時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百八十七)

2010-06-12 06:16:22 | 蒲殿春秋
武蔵国は頼朝が支配下におさめつつある南坂東の要の国である。武蔵国を頼朝がしっかり抑えなければ彼の坂東の基盤は瓦解する。
そこに一条忠頼が武蔵守として乗り込んできたらどうなるのか。
武蔵国の御家人に対する忠頼の影響力は増す。忠頼が頼朝に臣従を誓う門葉御家人ならばなんら問題はないが、彼は挙兵以来頼朝と同格の武家棟梁であり続けていた。
しかも土肥実平の報告によると、頼朝代官の範頼に容易に従おうとはしていないようだ。つまり頼朝の下に付くことを快く思ってはいないということである。

そのような男が武蔵守になったらどのような事態を引き起こすだろうか。
武蔵国の住人は頼朝の御家人でありながらも甲斐源氏の人々とも主従関係を結んでいるものも少なくない。
忠頼の武蔵守任官によって武蔵国は、朝廷から東国の沙汰を任された源頼朝と武蔵守護源忠頼(一条忠頼)という同格の武家棟梁二者の支配を同時に受けることになる。

━━ 坂東に武家の棟梁は二人は要らない。

武家の棟梁並立はやがて坂東に深刻な分裂を引き起こすだろう。
同格の武家棟梁が同じ地域に存在するということは、かつて頼朝の父義朝と義仲の父義賢が坂東で争った事態の再現を招く。坂東の諸豪族が自分にとって都合の良い「貴種」を夫々に推戴した結果でもあった。坂東の者は自分にとって都合がいい者をいつでも貴種として持ち上げる。貴種もそれに応じてきた歴史もある。
ゆえに坂東における無用の争いを避けるためには、頼朝と並び立つものが坂東の地にあってはならないのである。
頼朝の支配下にある有力御家人を快く思わないもの、もしくは頼朝が下した訴訟の裁定に従いたくないものは彼の同格のものの下に走る。頼朝がいかに慎重に丁寧に坂東の人々の人心収集に努めようとしても、である。
それはやがて同格の武家棟梁同士の争いに発展し、それを担いだ人々の果てしない泥沼の戦いを招く。

それを防ぐべく頼朝は挙兵以降何年もかけて頼朝に従わない武家棟梁たちを臣従させるか、臣従しないものを討ちあるいは追放させることに努力してきた。
常陸国の志田義広、上野国新田義重、そして木曽義仲など。

そして、頼朝は朝廷から東海、東山の沙汰をする権利を認められた。実力的にも南坂東は頼朝の影響力がもっとも強い地域となった。

坂東に複数の武家棟梁は要らない。

その方針を実行して多くの犠牲を払いながらやって得られようとしている坂東の安定。
それが一条忠頼の任官によって再び崩されようとしている。

━━ 一条忠頼は討ち滅ぼさねばならぬ。

しかし、忠頼だけを討ち滅ぼすことはできない。彼は甲斐源氏総帥武田信義の嫡子である。
彼を倒すということは、挙兵以降一貫して協調路線を歩んできた甲斐源氏を敵に回さねばならないのである。

その甲斐源氏は侮りがたい勢力を甲斐、信濃、そして東海諸国に張り巡らせている。

一条忠頼を倒すということは、甲斐源氏を屈服させること。
容易ならざることをせねばならないことを頼朝は覚悟した。

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