2013年9月1日(日)(5歳5か月)
合宿2日目は午前中いっぱいプログラムがあるのだけども、
僕たちは朝一番に合宿所を後にした。
なぜなら、今日の午後から関西ヒッポの交流報告会がある
からだ。
この夏に海外ホームステイに行ってきたこどもたちが体験を
報告してくれる会だ。
りえがアメリカ交流に行ってきているから参加しないと、という
わけで合宿も惜しいけど関西に帰る。
交流報告会も終わり、家に帰ってからの春奈はやたら饒舌
だった。
広島合宿での体験を僕たち家族にいっぱい話す。
合宿で知り合った同年代の子や小学生の子とこんなことをした、
あんなことを話した、など。
今日の交流報告会の感想は何も言わない・・・。
まあ、いいか。
合宿が楽しかったのなら、それだけでも広島まで行った甲斐が
あったってものだろう。
それに春奈の話は核心をついていると思う。
僕たちは多言語活動、早い話しがいろんな国の言葉の習得を
やっているわけだけど、言葉というものは人とのコミュニケーションの
ために存在する。
それなのに、日本の語学教育は、どちらかと言えば言葉の習得
のみの重点を置く。
そこでは間違いは許されない。
だけど、言い切ってしまうけど、間違った単語を口にしようが、
文法的におかしかろうが、相手と通じ合えばすべてOKなのだ。
初めて会った人とでもその場で交流をする。
これから始まり、その次になって言葉が登場する。
「まあ、いいか」と言うのは、春奈がその部分を広島でやってきた
からだ。