【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ8-34 「Von der Jugend」

2007-05-15 | その他佐々木×キョン

34 :Von der Jugend (1):2007/05/15(火) 21:37:23 ID:s/u6LPHY
「今度の週末、一緒にコンサートに付き合ってくれないかな」
そう連絡をよこしてきたのは、佐々木だった。

断る理由は大してなかった。この春、高校に進んでからというもの、俺は部活に励
むでもなく、悪友であるところの谷口や国木田と毎度つるんでは、平々凡々たる学
生的モラトリアムを謳歌していた。週末ともなれば、たまに「お前今ヒマ?」など
と谷口からメールが飛んできて、奴のナンパに付き合わされたりという具合である。
俺のカレンダーに特記すべきアポイントなど、どこにもあるはずはなく、絶賛ガラ
空き中である。仮にあっても、谷口の方は断ってしまえばよろしい。すると「お前
はいいよな。佐々木さんがいるから」と言って奴が口を尖らすのも、これまた規定
事項ではあるのだが。

中学を卒業して、俺と佐々木とは別々の高校に通うことになったが、結局のところ
微妙に付き合いは続いていた。もちろん、恋人同士などというような間柄ではなか
ったが、説明が面倒なので、付き合っているのかどうかなどと問われれば、否定は
しなかった。異性間の友情などありえないとする谷口説に対しては、この俺の存在
こそが反証だと言うに留めた。

一方の佐々木はと言えば、いい加減五月も半ばだと言うのに、未だに自分のクラス
に打ち解けることができないらしい。相手の性別によって一人称を変えたり、やた
ら難解な言い回しをしてみたり、恋愛など一種の病気だと公言して憚らなかったり
(従って俺もやはり「親友」なのである)、にもかかわらず俺みたいな他校の生徒
と付き合っていたり、というわけで、恐らくクラスにおける佐々木の評価は中学の
頃と同様「変な女」というところで落ち着いているのだろうと思われる。

さて前置きが長くなったが、何の話だっけ? ああそう、コンサートのお誘いだっ
た。そのようなわけで次の週末に予定を入れるのは何の問題もなかったが、いかん
せん資金なら有り余るほど無い、と述べると、心配するな、チケットは既に取って
ある、とのことである。ただしそれがクラシックのコンサートだと聞くと、俺は少々
尻込みせざるをえない。佐々木の趣味から考えれば、それが当然の選択であること
に疑いを挟む余地はなかったが、俺にはコンサートの最後まで起きていられる自信
が毛ほどもない。それでも、佐々木の手許に既に二枚のチケットが存在している現
状を鑑みるに、断る言葉も思いつかなかった。仕方がない、俺は恥をかきに行くと
するか。

ライムグリーンのカーディガンに白のフレアスカート、といういかにも春らしいい
でたちで駅前に現れた佐々木は、黙っていれば普通以上にかわいらしい女子と言え
る。一度顔を合わせた谷口による謎の格付けにおいても、これは保証済みだ。あと
で物影に引っ張り込まれて、絞め殺されそうになったぐらいだからな。しかしこの
女は演奏会場の最寄り駅に到着するや「景気づけに一杯やりに行くよ」と高校生ら
しからぬことを言い出すと、俺を喫茶店に連れ込みエスプレッソのブラックを強要
してきた。さてはどうあっても俺を寝かせないつもりらしい。

「今日のプログラムは僕の大好きな曲だからね。なかなかライブでは聴けない貴重
な演奏だし」

その後、どうにも場違いな所に来てしまった、という表情をついに変える事ができ
ないまま、俺は佐々木と共に、コンサートホールの偉容に包まれた。お年寄りから
俺の妹みたいなのまで、よくぞこれほどの物好きがこの世に存在したものだ、と感
心せざるをえないほどの満席で、佐々木の顔も少し上気して見える。「この席安く
はなかったんだよ?」と喉の奥で笑いながら、一階中央前寄りの席に向かう。なら
ばありがたく拝聴しようではないか。


35 :Von der Jugend (2):2007/05/15(火) 21:40:55 ID:s/u6LPHY
「少し変わった曲でね。交響曲だが男女の声楽を伴う。歌詞はドイツ語だが、元の
テキストは李白らの中国の詩なんだ」

それのどこが変わり者なのか、クラシック音楽の知識の乏しい俺にはもちろん全く
もってわからないのだが、この変わり者の佐々木が言うほどだからよほどの変わり
者に相違あるまい。

「国語は不得意で、漢文はさらに不得手だ。そもそも日本語ではないからな。それ
に、ドイツ語なんかで歌われても、英語すら覚束ない俺にはわからんぜ?」
「心配しなさんなって。プログラムノートに解説と対訳があるだろう」

入り口でやたら大量のチラシの束を渡されて、何だこれはと思っていたところ、一
番上の小冊子が本日のお品書きだった。そうこうするうちに場内に鐘の音がして、
客席が静まりかえると、左右の扉からオーケストラの登場。音合わせが終わると、
やがて指揮者が現れて、初めて客席から拍手が起こる。このあたりの作法は、小学
校の授業でオーケストラ教室というのを見に行ったときに仕込まれたので何となく
わかる。要は周囲に合わせるという事だ、と俺は理解している。

一瞬、これまでに聴いたことのないような静寂が訪れたあと、突然の角笛のような
雄叫びで演奏が始まった。度肝を抜く序盤が過ぎると、男の歌手が朗々と歌い始め
る。ちょっと顔が怖いのだが、その顔は俺を笑わせようとしてるのか、あんた。さ
らに解説によれば、これは飲んだくれの歌なのである。まあまあ割と、面白いんじ
ゃないか? その次の曲では女の歌手が歌い、やや物憂げである。その後は男と女
の歌手が交互に、青春を謳歌したり、少女たちが池のまわりで踊ったり、やはり飲
んだくれたり、というような歌を歌う。右隣の佐々木を見ると、何やら眼を輝かせ
ており非常に楽しそうだ。一体何がそこまで楽しいのか俺には量りかねるものがあ
るが、この横顔を見られるのなら、それはそれでいいではないかという気がしてく
る。いつの間にか、佐々木の左手は俺の右手につながれていた。

最後の楽章で様相が一変した。だし抜けにこの世の終わりみたいな寂しげなメロデ
ィーが鳴ったあと、アルトが歌いだしたのは今生のお別れの歌である。しかもこの
曲だけやけに長い。十分程過ぎたあたりからか、さすがに耐えられなくなって、俺
は睡魔に負けを認めた。次の瞬間、満場の拍手で俺は目を覚ました。横の佐々木は
心底満足そうにステージに拍手を送っている。

「まあ概ね予想はしていたけど、いびきをかかれないで良かったよ」

終演後に立ち寄ったレストランで、やはり佐々木は喉の奥で笑った。だが気分を害
したわけではなさそうなので、俺としては安堵する。

「なあ、何であの曲なんだ?」
「そうだね…何というか、僕には人の一生の縮図のように思えるんだよね。飲んだ
くれたり、物憂げだったり、青春を謳歌したり、池のまわりで踊ったり、やはり飲
んだくれたり、という。まあイメージは古典的だけど、ともかくも世界は美しい、
という感じかな。でも最後には、友達との別れが来てしまう。ちょうど、キミが寝
てしまったところだけどね」

――友よ、君が居れば、この美しい夕焼けを一緒に味わいたいと望むのだが
――君はどこにいるのか? 僕はここで、ひとり待つ

――友は憂いに満ちた声で答える。この世に幸せはなかったと

「ともあれ大地に再び春は来て、世界は産み直される。新しく産まれた別の世界に
も、飲んだくれたり池のまわりで踊ったりがあるだろ、っていうね」

ふーん。深遠だね。まあ俺としては、世界がどうとかよりも、そうやって楽しげに
語るお前の顔を眺めているだけで満足なんだけど。


36 :Von der Jugend (3):2007/05/15(火) 21:42:30 ID:s/u6LPHY
「あ、そういえば。こないだ面白い夢を見たんだ。キミが高校で、わけのわからな
い同好会作りに巻き込まれるっていう。メンバーの正体はいずれも、宇宙人だった
り未来人だったり超能力者だったりで、その中心人物がこれまた常軌を逸した女の
子で」
「これまたお前にしては、随分とファンタジックじゃないか」
「僕も驚いたんだよ!それで、僕の学校では誰にも打ち明けられないから、キミに
話すのを楽しみにしていたんだ。ねえ、これってどう思う? どうもその常軌を逸
した女の子にフォーカスが当たっていたから、彼女は僕の投影じゃないかなと思う
んだけどね。しかしまるで性格は正反対なんだ」

まあ、お前の夢の世界のことまで、俺にはわからん。そっちの世界も楽しいとは思
うけどね。現状に比べれば大変な差だ。宇宙人、未来人、超能力者とな。とても俺
の身が持つとは思えんが。

「面白いから夢日記をつけてみたんだが、それをベースに、そのうち面白い話が書
けるかもしれないね」

そろそろ時間がやばいということで、俺たちは夜の家路を行くことにした。佐々木
は非常に機嫌が良いらしく、笑みを湛え、分かれ道まで手をつないで帰ろうと言い
出した。無論、その提案に俺も異存はなかった。終始ご機嫌だった佐々木は、つい
には

「友よ、再び逢わん!」

と言うが早いか俺の唇を奪ってから、きゃー、とか言いながらそのまま走り去って
しまった。

…いくらなんでもハイ過ぎるんじゃねえの?

ともあれ家に着くまでニヤニヤ笑いが治まらぬ俺であった。


93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 06:09:27 ID:FaZVOhj2
>>35

「第3楽章のVon der Jugend「青春について」にはこんな一節があるんだ。

小さな池のその中には、緑と白の陶土でできた円亭
(略)
その小屋に友と集い、着飾り、酒を酌み交わし、語り合い、また詩を綴る者もあり
(略)
池の水面には、円亭にある全てが、逆さまに映し出されている

僕は、この詩には、鏡の向こうにもうひとつの世界がある
というようなイメージがあるんだよね。
それが李白の正しい解釈かはわからないけど。
ちなみに、この「陶土でできた円亭」というのは誤訳で
原文は「陶氏の家」が正しいんだよ。くっくっ」
「ところで今日のお前のその、緑と白の服ってのは偶然か?」
「あれ?気づかなかった。偶然だよ!多分ね」