン音楽日記

2012年03月01日 | 音楽本
ピーター・バラカン音楽日記
ピーター バラカン
集英社インターナショナル
 2011.9.30

2002年10月号から2009年1月号まで月間プレイボーイに連載していたものに追加・再構成をしたもの。連載は終刊をもって終わりとなった。
最初プレイボーイ誌からの依頼に躊躇し、特に女性には読んでもらいにくいだろうと思ったと書いてありますが、単行本となり確かに読むことができたわけです。

NHKFMの番組が朝早くに移動してしまい、なかなか肉声がきけなくなってしまいさみしかったのですが、久しぶりにこの本をなんと図書館でみつけ思わず手に取りました。日記とあるように、ひとつひとつのタイトルはミュージシャンになっているのですが、バラカン氏がその音楽をどんな状況で聴いたか、ということが書かれているので、正に氏の生活も垣間見られる日記となっているところがおもしろいところです。・・しかし、知っているミュージシャンがあまりでてこない。TBSのテレビ番組「CBS60ミニッツ」昔のCBSドキュメントの司会を引き受けたくだり〜音楽バカで経済は素人程度しかしらないけど担当者から、あなたがミュージックビデオを紹介した後にそれについて正直な感想をコメントするのと同じように、社会問題に関するドキュメンタリー映像についての感想を話せば大丈夫です〜なんか興味深かったです。この番組は逆に時間が遅く見逃しがちですがやはり氏のコメントは興味深いのです。

バラカン氏の魅力は、そのTBSの担当者が言ったように、正直なコメントにあるのでしょう。評論というものに関しての存在位置を示しているのかとも思います。一体に評論家、コメンテイターは自分では何も実行・表現しないくせに言いたいことを言っている、と考えてしまうこともありますが、ことバラカン氏の言説に関してはそれが自分とは違う考えであったにせよなにかあたたかいものを感じます。それはきっと正直な感想、に含まれる思慮深い表現からくるのかな、と思います。興奮気味の鋭い物言いより、一歩引いた表現、というのが案外説得力があるんだ、ということでしょう。一歩引いた表現になるのは、英語が母国語の氏が日本語をしゃべるせい?もあるのかな。

ちなみに氏はどうしても肩書が必要な時は「ブロードキャスター」と名乗るそうです。これはテレビやラジオの放送媒体を通して、自己表現をして生計を立てる人(放送する人)で、決してジャーナリスト(報道関係者)ではないとのことです。

ピーター・バラカン氏のblog 氏の直接の書き込みではなくスタッフのようです。氏の出演番組のリンクあり。
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「僕の音盤青春記 Part2 1976〜1981」牧野良幸

2012年02月18日 | 音楽本
僕の音盤青春記 Part2 1976~1981 著者:牧野良幸(CDジャーナルムック)
牧野 良幸
音楽出版社
 2012.1.20

「僕の音盤青春記1971-1976」に続く第2弾。時代は1976-1981。牧野氏、大学1年から卒業後1年。牧野氏は1つ下なのでほとんど体験は同時代。時代の雰囲気はあとがきによく書かれています。「60年代から70年代にかけて活躍したアーティスト達のパワーが、ひと段落した時期で、かわりにパンクやディスコなど新しい世代の音楽が台頭してきて」「音楽の聴き方もこの時期に変わって、70年代前半のようにみんなが同じレコードを聴く事も減って、これが大人への道で、大学生ともなればヒット曲に踊らされず自分がこだわる音楽を聴くようになる。がそれを差し引いても70年代前半とは変わったような気がする」と書いてます。

これがまったく同感なのです。70年代後半は学生運動はひと段落し、キャンパスは大学によって違うでしょうが、自治会の独特の文字の立て看板はあったものの、話に聞くような運動はありませんでした。音楽に関し、高校時代と違ったのは、地方から東京へ出たせいもあって、それまではFMはNHKしか聴けなかったのが、FM東京が聴けるようになって格段に情報量が増えたことです。FM東京の邦楽・洋楽それぞれのベストテン番組は聴いていたものの、流行りの以外のジャズや特集される昔の音楽を聴くようになりました。

これまた氏の言葉と同じ、なんといっても70年代後半のトピックは自分にとってはパンクとディスコでした。70年代前半にビートルズを聞くようになって、彼らとかサイケデリックとか同時代体験してないのが悔しかったのですが、やっとパンクは出現時に体験できたのです。これは音楽はもとより、男性の髪が短くなったのが印象的です。そしてディスコ。これは映画「サタデーナイト・フィーバー」で頂点に達したのでしょうか。この映画も友人と当時銀座でロードショーで見て、そのあと入った喫茶店でいくらだったのか、食事セットが値段が高くて頼めず、隣でおいしそうに食べてるおじさんを眺めてました。三橋美智也が焼きそばのCMで”フィーバー♪”とやってた気がします。それに、なんと卒業式のあと式服のまま新宿のディスコに行き、当時の友人たちとの最後の別れとなったのでした。

・・と同世代人である私は読みながら自分の事にオーバラップさせ、どんどん回顧のるつぼにはまっていきます。

僕の音盤青春記パート2 牧野さんの公式ページ(目次があります)
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タルカス/吉松隆 

2012年01月21日 | ロック
タルカス~クラシック meets ロック
藤岡幸夫,東京フィルハーモニー交響楽団,中野翔太(ピアノ)
日本コロムビア
 2010.7.21

年末にTVを見ていたら大河ドラマ「平清盛」の予告編が流れた。ふーん、清盛ねえ、と、見ていると、なにか現代音楽風の効果音が流れ、おお、と耳惹かれ、そうしたら聴き覚えのあるメロディーが。ええ、こりゃ、ELPじゃないの。さっそくドラマのHPを見、ネットの検索で、テーマ音楽は吉松隆という人がやることが判明。そして吉松氏がタルカスのクラシックバージョンを発表しているのが分かった。近年の大河は見たり見なかったりなのだが、今回の清盛は見なきゃなるまい、と第1回目を視聴。おそらくELPは予告編のみで、ドラマはそれ専用なのだろうと思ったら、ドラマでも使われていた。で、さっそく吉松氏のタルカスをamazonより購入。現在一時的な品切れ状態のようですれすれ間に合ったようです。

この1週間、朝昼の通勤時、毎日聴いてます。片道25分かかるので1日2回聴いている状態です。はまりました。最初の出だしはマリンバで始まります。バイオリンが小刻みに刻むメロディ、太鼓とホルンと、そしてドラが。ああ、オーケストラってこんな広がりのある空間だったのか、と初めて思いました。正直今までクラシックでガツンと脳天割られるような感動をしたことはほとんどありません。ましてポップスやロックのオーケストラ演奏は気の抜けたものに感じるものが多いなか、しかしこの音の空間的な広がりは多数のバイオリンが規則正しく小刻みに刻む音によってなのかなと思う。そして第1、第3音のアクセント。これがたまらない緊張感なのだ。ロックやジャズは第2音と4音がアクセントだと思うのだが、これはリラックス感に通じるのかも。CDの解説で吉松氏は、ロックバンドと大音量や迫力で張り合って「オーケストラって凄い!」と言わせようと思った、と書いてますが、私はまんまと「オーケストラって凄い!」と思わされてしまいました。・・ただしまだタルカスだけですけど。

タルカスは火山の噴火からうまれたアルマジロと戦車の合体のような怪物が、世界(と偶像)を破壊し、マンティコア(ライオンの胴とサソリの尾をもった怪物)と戦い、勝利したものの傷ついて最後は海に帰って行く、というストーリー。このジャケットはタルカスを立体で作ってしまってあり、裏にはタルカスの後ろ姿があるのです。この後ろ姿がなんとも戦いの後の寂しさが漂い、テーマストーリーを思い浮かべると、曲の終わりの演奏がまたたまらなく余韻を残します。


右肩上がりがどことなく寂しげ

吉松氏のHPには、大河音楽制作裏話ものっており、それによると、タルカスはドラマのイメージテーマとしてそのまま使い(確かにドラマでは最初に、音楽 キース・エマーソン、グレック・レイク 編曲:吉松隆 とばーんと出てますね)効果音は別にいろいろ作るようです。

吉松隆氏のHP 「月刊クラシック音楽探偵事務所」の1/10 大河ドラマ音楽制作メモ

タルカスに惹かれて大河をみた同じような方がけっこういるようです。Shiropさんのblog

タルカスのプロデューサー岡野博行氏のblog タルカスの立体を作ったいきさつと写真あり。紙粘土製とあります。

タルカス立体を手にする吉松氏 CDジャーナル2010.6インタビュー

youtubeの題名の無い音楽会のを見ると、やっぱりあの音の迫力はティンパニーであったか。ドラム部分はティンパニーと、太鼓とドラ、シンバルの3人でやっていた。ティンパニーにはかなわんよねえ。

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ローズマリー・クルーニー/ジャズ・シンガー

2011年12月17日 | ジャズ
Jazz Singer
Sbme Special Mkts.(輸入盤)2003.6.24


名前だけは知っていましたが、初めて聞きました。ジャズ・ボーカルを聴きたくなったのは、実は少し前にマルタのコンサートで森口博子がゲストで歌うのを聴き、意外なうまさに驚いたせいかもしれましん。彼女が歌を歌うのも知らなかったし、ましてジャズを、だったのですが、彼女のおかげで、このローズマリー・クルーニーにめぐりあいました。数あるジャズシンガーの中で、彼女を選んだのは・・ ふと名前が頭に浮かび、amazonで検索したらこのアルバムが一番上にきた、というわけです。ジャケットもかっこよかったし。

で1曲目を聴くなり、その歌声に聴き惚れてしまいました。声質が気に入りました。また発音も(というほど英語はわかりませんが)よいです。でこのジャケット、美しいですが、なんと1928年生まれで、2002年に74歳で亡くなっているのですね。女優としても活躍したようです。

1曲目の It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing) 、これは森口博子もコンサートで歌ったのですが、彼女はパンチをきかせドゥワッ ドゥワッ と歌ったのですが、ローズマリーはそういう歌い方はしてないです。ちょっと検索すると、彼女は譜面に忠実に歌うタイプらしいです。ほかのも聴いてみよう。

メモ ケンタッキー州メイズヴィル生まれ。1945年に地元のラジオ局のコンテストに優勝し歌手デビューを果たす。1951年に「Come On-a My House」がビルボード・チャートで全米第1位になる大ヒットとなり、その後も「Mambo Italiano」などの世界的な大ヒット曲を連発した。その後は歌手活動だけでなくテレビドラマやバラエティーショー、映画にその活動範囲を広げた他、1999年には地元のケンタッキー州で自らの名を冠した「Rosemary Clooney Music Festival」を開催し、その後も毎年開催するなど活躍を続けた。

大阪のkmさんのRクルーニーのCD紹介ページ
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由紀さおり

2011年11月30日 | Weblog
1969
EMIミュージックジャパン
 2011.10.12発売
由紀さおり・歌 ピンク・マルティーニ・演奏

少し前に新聞のコラムで誰かが取り上げていた。今朝のニュースでインタビューを見て、なるほどと思った次第。海外の中古レコードショップでピンク・マルティーニ氏が「夜明けのスキャット」をいわばジャケ買いし、聴いてその歌声に惚れたというきっかけからしてなんとも素晴らしい偶然の出会いだ。画面ではロンドンの3000人ホールで大きい拍手の渦が映っていた。「どうして海外で受けたと思いますか?」のアナウンサーの問いに「理由はまったくわかりませんねえ。ただ、私たちが英語の歌とか外国語の曲を聴いて歌詞の内容はわからなくても、なんだかいいなあ、気持ちいいなあって感じるでしょう? そういう感覚だと思いますね」と答えていた。我々?中年の?洋楽ファンは、その由紀さおりの答えそのもの、歌詞はわからないけど、なんだかいいんだ、と感じるのがたまたま洋楽ロックポップスであったのだが、それが今逆に輸出されたということか。

歌っているのはアルバムタイトルのごとく1969年のヒット曲ということだ。昭和44年。
テレビではブルーライト・ヨコハマが流れていたが、さおり風になっていて、これもまたいい趣だった。ジャズはアレンジの妙を楽しむけど、歌謡曲はオリジナル歌手の印象がかなり強いので、他人の曲を歌っていいなあと思わせるのはけっこう至難の業である。「今はJPOPと演歌に二極化されてますが、私の立ち位置である歌謡曲が再評価されて、今の若い人たちにも、歌謡曲を聴いてもらいたいですね」と語っていた。確かに昭和40年代の歌謡曲はいい。それは自分の記憶にあるからか。今の若者は今はやりの歌を40年後に聴いて、こういう感慨に陥るのかな。


1. 私もあなたと泣いていい? (兼田みえ子) 三沢郷, 三沢郷,
2. わすれたいのに (バリー・マン)ラリー・コルバー, 奥山伸
3. 季節の足音 (ボーナス・トラック 新曲) - 秋元康, 羽場仁志
4. ブルー・ライト・ヨコハマ (いしだあゆみ) 橋本淳, 筒美京平
5. 真夜中のボサ・ノバ -(ヒデとロザンナ)橋本淳, 筒美京平
6. さらば夏の日 (フランシス・レイ)
7. パフ (PPM)
8. いいじゃないの幸せならば -(相良直美)岩谷時子, いずみたく
9. 夕月 -(黛ジュン)なかにし礼, 三木たかし
10. 夜明けのスキャット (由紀さおり) 山上路夫, いずみたく
11. マシュ・ケ・ナダ -(セルジオ・メンデス&ブラジル66
12. イズ・ザット・オール・ゼア・イズ? - ジェリー・リーバー

フランス語のさらば夏の日、以外は全部日本語だとのこと。あちらの曲も日本語化しているということか。パフはどうして?’63のヒットのようだけど。。


夜明けのスキャット(紙ジャケット仕様)
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)

「夜明けのスキャット」
ピンクさんはこのジャケットのを買ったのか? やはり昔は少し細かった?


メモリアル100曲集~由紀さおり安田祥子童謡コンサート2000回記念~
EMIミュージック・ジャパン

でも、姉妹コンビだと、私はお姉さんのクラシックの歌声の方が好き。
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ヴェルヴェット・アンダー・グラウンド

2011年05月08日 | ロック
ベスト・オブ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド


この1週間車で聴いていたのはこれ。
All Tomorrow's Parties 、What Goes On 、が特に好き。
Candy Says 、Sunday Morning も好きなのだがこれには入ってない。



Velvet Underground & Nico
1967.3.12
 
これはレコードで持っていて、ジャケットを部屋にかざっていた。

Velvet Underground
1969.3
 
これも輸入盤を持っていた。


All Tomorrow's Parties は実は最初にいいな、と思ったのはこのジャパンのアルバムでだった。ジャパンのこれは発売と同時に買っているが、ヴェルヴェットのばななを買ったのはいつだったか。78年あたりか。
Quiet Life
1979
 
カヴァーすると原曲よりは装飾が多くなるか。でもどちらもいい。
しかし1967年といえば今から44年前ですよ。
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ミック・カーン

2011年01月05日 | 70年代±


ミック・カーンが亡くなった。たまたま4時近く、ヤフーのトップ画面を見たら出ていた。ふぁ〜っ 記事全文を見る。肺がんだったのか。記事の下にはコメントがその時点なんと160位。わずか2時間でこんなに・・ しかもみんなミックのベースはかっこよかったと言っている。ジャパンのファンはやはりたくさんいたんだ、と驚いて嬉しくなった。

この「音楽専科」の増刊は、奥付を見ると1978年12月20日が第1刷、79年3月31日が第2刷とある。ということは4月に入って買ったのか? なんだか3月6日のコンサートを見てすぐ買った気もするのだが・・ もう30年以上も前なんだなあ。デビッド・シルビアンのあの見た目に反するしわがれてるけど細くはない声、スティーブのドラム、そしてミックのベース、といいたいところだが私はベースよりたまに吹くホーンの方が印象に残っている。リチャード・バルビエリにロブ・ディーン、メンバー全員の名前を覚えている最後のバンドだ。

永らくどこかに行ってしまったと思っていたがちゃんと本棚に残っていた。メンバー5人の手形とか、それぞれへのインタビュー、たくさんの写真が満載で、きっと買った当時は見てうっとりしていたに違いない。

ミックには「どうして赤なんですか?」の問いに「最初、赤に染めるには何か理由があったはずだけど、今は忘れてしまったよ」「何故この色に染めてるのか、自分でもよく分からないんだ。とにかく自分の感情にあってる色じゃないかと思うんだ」「本当の髪の色は黒だよ」と言っている。生まれはギリシャの近くにある島で家族でイギリスに渡ってきた、と答えている。映画が好きでアイドルはジェームス・ギャグニーだったということだ。

なにか静かな終りといったところか。青春の1ページがまた消えていくなあ。

ジャパン 拙HP musicwaveのページ。

このblogでジャパンの記事
苦悩の旋律 2004年10月 画像付き再発CDを買った
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