時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百二十八)

2010-10-02 05:55:52 | 蒲殿春秋
頼朝は広元の顔をみてまだ不思議そうな顔をしている。
「池大納言殿や一条殿は何もわしが推挙しなくても院が直々に官位の沙汰をなさるであろうに・・・」

池大納言即ち平頼盛、そして頼朝の義兄一条能保は前年に院の密命を受けて頼朝の上洛を促しに東国へ下った。
そして、数ヵ月後頼朝は軍を上洛させて木曽義仲を滅亡させた。
このこの頼朝と院の間をうまく折衝していたのが頼盛と能保である。
彼等の功績は院ー後白河法皇がご存知のはずで、かならずや院は彼等の賞するであろうことは目に見えている。

「だからこそです。だからこそ鎌倉殿が院にあの方々の官位のことを申し上げるのです。」
「?」
広元の言葉に頼朝は未だに不思議そうな表情を崩さない。

広元の言うことは次の通りであった。
頼朝が平頼盛や一条能保の官位の申し入れをしなくても院はかならず彼等に何らかの官位を与えるであろう。
だが、頼朝が彼等の官位の申入れをしても院は官位を与える。
ならば、頼朝が彼等の官位の斡旋をするような文面を書くべきである。
頼朝がこの一文を加えることによって頼朝が彼等の任官に手を差し伸べたかのような印象を世の人々は持つようになる。
特に頼朝が彼より上位の大納言平頼盛の官位の復活に尽力したというように見られるのは大きい。
そのような印象によって頼朝の権勢が強いものと人々は思い込む。

「なるほどな。」
頼朝はやっと納得した顔をした。
「だが、院はどのように思し召すか・・・」
不安そうな顔をする頼朝に広元は表情一つ変えずに言葉を出す。
「今回は鎌倉殿のお望みは全て叶うはずです。何しろ今院が頼りにできる武門は鎌倉殿お一人のみ。
西海に平家がまだいる限り鎌倉殿を無下にできぬはずです。
院がどのようの思し召されようと今鎌倉殿が気になさることはありませぬ。また院のご意向に沿うことなれば院もさほど気にされないでしょう。」

長年都で過ごした広元のこの言葉は説得力があった。
その広元を頼朝は頼もしげに見つめた。
翌日広元が作成した文書は都へと運ばれていった。
文書の内容はもちろん頼朝の三ヶ国の知行国申請。それに加えて大江広元が進言した内容も盛り込まれていた。


前回へ 目次へ 次回へ にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ


最新の画像もっと見る

コメントを投稿