時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

富士川の戦いが行なわれたのは何月何日か?②

2007-03-30 22:56:30 | 蒲殿春秋解説
さて、「富士川の戦い」の日程の考察に使用した史料に
「玉葉」「吾妻鏡」「延慶本平家物語」を挙げましたが
このなかでどの史料に信を置くべきなのでしょうか?

まず、その記事(追討使の富士川からの撤退)が書かれたのはいつかということで「時間軸」という点で
検証してみたいと思います。

「玉葉」
  治承4年11月5日条に記載
  日記という性格を考えるとその当日(11/5)頃に記されたと見るべき
「吾妻鏡」
  鎌倉中期以降の編纂物
「延慶本平家物語」
  元ネタはもう少し前と推察されるが、「延慶本」自体は鎌倉後期以降に成立

時系列で考えると
「玉葉」がもっとも合戦に一番近い時期に書かれたものと思われすので
一番信頼を置くべきかと思われます。

さて、次に「信頼性」を損なうものに関する考察です。
「玉葉」
  著者九条兼実(当時右大臣)は都にいて合戦の内容は「伝聞」
「吾妻鏡」
  後世の編纂物であるから、鎌倉政権にとって都合が良いように
  曲筆されている可能性がある。
「延慶本平家物語」
  フィクションである部分が多分に含まれる。

この考察においても
「玉葉」には「伝聞」の不利さはあってもやはり一番の信頼を置くべき史料なのではないのか
と考えられます。
(「吾妻鏡」に関しましては後ほど他のことも含めて詳述したいと存じます)

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