時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百)

2009-07-23 06:03:47 | 蒲殿春秋
一方退出した範頼はある種の気分の高揚を感じていた。
兄から託された軍に加わる武将達の一覧が記された書状がやけに重い。
その書状を開いてみる。
よく見知ったものもいれば、顔を全く知らぬものもある。
この武将たちが範頼、そして義経の軍に従うのである。
書状を見つめているうちに範頼の心の中にある重苦しさが入り込んできた。

高まる気持ちと少しの心の重さを背負って馬に乗り我が家へと向かう。

館に戻ると出たときと様子が違う。
どこかにざわついたものがある。

愛馬をつなごうとして厩に向かうと、そこに異変があった。
いつも愛馬をつないでいる場所にすでに堂々たる栗毛の馬がつながれていた。
そしてその隣には、見事な毛並みの葦毛の馬。
さらにその奥にもう一頭つながれている。
これらの馬は奥州でもめったにお目にかかれないほどの逸物である。
下人がわななきながら馬の世話をしている。

母屋に戻ると郎党たちや侍女たちが興奮した様子で
「お帰りなさいませ。おめでとうございます。」
と挨拶をする。

奥に入ると、寝殿の中央に甲冑が飾られていた。
見事な鍬方がしつらえられた兜。
そして札がしっかりしている紫裾の鎧。
さらに、その隣には黄金作りの太刀が置かれている。

このように見事な甲冑を今まで見たことがない。

甲冑の隣には舅の安達盛長と妻の瑠璃が控えていた。

「婿殿、此度のご出陣おめでたく存知まする。」
そういって迎え入れた舅に対して範頼は呆然としながら礼を返す。
「これらの出陣に必要なものの支度は全て鎌倉殿の志でございます。ごらんなさいませ。見事なものですぞ。数万の軍を率いる大将軍にふさわしき逸品ばかりでございます。」
そう言って、錦の直垂を範頼に差し出す。

範頼は呆気に取られたという体でその錦の直垂を受け取り、まるで他人事のように自分が身にまとうことになる見事な甲冑を見つめていた。

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