時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(百八十四)

2007-10-12 05:31:40 | 蒲殿春秋
範頼が鎌倉で兄弟たちと再会している間にも歴史は着々と進んでいた。
頼朝は以前から後白河法皇に密書を送り続けていた。
以仁王は実は生存しているという虚報は既に通用しなくなっている。
頼朝は自らが坂東の頂点に立ってその地に住む人々従えるためには
「以仁王の令旨」以外の「依ってたつべき権威」が必要となってきた。
まだこの頃は「河内源氏」というものは、代々都の武士で東国に在住する者より上位の官位を占めていたという「貴種性」は
あるののの、それを根拠に坂東のものたちを従えるほどの権威は有していない。

実力で「権力」というものは獲得できるが
「権力」を安定させるには「権威」というものが必要となる。

頼朝の坂東支配が正当であることを保証する「権威」を与えることができる唯一の存在は「朝廷」である。
それゆえに「皇位継承者」を自任した「以仁王」の「令旨」という存在が無ければ
頼朝は挙兵することができなかったのである。
「以仁王の令旨」の拡大解釈で頼朝は南坂東を支配している。
決して「河内源氏の一員」という権威で坂東の人々を従えていたわけではないのである。
その権威の源泉「以仁王の令旨」は効力を失いつつある。

現在「朝廷」は安徳天皇、後白河法皇、摂政基通の三者で
皇位の正当性を構成している。
安徳天皇は「皇位」そのものにあり
かつて「皇位」にあった父系の祖父である「院」後白河法皇が安徳天皇の
皇位を「保証」する。
そして、摂政基通が安徳天皇の政務を「代行」する。
という構成である。
三者にうち誰かが欠けたならば安徳天皇の「皇位の正当性」は失われる。

その三者のうち「安徳天皇」はその母は平清盛の娘で
平家に依拠して皇位にいる。
摂政基通は清盛の娘婿である。
この二者は平家の分身ともいうべき存在で平家と切り離すことができない。

しかし後白河法皇は違う。
寵妃建春門院薨去の後は平家とは一線を画し
「治承三年の政変」では平清盛に幽閉され院政を停止されるという事態にまで追い込まれた。
しかし、後白河法皇に変わって「院政」をとっていた高倉上皇の崩御
という不測の事態があったため
やむを得ず後白河法皇が再び院政を執るということになっていたのである。
後白河法皇と平家の間には深い溝がある。
もちろん平家にかなり干渉をうけている状態で「院政」はしかれているのではあるが・・・

その平家も平清盛の死去、相次ぐ兵乱を抑えきれないことことなどから
政局担当者としての信を失いつつある。
そこに後白河法皇の院の権威権力再生の萌芽は芽生えつつある。

この動きは新たなる「権威」を模索していた頼朝にとっては非常に幸運なことであった。

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