時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百九十八)

2010-07-05 05:38:40 | 蒲殿春秋
時政は明らかに動揺している。
その時政の動揺を頼朝は見逃さなかった。
「いかがなされましたかな?舅殿。」
「い、いや。」
時政は必死に動揺を隠す。
頼朝は言葉を続ける。
「私の御台は永遠に現在の御台ただ一人。ということは即ち万寿が我が嫡子、その外戚たる舅殿は私の大切な身内ということになります。」
その言葉に対して時政は声も出ない。

「しかし、困ったことがあります。
舅殿は一昨年以来伊豆の本領に引きこもったきり。
何か良からぬ事を企んでいるのではないかと私に申すものもおりまする。」

頼朝は舅をじっと見据える。
「しかも悪いことに、鎌倉には一向に顔も出さぬくせに駿府には頻繁に足を運ぶとの噂もござる。」
これは噂ではなく事実である。

「舅殿は鎌倉殿の舅御であり、御嫡子の祖父君であられるにも関わらず、甲斐の人々の家人のようなお振る舞いをされているとも言われておりまする。」
これも事実である。

「舅殿、ここではっきりさせていただきたい。
私は東山道、東海道の沙汰を朝廷より任されてものでございまする。
甲斐、駿河、遠江が誰が支配なされようがこの朝廷よりいただいたこの宣旨は不変のものでございまする。
即ち甲斐の人々も我が支配下に有るべき者達ということになるのです。
そして此度私が遣わした軍勢が義仲を討ち、平家を追い落としました。朝廷の覚えがめでたいのは甲斐の人々と私のどちらだと思いますか?
あなたは東山道東海道の沙汰を任されている鎌倉殿の舅なのです。
その舅が我鎌倉殿の配下にあるべき甲斐の者達に対してその家人であるかのようなお振る舞いをなされるということは鎌倉殿である私、ひいてはあなたの孫である万寿の体面を傷つけることになるのです。」
頼朝は時政に対して冷たい視線を投げかける。
時は旧暦三月、夜でも汗ばむこともあるこの季節に時政はまるで真冬の川の中に放り込まれた心地に襲われている。

「舅殿、今後は甲斐や駿府に居座る方々とのご交際は今後一切ご遠慮いただきたい。
この後私の舅、私の子の祖父君としてのお立場を大切になされるならば・・・」
頼朝はそれだけ言うと時政を冷たい視線で見つめ、やがてその場を静かに立ち去った。

去り行く婿を時政はこわごわと見送った。

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