時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百五十六)

2009-02-16 19:46:08 | 蒲殿春秋
院使中原康貞は鎌倉へ向かった。
年貢の納入を確約した頼朝に対して東海・東山・北陸諸国の沙汰を任せる宣旨を出すように取り計らわれた後白河法皇。
しかしその法皇のお心のうちにある不満が残っていた。
それは、頼朝の上洛がなされないということである。
康貞の鎌倉下向に先立って頼朝の使いが到着し、
『奥州藤原氏と常陸の佐竹氏の動向が不安であること、ならびに大軍を率いての上洛は兵糧の確保が難しいということで頼朝は上洛できない』
との知らせをもたらしたのである。

法皇は北陸宮擁立の件と都の治安を守りきれない義仲に不快の念を持っておられる。
平家を敵視する以上義仲に対抗するには頼朝の勢力をあてにするしかない。
しかも、ここのところ西国において平家が勢力をもりかえしつつあるという情報が入ってきている。
義仲でその平家に対抗しきれるかという御不安もあられた。

義仲を嫌い、平家を恐れる法皇は頼朝の上洛を強く望まれるようになっている。
今すぐ上洛できずとも何としても頼朝を手元に引き付けておきたい
そのように強く願われるようになっておられた。

中原康貞を頼朝の奏上に対する回答の使者として送ったものの、
また別のそれも大物を使者に送り、重ねて頼朝への接近をねらいあわよくば上洛させたいと願うようになられていた。

思案する法皇の頭にある人物の名が思い浮かぶ。
異母妹八条院に長年仕えているあの男。
彼に頼朝と交渉させ、交渉の結果法皇にとって有利な条件を引き出すことができれば復権させてやってもよい。
平家一門ということで今は解官されてはいるが、彼自身も復権を願っているはずである。
そして彼の復権は広大な荘園を所有し、隠然たる勢力を保持している後白河法皇の異母妹八条院にも恩を売ることにも繋がるであろう。
そして彼を送りつけられる源頼朝も彼に対して疎略な扱いをできないはずである。

彼の名は前大納言平頼盛。
平清盛の異母弟であるが、今回の平家一門の都落ちには同道せず八条院を通じ法皇に帰順を願って投降してきた男である。
現在は官職を取り上げられ都の片隅でつつましく過ごしている。
その彼に復権の機会を与えてやるのである。
頼盛の母は平忠盛の正室であった藤原宗子ー池禅尼として知られる女性である。
池禅尼は平治の乱に敗れて捕えられた源頼朝の助命活動をした人物である。
本来ならば死罪になるはずだった頼朝が命を奪われずに済んだのは彼女の働きが大きい。
その池禅尼に対しては頼朝は強い恩義を感じている。
その息子である頼盛に対して頼朝は決して疎略な扱いはできないはずであるし、その恩人の子の語る言葉は常人が語るそれよりも頼朝に重く響くであろう。

法皇は頼盛に御前に上がるよう密かにお命じになられた。

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