流通ウォッチャー大木一雄のブログ

流通業界に関するリポート

末端価格

2010年11月13日 | 日記
流通系列化のもう一つの目的は人的・資本的参加、テリトリー制、一店一帳合制、累進リベートなどの手段による定価販売の遵守です。

家電産業での流通系列化は1950年代後半の家電ブームから本格化し、各社は一斉に卸、小売機能の整備に着手しました。

松下電器の場合、50年代初期に民間ラジオ放送開始にともなうブーム期に有力小売店を中心に親睦組織「ナショナル共栄会」を結成、さらに57年の第一産業を発端とする値引き販売競争拡大を契機に、「ナショナル製品の普及」と「販売の正常化」を目標として専売店および準専売店をナショナルショップとして組織化する制度を開始しました。

同社はこれと平行して57―61年にかけて従来の特約販売業者(卸売業者に相当)306社を106社に統合、それぞれに50%程度出資することで系列販売業者とし、さらにその後メーカーからの資本参加、役員派遣、金融援助などによって、およそかつての一次卸に相当する地区別系列販社のみに整理・統合した。

同じころ、日立、東芝、三菱など総合電機メーカー系も販売部門を日立家電販売、東芝商事、菱電商事という形で商事会社化し、その中で地区別に分割するという方式を採用しています。

化粧品産業の場合、独禁法の適用除外制度としての指定再販制度の導入が流通系列化を推し進める契機となっています。

当時の中小企業保護の動きの中で53年に独禁法が改正され、以降59年までに化粧品、歯磨き粉、家庭用石鹸、キャラメルなどの9品目が再販商品に指定されているが、化粧品業界はこの制度の採用に最も積極的な業界であったことは、53年末に再販契約を締結した事業者13社中10社が化粧品であったこと、60年代中ごろまでは再販契約届出業者の大半が化粧品業者であったことなどの事実から推測できる。

再販制度導入の結果、価格管理は事実上公認され、制度品メーカーのシェアは1955年ごろには10%程度しかなかったものが、69年には一般品の4倍強の売り上げを確保するようになっています。

特に戦前からの連鎖店制度を持ち、他企業より一歩抜きんでていた資生堂の対応は素早く、54年には再販制度を導入するとともに経営5力年計画を立案、化粧品、非化粧品販売組織を分離、強化し、62年には資生堂化粧品コーナーの設置、美容部員の派遣を決定するなどの系列システムの強化策を打ち出し、業界トップの地位を確立しました。

★★大木一雄(流通ウォッチャー)★★