時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百十九)

2009-10-07 23:10:43 | 蒲殿春秋
義経は宇治川へ進む道中、足の速い者達を先に走らせた。
その先触れのものたちは宇治川沿いに住む人家へと進む。
彼等は口々に叫ぶ。
「今からこのあたりの家々を焼く。家財をもってはやく逃げろ。」
健康な若年者や壮年者たちは身の回りのものだけを持って早々に家を飛び出した。
それを見た使者たちは手にもった松明を次々と家々に放り込み後方に下がる。
このとき、足腰の悪いもの、病人、老人たちは逃げ遅れ家と共に生きたまま焼かれた。
そして家に残された大切な家財道具一切も。

宇治に陣を敷いている木曽勢は、宇治川の対岸が赤い炎につつまれたのを目にした。
その炎の勢いが静まると木曽勢は、煙がくすぶる中続々と武装した集団が現れるのを目にした。
かれらは白旗をなびかせていた。
その白旗は木曽勢が掲げているものではない。
鎌倉勢が掲げる白旗だった。
宇治川を挟んだ対岸には、源義経率いる鎌倉勢がほぼ横一列に並んでいた。

一方鎌倉勢のほうである。
こちらでは義経が矢継ぎ早に指示を出していた。
「水練に巧みなものは河に入り、綱を切って杭を抜け。
水にもぐったものが矢に射掛けられぬよう橋桁から対岸に近づき敵の射撃を阻止せよ。」
その指示に従い、水練に巧みなものが甲冑を脱ぎ半裸になり刃物を携えて河の中に飛び込む。
ほぼ同時に弓をもった者たちが弓矢を携え橋桁を渡る。
宇治川にかかる既に落とされていたが、橋桁はまだ残されていた。

敵が綱を切ろうとしていることに気が付いた木曽勢は川の水面に向かって矢を射掛けようとした。
だがその矢を射る前に射手たちは橋桁からくる矢に当たり次々と倒れる。
弓を番える都度敵がいる橋桁から矢が飛んできて、河に向かって矢を射ることができない。
やがて川の表面にはずたずたに切り裂かれた綱や引き抜かれた杭が浮かび上がり
豊富な水量を誇る宇治川はその浮遊したものを一気に下流に送り出した。
その様子を義経はにわかに設えた高やぐらからじっと見つめていた。

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