時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

佐々木兄弟に関するたわごと

2012-02-08 23:36:18 | 源平時代に関するたわごと
久々の更新になります。

頼朝の挙兵以来、いや流刑時代からの功臣ともいえる佐々木兄弟についてです。
平治の乱に敗れた義朝に従った為に近江の領地没収の憂き目に遭い相模国渋谷重国の元に身を寄せた佐々木秀義には五人の息子がいました。

長男 定綱
次男 経高
三男 盛綱
四男 高綱
五男 義清

です。

彼等は異母兄弟です。

定綱、盛綱、高綱ー母 源為義娘
経高ーーーーーーー母 宇都宮氏
義清ーーーーーーー母 渋谷重国娘

と系図ではなっているようです。

ただこの系図通りの母親だったとすると「変だな?」と思うところがあります。

それは、為義娘が母とされる三人の名前から感じています。

三人に共通する字は「綱」です。
で、この「綱」という字は宇都宮氏に多く使われている字なのです。

八田宗綱ー宇都宮朝綱ー成綱ー頼綱

と代々宇都宮氏は「綱」という字を使用しています。

一方、宇都宮氏の娘を母としているはずの経高は「綱」という文字を使用していません。

また、頼朝の挙兵の頃長男定綱は宇都宮にいて経高は相模国にいたようです。
そう考えると定綱の方が経高より宇都宮氏に縁が近かったような気がします。


そのように考えると実は為義娘を母とされる定綱、盛綱、高綱三兄弟の方が実は宇都宮氏に近い人が母方だったんじゃないかな、と最近妄想しております。

ここに書いたことはあくまでも妄想です。


すいません。まだ小説の更新遅れてます。

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