今回からは、手~腕の機能について取り上げます。
手~腕の動作も、やはり大きく分けて2通りあります。1つは、表層の筋肉を過度に緊張させてしまうやり方です。これは肩甲骨周辺や背中が固定されるので、胴体は動かない箱のようになり、上腕から先だけが動くような感じです。五十肩などの症状を持つ人は、おそらくこのように腕を動かしています。もう1つは、関節が安定しながらもしなやかに動く(⇒トニック・ファンクションの記事を参照してください)動き方で、背骨~肋骨~鎖骨~肩甲骨などが連動して、胴体の中から外に向って動きが拡がっていくように見えます。これが、大腰筋システムと連動した腕の動作です。
ではまず、手~腕~肩の構造を確認しましょう。現在、運動学などの分野では下肢を骨盤帯と呼ぶのと同様に、上肢は肩甲帯と呼んでいます。それは腕の機能には肩甲骨と鎖骨および、それに関与する筋肉が欠かせないからです。
肩甲帯とは、手の骨+前腕の骨+上腕骨+肩甲骨+鎖骨で構成されています。上腕骨は肩関節で肩甲骨と鎖骨に連絡し、鎖骨が胸骨に連絡(胸鎖関節)しています。肩甲帯の胴体(軸骨格)との連結はこの胸鎖関節だけなので、背中側の肩甲骨は胸郭の表面を滑るように動き、手を上げるなどの動作が可能になります。つまり腕を動かすということは、この肩甲帯を動かすということなのです。そこで、この肩甲帯がしなやかに動くためには、肩の周囲が過度に緊張せず、動きが制限されない(固定点がなくなる)ことが重要です。
このしなやかな腕の動きのためには、「前鋸筋(ぜんきょきん)」という筋肉の働きが鍵になります。
これが前鋸筋です。肋骨と肩甲骨の前面を結んでいて、肋骨への付着部が名前の通り、鋸(のこぎり)に似ています。この筋肉の機能を理解するために、まず四足歩行の動物における前脚の動きを説明します。
馬、牛、犬、猫などの速く走るように進化した動物は、どんどんつま先立ちになってかかとが地面から離れました。このように脚が長くなって、末端が小さくなることは、歩幅を広げながら、速く脚を振るためには有利なことです。さらに馬などのように固いひづめを持つようになると、後ろ脚で地面を蹴った推進力が、骨盤を通じてダイレクトに背骨に伝わります。しかし、背骨と足との連絡のどこにも遊びがないと、着地の衝撃も直接背骨に伝わってしまうことになります。そこで、前脚は着地用に進化しました。牛、馬、犬、猫などは鎖骨を退化させ、肩甲帯は筋肉だけで胴体につながっています。犬や猫を飼っている方は確かめてみてください(肩甲帯と胴体との骨の連結がないので、肩甲骨がより自由に動きます)。この胴体と肩甲帯の連結の重要な役目をしているのが、人間では前鋸筋に相当する筋肉です。
これは人間の前鋸筋に相当する馬の胸腹鋸筋です。胸郭に対してちょうどハンモックのように付着しています。後ろ脚の蹴りによって胴体が前に進み、前脚で着地する時、その衝撃はこの胸腹鋸筋が一度ストレッチされる(肩甲骨が背中側に引き寄せられる)ことで受け止められます。さらに胴体が前へと進む推進力に同期させてこの胸腹鋸筋が収縮する(肩甲骨が腹側へ引き寄せられる)と、前脚でスピードを落とすことなく離陸することができるでしょう。つまりこの筋肉はon-offを繰り返しながら(実際には、着地から離陸まで非常に滑らかに移行しています)、「前脚⇒胴体の入力」を減衰させ、「胴体⇒前脚の出力」を増幅するような役目を果たしています。そして、人間でも同様のことが起こっていると考えられるのです。そこで再び、人間の前鋸筋を見てみましょう。
前鋸筋は、肩甲骨をはさんで菱形筋(りょうけいきん)に連続しており、これら2つの筋肉は、両側から肩甲骨を引っ張るような位置関係にあります。これに馬の例を当てはめると、菱形筋によって肩甲骨が背中側に引き寄せられる時、胴体と肩甲帯との力の連絡がoffになり、前鋸筋によって肩甲骨が腹側へ引き寄せられる時、胴体と肩甲帯との力の連絡がonになることになります。そしてこれは実際にぴったりと当てはまります。
前述の2通りの腕の動作では、肩甲骨周辺が固定され、上腕から先だけが動くような場合では、腕の動きに先立って肩甲骨が中央に引き寄せられている(肩が上がる)はずです。反対に、胴体の中からしなやかに腕を動かす人では、肩甲骨は左右に開いたままでしょう。胴体と肩甲骨を結ぶ筋肉はこれら以外にも、僧帽筋、肩甲挙筋、小胸筋、(広背筋)などがあり、どれも重要な筋肉ですが、この前鋸筋が他に先だって働くことが、胴体と腕~手を連動させる鍵になると考えています。ちなみにこの前鋸筋は「ボクサー・マッスル」とも呼ばれていて、強いパンチを打つために重視される筋肉です。しなやかに腕を動かすためには、まずこの肩甲骨の動きを身につける必要があるのです。
この肩甲骨が開く感覚がわからない方は、こんなエクササイズはどうでしょう。
「アイ~ン」のポーズのように、斜め前方に肘をはります。そしてこの時、肘と肩が上がらないように、肩甲帯全体を下に落としてください(肘の位置も最初はみぞおちの高さくらいにします)。このポジションから、肘の高さは同じまま、肘の先を体の真正面(正中線上)の方向にぐいっと押し出します。肩甲骨が外側に開く感じがわかったでしょうか。普段あまり肩甲骨を動かしていない方は、背中や脇腹がひきつれるような感じがするかもしれません。そこは本来ならば動かなければならないところです。この感じがわかったら、様々な方向に肘を押し出してみましょう。方向が変わっても同じ様に肩甲骨が動きますか。動きが胴体の中心から始まり、胸郭が肘を押し出す感じがしたら、意図する動きができています。さらに今度は、逆に肩をすくめるように持ち上げて(肩甲骨を中央に寄せて)から、同様の肘の動作をやってみます。すると、胴体と肩甲帯との力のつながりがoffになり、その違いがわかると思います。
ここでも大腰筋システムの場合と同様に、ポイントは「脊柱の前面から、のびのびと広がるように」動くことです。このように、胴体から肩甲骨へうまく力を伝える動きができて初めて、しなやかな前腕~手の動きが可能になるのですが、それは次回に続きます。
手~腕の動作も、やはり大きく分けて2通りあります。1つは、表層の筋肉を過度に緊張させてしまうやり方です。これは肩甲骨周辺や背中が固定されるので、胴体は動かない箱のようになり、上腕から先だけが動くような感じです。五十肩などの症状を持つ人は、おそらくこのように腕を動かしています。もう1つは、関節が安定しながらもしなやかに動く(⇒トニック・ファンクションの記事を参照してください)動き方で、背骨~肋骨~鎖骨~肩甲骨などが連動して、胴体の中から外に向って動きが拡がっていくように見えます。これが、大腰筋システムと連動した腕の動作です。
ではまず、手~腕~肩の構造を確認しましょう。現在、運動学などの分野では下肢を骨盤帯と呼ぶのと同様に、上肢は肩甲帯と呼んでいます。それは腕の機能には肩甲骨と鎖骨および、それに関与する筋肉が欠かせないからです。
肩甲帯とは、手の骨+前腕の骨+上腕骨+肩甲骨+鎖骨で構成されています。上腕骨は肩関節で肩甲骨と鎖骨に連絡し、鎖骨が胸骨に連絡(胸鎖関節)しています。肩甲帯の胴体(軸骨格)との連結はこの胸鎖関節だけなので、背中側の肩甲骨は胸郭の表面を滑るように動き、手を上げるなどの動作が可能になります。つまり腕を動かすということは、この肩甲帯を動かすということなのです。そこで、この肩甲帯がしなやかに動くためには、肩の周囲が過度に緊張せず、動きが制限されない(固定点がなくなる)ことが重要です。
このしなやかな腕の動きのためには、「前鋸筋(ぜんきょきん)」という筋肉の働きが鍵になります。
これが前鋸筋です。肋骨と肩甲骨の前面を結んでいて、肋骨への付着部が名前の通り、鋸(のこぎり)に似ています。この筋肉の機能を理解するために、まず四足歩行の動物における前脚の動きを説明します。
馬、牛、犬、猫などの速く走るように進化した動物は、どんどんつま先立ちになってかかとが地面から離れました。このように脚が長くなって、末端が小さくなることは、歩幅を広げながら、速く脚を振るためには有利なことです。さらに馬などのように固いひづめを持つようになると、後ろ脚で地面を蹴った推進力が、骨盤を通じてダイレクトに背骨に伝わります。しかし、背骨と足との連絡のどこにも遊びがないと、着地の衝撃も直接背骨に伝わってしまうことになります。そこで、前脚は着地用に進化しました。牛、馬、犬、猫などは鎖骨を退化させ、肩甲帯は筋肉だけで胴体につながっています。犬や猫を飼っている方は確かめてみてください(肩甲帯と胴体との骨の連結がないので、肩甲骨がより自由に動きます)。この胴体と肩甲帯の連結の重要な役目をしているのが、人間では前鋸筋に相当する筋肉です。
これは人間の前鋸筋に相当する馬の胸腹鋸筋です。胸郭に対してちょうどハンモックのように付着しています。後ろ脚の蹴りによって胴体が前に進み、前脚で着地する時、その衝撃はこの胸腹鋸筋が一度ストレッチされる(肩甲骨が背中側に引き寄せられる)ことで受け止められます。さらに胴体が前へと進む推進力に同期させてこの胸腹鋸筋が収縮する(肩甲骨が腹側へ引き寄せられる)と、前脚でスピードを落とすことなく離陸することができるでしょう。つまりこの筋肉はon-offを繰り返しながら(実際には、着地から離陸まで非常に滑らかに移行しています)、「前脚⇒胴体の入力」を減衰させ、「胴体⇒前脚の出力」を増幅するような役目を果たしています。そして、人間でも同様のことが起こっていると考えられるのです。そこで再び、人間の前鋸筋を見てみましょう。
前鋸筋は、肩甲骨をはさんで菱形筋(りょうけいきん)に連続しており、これら2つの筋肉は、両側から肩甲骨を引っ張るような位置関係にあります。これに馬の例を当てはめると、菱形筋によって肩甲骨が背中側に引き寄せられる時、胴体と肩甲帯との力の連絡がoffになり、前鋸筋によって肩甲骨が腹側へ引き寄せられる時、胴体と肩甲帯との力の連絡がonになることになります。そしてこれは実際にぴったりと当てはまります。
前述の2通りの腕の動作では、肩甲骨周辺が固定され、上腕から先だけが動くような場合では、腕の動きに先立って肩甲骨が中央に引き寄せられている(肩が上がる)はずです。反対に、胴体の中からしなやかに腕を動かす人では、肩甲骨は左右に開いたままでしょう。胴体と肩甲骨を結ぶ筋肉はこれら以外にも、僧帽筋、肩甲挙筋、小胸筋、(広背筋)などがあり、どれも重要な筋肉ですが、この前鋸筋が他に先だって働くことが、胴体と腕~手を連動させる鍵になると考えています。ちなみにこの前鋸筋は「ボクサー・マッスル」とも呼ばれていて、強いパンチを打つために重視される筋肉です。しなやかに腕を動かすためには、まずこの肩甲骨の動きを身につける必要があるのです。
この肩甲骨が開く感覚がわからない方は、こんなエクササイズはどうでしょう。
「アイ~ン」のポーズのように、斜め前方に肘をはります。そしてこの時、肘と肩が上がらないように、肩甲帯全体を下に落としてください(肘の位置も最初はみぞおちの高さくらいにします)。このポジションから、肘の高さは同じまま、肘の先を体の真正面(正中線上)の方向にぐいっと押し出します。肩甲骨が外側に開く感じがわかったでしょうか。普段あまり肩甲骨を動かしていない方は、背中や脇腹がひきつれるような感じがするかもしれません。そこは本来ならば動かなければならないところです。この感じがわかったら、様々な方向に肘を押し出してみましょう。方向が変わっても同じ様に肩甲骨が動きますか。動きが胴体の中心から始まり、胸郭が肘を押し出す感じがしたら、意図する動きができています。さらに今度は、逆に肩をすくめるように持ち上げて(肩甲骨を中央に寄せて)から、同様の肘の動作をやってみます。すると、胴体と肩甲帯との力のつながりがoffになり、その違いがわかると思います。
ここでも大腰筋システムの場合と同様に、ポイントは「脊柱の前面から、のびのびと広がるように」動くことです。このように、胴体から肩甲骨へうまく力を伝える動きができて初めて、しなやかな前腕~手の動きが可能になるのですが、それは次回に続きます。