からだの内なる統合を求めて…

ロルフィング施術者日記
by『ロルフィング岡山』
http://www.rolfingjoy.com

体の中心から手をのばす(1)前鋸筋

2009-02-24 | ロルフィング
今回からは、手~腕の機能について取り上げます。

手~腕の動作も、やはり大きく分けて2通りあります。1つは、表層の筋肉を過度に緊張させてしまうやり方です。これは肩甲骨周辺や背中が固定されるので、胴体は動かない箱のようになり、上腕から先だけが動くような感じです。五十肩などの症状を持つ人は、おそらくこのように腕を動かしています。もう1つは、関節が安定しながらもしなやかに動く(⇒トニック・ファンクションの記事を参照してください)動き方で、背骨~肋骨~鎖骨~肩甲骨などが連動して、胴体の中から外に向って動きが拡がっていくように見えます。これが、大腰筋システムと連動した腕の動作です。

ではまず、手~腕~肩の構造を確認しましょう。現在、運動学などの分野では下肢を骨盤帯と呼ぶのと同様に、上肢は肩甲帯と呼んでいます。それは腕の機能には肩甲骨と鎖骨および、それに関与する筋肉が欠かせないからです。


    


肩甲帯とは、手の骨+前腕の骨+上腕骨+肩甲骨+鎖骨で構成されています。上腕骨は肩関節で肩甲骨と鎖骨に連絡し、鎖骨が胸骨に連絡(胸鎖関節)しています。肩甲帯の胴体(軸骨格)との連結はこの胸鎖関節だけなので、背中側の肩甲骨は胸郭の表面を滑るように動き、手を上げるなどの動作が可能になります。つまり腕を動かすということは、この肩甲帯を動かすということなのです。そこで、この肩甲帯がしなやかに動くためには、肩の周囲が過度に緊張せず、動きが制限されない(固定点がなくなる)ことが重要です。

このしなやかな腕の動きのためには、「前鋸筋(ぜんきょきん)」という筋肉の働きが鍵になります。





これが前鋸筋です。肋骨と肩甲骨の前面を結んでいて、肋骨への付着部が名前の通り、鋸(のこぎり)に似ています。この筋肉の機能を理解するために、まず四足歩行の動物における前脚の動きを説明します。


   

馬、牛、犬、猫などの速く走るように進化した動物は、どんどんつま先立ちになってかかとが地面から離れました。このように脚が長くなって、末端が小さくなることは、歩幅を広げながら、速く脚を振るためには有利なことです。さらに馬などのように固いひづめを持つようになると、後ろ脚で地面を蹴った推進力が、骨盤を通じてダイレクトに背骨に伝わります。しかし、背骨と足との連絡のどこにも遊びがないと、着地の衝撃も直接背骨に伝わってしまうことになります。そこで、前脚は着地用に進化しました。牛、馬、犬、猫などは鎖骨を退化させ、肩甲帯は筋肉だけで胴体につながっています。犬や猫を飼っている方は確かめてみてください(肩甲帯と胴体との骨の連結がないので、肩甲骨がより自由に動きます)。この胴体と肩甲帯の連結の重要な役目をしているのが、人間では前鋸筋に相当する筋肉です。

    


これは人間の前鋸筋に相当する馬の胸腹鋸筋です。胸郭に対してちょうどハンモックのように付着しています。後ろ脚の蹴りによって胴体が前に進み、前脚で着地する時、その衝撃はこの胸腹鋸筋が一度ストレッチされる(肩甲骨が背中側に引き寄せられる)ことで受け止められます。さらに胴体が前へと進む推進力に同期させてこの胸腹鋸筋が収縮する(肩甲骨が腹側へ引き寄せられる)と、前脚でスピードを落とすことなく離陸することができるでしょう。つまりこの筋肉はon-offを繰り返しながら(実際には、着地から離陸まで非常に滑らかに移行しています)、「前脚⇒胴体の入力」を減衰させ、「胴体⇒前脚の出力」を増幅するような役目を果たしています。そして、人間でも同様のことが起こっていると考えられるのです。そこで再び、人間の前鋸筋を見てみましょう。


  


前鋸筋は、肩甲骨をはさんで菱形筋(りょうけいきん)に連続しており、これら2つの筋肉は、両側から肩甲骨を引っ張るような位置関係にあります。これに馬の例を当てはめると、菱形筋によって肩甲骨が背中側に引き寄せられる時、胴体と肩甲帯との力の連絡がoffになり、前鋸筋によって肩甲骨が腹側へ引き寄せられる時、胴体と肩甲帯との力の連絡がonになることになります。そしてこれは実際にぴったりと当てはまります。

前述の2通りの腕の動作では、肩甲骨周辺が固定され、上腕から先だけが動くような場合では、腕の動きに先立って肩甲骨が中央に引き寄せられている(肩が上がる)はずです。反対に、胴体の中からしなやかに腕を動かす人では、肩甲骨は左右に開いたままでしょう。胴体と肩甲骨を結ぶ筋肉はこれら以外にも、僧帽筋、肩甲挙筋、小胸筋、(広背筋)などがあり、どれも重要な筋肉ですが、この前鋸筋が他に先だって働くことが、胴体と腕~手を連動させる鍵になると考えています。ちなみにこの前鋸筋は「ボクサー・マッスル」とも呼ばれていて、強いパンチを打つために重視される筋肉です。しなやかに腕を動かすためには、まずこの肩甲骨の動きを身につける必要があるのです。

この肩甲骨が開く感覚がわからない方は、こんなエクササイズはどうでしょう。

「アイ~ン」のポーズのように、斜め前方に肘をはります。そしてこの時、肘と肩が上がらないように、肩甲帯全体を下に落としてください(肘の位置も最初はみぞおちの高さくらいにします)。このポジションから、肘の高さは同じまま、肘の先を体の真正面(正中線上)の方向にぐいっと押し出します。肩甲骨が外側に開く感じがわかったでしょうか。普段あまり肩甲骨を動かしていない方は、背中や脇腹がひきつれるような感じがするかもしれません。そこは本来ならば動かなければならないところです。この感じがわかったら、様々な方向に肘を押し出してみましょう。方向が変わっても同じ様に肩甲骨が動きますか。動きが胴体の中心から始まり、胸郭が肘を押し出す感じがしたら、意図する動きができています。さらに今度は、逆に肩をすくめるように持ち上げて(肩甲骨を中央に寄せて)から、同様の肘の動作をやってみます。すると、胴体と肩甲帯との力のつながりがoffになり、その違いがわかると思います。

ここでも大腰筋システムの場合と同様に、ポイントは「脊柱の前面から、のびのびと広がるように」動くことです。このように、胴体から肩甲骨へうまく力を伝える動きができて初めて、しなやかな前腕~手の動きが可能になるのですが、それは次回に続きます。

頭のテンセグリティー

2009-02-22 | ロルフィング
今回は頭の構造がテーマです。

頭には、大腰筋システムのような中心軸に沿って走行する筋肉がないので、「深層筋を活性化して構造の中心を解放する」戦略が使えません。そこで、ここでは知覚に働きかけるアプローチの比重がより大きくなります。


    


頭蓋骨はたくさんの骨で構成されていて、それぞれの骨のつなぎ目(縫合)にはわずかに可動性があります。(アメリカ起源の手技療法を主体としたオステオパシー医学では、頭蓋骨全体が呼吸するように、規則的に自動運動をしていると言われています。)この骨の構造の周囲に、顎を動かすそしゃく筋や、顔の皮膚を動かす表情筋などが付着しています。また、背中を縦方向に走行している脊柱起立筋群は、頭頂部を包む帽状腱膜に筋膜を通じて連続しています。そこで、背中~後頚部~後頭部~頭頂部~ひたいには、張力の上での連続性が見られます。このように多くの骨で構成される頭には、様々な方向の張力が作用していますが…、ここで思い出すのがテンセグリティー構造です。





テンセグリティーとは、人体だけでなく原子から宇宙全体にまで当てはまる、張力によって形が維持されている構造です。(詳しくは過去の日記を参照してください⇒身体の統合(2)テンセグリティー)。頭の構造にもこのテンセグリティーを当てはめます。すると、張力が一方向に偏らずに均等に拡がっている頭には、中心軸がきれいに通り抜けることが予想されるのです。

では、実際に自分の頭に加わっている張力(緊張)を感じてみましょう。

今、どこか特別に緊張しているところはありますか。例えば、頭の前と後ろには均等に張力がかかっているでしょうか。もしかしたら、慢性的に緊張を感じる場所があるかもしれません。表面ではなく、頭の中に緊張を感じるかもしれません。また、眉間にしわを寄せたり、口を大きく開けたりすると、それらの張力がいろいろ変化するのにも気がつくでしょう。例えば、PC画面の中のこの文章を読んでいる状態から、画面から目を離して周囲から聞こえてくるすべての音に気付いてみるとどうでしょう。このように知覚を視覚から聴覚にシフトさせると、頭の位置の変化とともに、張力バランスが変化するのがわかると思います。今、私たちの生活は文字情報に大きく依存しています。このため、視覚のうち特に視野の中央部に意識を集中させる傾向があります。それが頭の構造にも現れていると思います。





これはシアトル酋長(1786~1866)の頭です。アメリカ西海岸の地名にもなったネイティブ・アメリカンですが、彼は文字が読めなかったとも伝えられています。なぜここでシアトル酋長を取り上げたかというと、現代人とは違ったように物を見、感じていただろうと思うからです。シアトル酋長の頭を見ていると、水平線の広がりが感じられます。意識を一か所だけに集中させない「ありかた」を教えてくれるように思えるのです。

ラインが頭を通り抜けるためには、頭がぎゅっと固まらずに、あらゆる方向に広がることが必要です。ここでもやっぱり、空間的に広がることが鍵になります。ロルフィングの施術では、顎や顔面、後頭部などの筋膜構造を手技によって緩めたり、オステオパシーのクレニオ・テクニック(頭蓋仙骨療法)を用いて、頭蓋骨の自動運動を誘発して緊張を解放しています。そしてラインを感じてもらいます。ラインについてはまた別の機会に詳しく書こうと思いますが、ラインを感じることには、知覚のバランスやテンセグリティー構造を均等にすることなどが含まれています。

顔や顎、首の筋肉をいろいろな方向に動かすのも良いでしょう。また、「声が頭のどこに響いているか」も、テンセグリティーの広がりの指標になると感じています。

身体構造を統合するためにも、いろいろな方向に知覚を広げましょう。一点を凝視するPC作業がなど続いた時には、逆に視界の周辺部まで気づいたり、近くのものだけでなく遠くのものも視野に収めたり、微妙な色合いや形に気づいたり…、目の使い方をシフトさせることによって、頭のテンセグリティーのバランスがとれるでしょう。また、視覚に偏りすぎたら、音を聞いたり、においを嗅いだり、触覚を楽しんだりすることも効果があると思います。

知覚のバランスを回復させることについては、時には他人の助けも必要になります。それは誰でも意識の盲点があり、自分自身をありのままに見ることが難しい場合があるからです。同様に、姿勢や動作のフィードバックに鏡やビデオを用いることも役に立つでしょう。


次回は、体の中心から手をのばすことについて書きます。

大腰筋システムで頭を支える(頚長筋)

2009-02-18 | ロルフィング
これまで大腰筋のシステムについて書いてきましたが、今回はその上の首の筋肉、「頚長筋(けいちょうきん)」を取り上げます。

首周辺の組織の緊張には、頭の位置が関与しています。例えば、頭の重心が下部構造の上にうまくのっかっていれば、首はよりリラックスできるでしょう。

首~肩~背中が慢性的に緊張している人には、脊柱の一部を動かないように固定して、そこを足場にして、背中側を縮めて頭を持ち上げている傾向が見られます。ここがリラックスするためには、別のやり方(大腰筋システムによって、脊柱を固めずに地面から頭を支える)が必要です。この時に、大腰筋システムに連動して頭へ動きを伝えるのが頚長筋です。

頚長筋は、胸椎3番から頚椎1番にかけて脊柱の前面を走行する筋肉で、横隔膜をはさんで、大腰筋に連続するような位置関係にあります。(脊柱前面の、横隔膜から頚長筋との間は、筋肉ではなく、筋膜性の組織が覆っています。)





首の脊柱前面にあるこの筋肉が作用すると、下図のように、頚椎の前湾カーブが減少し、後頭部が上に伸びて、顎が引かれます。


  


まず、ここまでに大腰筋システムが活性化していることが前提になりますが、大腰筋と頚長筋を連動させるエクササイズを紹介します。

これらの体の中心の筋肉を活性化させるエクササイズでは、動きを「ゆっくり、小さく、最小限度の力で、感じながら」行うことが重要です。動きをいきなり大きくしてしまうと、目的以外の、より表層の大きな筋肉が介入してきて、深層の筋肉の動きが阻害されがちになるからです。




1)
仰向けに寝て、両膝を立てる。
腹部を緊張させずに、足裏で床を押す(腹部脊柱の前面から脚を押し出すように…)。
無駄な力が入っていなければ、骨盤がロールして(尾骨が天井を向く)、腰椎のカーブが減少します(腰椎が床に押し付けられます)。

2)
この脊柱の動きが頭に伝わると、自然に首の後ろが床に押し付けられ、後頭部でシーツにアイロンをかけるように、わずかに頭頂に向かって伸びるでしょう。
ことさら頭を動かそうと努力せずに、脊柱のわずかな動きが頚椎前面に伝わるのに任せる感じです。

頚長筋が働くと、脊柱に沿って上がってきた力が頭頂部に抜けるような感覚があるでしょう。首の前(気管や食道の後ろ)がシャキっと目覚めます。

また、首周辺に緊張を感じる人では、以下の筋肉群が頑張っている例が多いようです。


  

特に肩や首のこりを訴えてマッサージを求める人は、比較的深層の②と③の筋肉群が緊張している例が多いです。PC作業などの目を使う仕事をする人には、目の緊張と直結している②にコリが見られ、手や腕のだるさや痛みを訴える人は、腕へ行く神経(腕神経叢)の根元にあたる、③がよく硬直しています。

これらの緊張をほぐすためにも、頚長筋の小さな動きが有効です。これらの深層筋を使った動きは、緊張したよろいの内側に動きをもたらします。すると、その表層や関節の反対側に位置する拮抗筋(その動きにブレーキをかける筋肉)が自動的に抑制され、よろいがリラックスするのです。

首の筋肉と下半身の大腰筋システムが連動すると、首の動きが背中の固定点からではなく、足と連続するようになり、地面から頭頂部に抜ける「ライン」(体を支え、推進させる力のベクトル)がよりはっきりしてきます。実際には、首の緊張はその上にのっている頭の構造に左右されるので、ロルフィングの場合は、頚長筋の活性化よりも、頭への施術を先に行っています。

次回は、頭の構造的なバランスについて取り上げます。

脊柱の安定(トニック・ファンクション)

2009-02-08 | ロルフィング
今回は、「背中を固くせずに、どうやって背骨を安定させるか」についてのお話です。

関節の動きを筋電計で測定してみると、2種類の異なる役目を持つ筋肉が作用していることが分かります。ある筋肉は、運動の最中ずっと緊張し続けていて(ずっとonになっている)、別の筋肉は、動きによって緊張したり弛緩したり(on-offを繰り返す)しています。

前者は「緊張筋」(tonic muscles)と呼ばれ(またはスタビライザー:安定筋と呼ぶこともあります)、後者は「相性筋」(phasic muscles:一過性に収縮する筋)と呼ばれます。

緊張筋は、関節の周囲などの深層にある小さな筋肉で、運動の最中、主に関節を安定させる働きをしています。これに対して相性筋は、より表層にある、もっと大きな筋肉で、関節の動きそのものを生み出しています。(実際には、場合に応じてどちらの作用も持つ筋肉があったり、はっきりと分類できない場合もあります。)

関節をいくつもまたいでいる大きな相性筋が作動すると、関節に動きが生まれますが、関節の近くに位置する小さい緊張筋だけが働いても、表面上の動きはあまり見られません(動きそのものにはあまり関与していません)。つまり、緊張筋は動きにブレーキをかけることなく、関節を安定させることができます。これがとても重要です。

関節が円滑に動くためには、この緊張筋が、相性筋に先立って収縮し、関節を安定させなければなりません。このような機能を「トニック・ファンクション」と呼んでいます。

近年の研究では、慢性的な腰痛を持つ人では、関節周囲の緊張筋があまり発達していなかったり、作動する(onになる)のが遅れて関節をうまく安定させていないことが分かってきました。

腰部を安定させるトニック・ファンクションについては、特に「腹横筋」と「腰部多裂筋」が注目されています。これらが協働して作用すると、「脊柱は安定しながら、しなやかに動ける」のです。





しかし、腰痛のある人では、背骨の両側に沿って帯状に走る脊柱起立筋群が緊張している傾向があります。また腹部を縦方向に走る腹直筋も固くなっている場合があるかもしれません。これらの起立筋群は、関節をいくつもまたいでいる表層の長い筋肉なので、動きを生み出す相性筋に分類されます。(緊張筋に相当する筋肉群は、これよりも深層にあります。)

これらの相性筋が、緊張筋に代わって脊柱の安定化のために作動すると、脊柱が必要以上に圧縮、固定されて、しなやかな動きができなくなってしまいます。また慢性的な緊張は、脊柱をある方向に引っ張り続けるので、姿勢の歪みにもつながる可能性があります。実際に、腰痛持ちの人には、よろいが動くようなドタバタとした動きが見受けられるでしょう。

では、トニック・ファンクションを活性化するにはどうしたらよいでしょうか。実は、その方法についてはこれまでの日記ですでに紹介していました。大腰筋の活性化の前提として、トニック・ファンクションの活性化がすでに含まれていたのです。

「大腰筋でウォーキング」には、大腰筋を使うには腹部~股関節~足が伸びることが重要であり、骨盤も脚の一部になるように動かなければならない、と書きました。

「縮まずに、遠くに伸びるように動くこと」
「関節が静止して固定されずに、全身を通り抜けるような動きが見られること」
このような動きの方向性やイメージは、相性筋が過度に働くことを抑制し、トニック・ファンクションを引き出すカギでもあり、しなやかな全身の動きが連鎖反応のように起こります。

トニック・ファンクションは、肩関節のしなやかな動きなどにも必須です。(骨盤も背骨も胸郭も肩甲骨も、安定しながら動く必要があります。)

このように、ロルフィングの掲げる「身体構造の統合」のためには、動きを制限している筋膜組織の緊張を手技によって緩めることだけでなく、その緊張の背景にある、非効率な動きに対する再教育が必要とされます。

次回は、大腰筋システムのさらに上にある、「頚長筋」について取り上げます。

横隔膜の上と下

2009-02-06 | ロルフィング
これまでは、ラインの下半分に関与する大腰筋システムについて取り上げました。今回は、その大腰筋システムの上部にある横隔膜について書きます。

脚の機能は大腰筋から始まりますから、横隔膜はちょうど上半身と下半身の境界に当たります。大腰筋の項目で、まるで横隔膜は傘のような形をしていて、大腰筋がその柄にあたることを説明しました。


   


ここからさらに上へラインを確立したいのですが、横隔膜より上は、ラインに沿った大腰筋システムのような、明確な構造がなくなります。そのかわりに、ここから頭頂部に至るまでは、横隔膜、胸郭上口、口腔底、口蓋、蝶形骨などの、ラインを水平に横切る構造が目立つようになってきます。





また、横隔膜の上には心臓と肺が、下には肝臓、膵臓、腎臓などが隣接していますが、これらは漢方の五行論によれば…、

五行 : 木 ・ 火 ・   土   ・ 金 ・ 水
五臓 : 肝 ・ 心 ・脾(膵臓)・ 肺 ・ 腎
五志 : 怒 ・ 喜 ・   思   ・ 悲 ・ 恐

…に分類されます(漢方での脾は、西洋医学では膵臓の機能に相当します)。つまり、「怒り、喜び(笑い)、思い悩み、悲しみ、恐怖」を司る臓器は、すべて横隔膜の上下に並んでいるのです。そこで、横隔膜周辺への施術には、単に物質的な緊張を解く以外の要素が加わってくる感じがしています。

また脊柱の側湾症では、ほとんどの場合、腹部と胸郭が反対方向に回旋します。


   


側湾症の原因は、下肢のアンバランスや、内臓の位置の偏り、頭の位置の偏位など、様々なものがありますが(原因がわからないものが多いようです)、例えば仙骨がある方向に倒れて腹部が回旋すると、胸郭は反対方向に回旋してバランスをとろうとし、さらに首は胸郭と逆のカーブを描くことが一般的です。これが24個の椎骨からなる脊柱が、左右のアンバランスに対応する一般的な方法のようです。

このような側湾傾向は、股関節痛、腰痛などの症状をお持ちの方や、怪我などで足に左右差がある方にもよく見られます。つまり、横隔膜周辺以外の部分に左右のアンバランスがある場合にも、横隔膜の上下で、腹部と胸郭が反対方向にねじれる傾向があるのです。

ロルフィングは、全身のバランスを調整するために10回の施術を行い、その1回目の施術は横隔膜周辺から始まって、末端に向かってねじれを追い出していくようにシリーズが進行します。その後、あちこちの部位に移動しながら施術を行っていきますが、末端のバランスが変化しても横隔膜周辺に影響が及ぶので、途中、この領域には繰り返し何度も戻って施術を行います。それは、横隔膜の周辺のテンセグリティーのバランス(張力のバランス)を調整し、横隔膜の傘がまんべんなく広がって、大腰筋システムの上にすんなりのるようにすることです。

筋膜に持続的な圧力を加えて緩める従来のロルフィングの技法に加えて、「頭蓋仙骨療法」や「内臓マニピュレーション」などの手法も用います。これを繰り返し行うことで、より深いレベルの統合が可能になると考えています。また、心理療法的手法が助けになることもあると思います。

このように、横隔膜の上下をラインが通り抜けていくように施術することを繰り返します。しかし、腹部と胸郭のテンセグリティーのバランスを調整する際には、脊柱の安定性が保証されなければなりません。それは多くの場合、周辺の組織が脊柱を立てようとして緊張し、脊柱が家の柱のように固くなっているからです。

そこで、脊柱の可動性を減少させずに脊柱を安定させることが必要になります。この本来体に備わっている、脊柱の安定化システムについては、次回取り上げます。

大腰筋でウォーキング(2)足裏の目

2009-02-03 | 大腰筋
前回の続き、大腰筋システムの末端部分、足の動きについて取り上げます。

「大腰筋は伸びることで活性化します。」

大腰筋は図のように、腹部の脊柱に沿って走行する筋肉です。腹部では胸椎12番とすべての腰椎から起こり、大腿の内側(大腿骨小転子)に付着しています。


      


そこで、脚を体の真下でちょこちょこ動かしても、このような大腰筋を十分使っていることにはなりません。歩く時に大腰筋を十分活用するには、離陸の際につま先がすぐ離れずに、体の後方へ伸びていくことがとても大切です。


         

実際にやってみると、つま先の親指側で離陸した時に、腹部脊柱前面~脚~足がつながって良く伸びるのがわかります。反対に、つま先の小指側で離陸すると、大腰筋とのつながりをあまり感じないでしょう。

平坦な場所を歩く場合は、親指が後ろへ伸びるように離陸すると、大腰筋システムが活性化します。(ただし、斜面を登る場合には、より下方向へ伸びる必要があるので、急な階段などでは、つま先が伸びる余裕が少なくなり、より足裏全体で伸びる感じになります。)

足の親指は、大腰筋システムを通して腹につながっています。文明開化期に来日した西洋人が、当時の日本人の立つ姿勢の素晴らしさに驚嘆する文章を残していますが(斎藤孝著「身体感覚を取り戻す」NHKブックス、参照)、現代の日本人よりも昔の人の方が中心軸が定まり、姿勢が安定していたであろう言われています。これは、履物の変化などによって、足の親指を使わなくなり、腹の力が失われたことも、姿勢が不安定になった原因の1つなのではないかと推測します。

また長年に渡って、生物の進化過程を尊重するような子供の保育を実践している斎藤公子さんが、言語能力の発達の遅れなどが見られる幼児にハイハイをさせると、足の親指が床から離れてしまうので、親指が床に着くように補助しながらハイハイをさせ始めたところ、発達の遅れが回復していったと述べています(「子育て・織りなした錦」かもがわ出版)。足の親指を使い始めると心身の発達のスイッチが入るということは、足の親指が大腰筋システムのスイッチを入れ、そこから生じたラインが心身を統合するというロルフィングの考え方とぴったり一致します。


さて次は、足が着地する場合について考えてみます。それには、足の構造を観察してみましょう。足の骨は、図のような2階建ての構造をしています。


 


1階にあたる踵の大きな骨(踵骨)は、小指側2本の指につながっています。これが足底の外側のアーチ(外側縦足弓)を形成します。その上の2階の骨(距骨)は、脛の2本の骨にはさまれて足首の関節を構成し、親指側3本の指につながっています。これは内側のアーチ(内側縦足弓)を形成します。ちょうど、脛に連絡する2階のアーチが、1階のアーチの上に載るように位置しています。

2足歩行する人間だけが、このような足のアーチを持っています。ゴリラやチンパンジーにはありません。ゴリラやチンパンジーは、手の拳も使って歩くので、完全な2足歩行ではありません。

また、4本足で速く走る犬や猫、馬や牛などでは、後ろ足が離陸用、前足が着地用に分化しています。足裏全体ではなく、小さなつま先だけが地面に着くようになり、離陸時の後ろ足の「蹴り」が、骨盤を通じてダイレクトに背骨に伝わります。
これに対して前足側では、鎖骨が退化し、肩甲骨が胴体に筋肉だけでゆるくつながっているので、着地のショックが伝わりにくい仕組みになっています。しかし、人間は左右1組の足のみで、ショックを受け止め、地面を蹴らなければなりません。
そこで、強靭な靭帯でつながった足底のアーチが、バネのような効果を発揮して、着地のショックを吸収し、それを離陸するエネルギーに変換します。

歩く時には、この重要な構造が生かされなければなりません。

ロルフィングを創始したアイダ・ロルフ博士は、アーチ構造を生かしてふわりと着地することを推奨し、踵で打つように着地することをヒール・ストライクと呼んで敬遠しました。踵からの着地を奨励するウォーキング法がありますが、それは踵が転がるように、重さが滑らかにアーチに移行することを意味しているのだと理解しています。しかし、踵での着地を強調しすぎると、足を前へ前へと振り出すことになります。すると、より大腿四頭筋が働いて股関節が伸びにくくなり、大腰筋の邪魔をしてしまいます。

行進するように、足や膝を持ち上げようとすることも同様です。最近、大腰筋を活性化するために、武道の「すり足」を取り入れている例がありますが、着地で膝を安定させるための大腿四頭筋が、離陸時に働いてしまうことを抑えるという点では納得ができます。

前に進む時には、足を前ではなく、後ろへ後ろへ(斜面を登る場合は、下へ下へ)腹から伸ばすようにすると、大腰筋システムが活性化します。
後方で地面から離れた足は、伸びようとするもう一方の足の反動で、ただ振り子のように前に戻り着地します。この時、無駄な力が抜けていれば、どこが先に着地したのかわからないくらい、アーチ全体でフワリと地面を受け止めるでしょう。

フワリと広がったアーチの上に、上体の重みが加わる時、着地の度に足裏のある部分が開く感覚が起こります。この部分をロルフィングでは「足の目」(eye of foot)と呼んでいます。





足の目は、脛の骨(脛骨)から伝わった加重がかかる、2つのアーチの頂点の位置にあります。足関節への加重が正常であれば(軸がずれている場合には、股関節、脚、足首周囲の組織への施術を行います)、2つのアーチの頂点に重さが加わることで、足裏側の足の目がわずかに開く感覚があるでしょう。

足の目が開くこと、それは足へのラインが開通することでもあります。立った時には、ここから重力のラインが地面へと抜けていきます。

このように大腰筋システムが活性化すると、頭頂部へと抜けるライン(体を統合する力のベクトル)の基礎が出来上がります。このラインを感じ始めると、ゆっくり歩くことは、じっと座っていることよりも楽になり、歩けば体が整っていくことが実感できるでしょう。

次回は大腰筋システムの上部に位置する、横隔膜について取り上げます。

大腰筋でウォーキング(1)腹から動く

2009-02-01 | 大腰筋
今回は、いかに大腰筋を使って歩くかがテーマです。

前回書いたように、大腰筋は伸びることによって活性化します。

大腰筋は股関節を屈曲させる作用を持っていますから、通常は足を前に振り出す筋肉として扱われます。しかし、股関節を曲げることを強調すると、腹部~股関節が縮んだり、望ましくないタイミングで大腿四頭筋が作動して、大腰筋の働きが阻害されてしまいます。逆に股関節を伸ばし始めると、脚がスウィングするように自動的に大腰筋が作動し始めるのです。そこで大腰筋の活性化は、縮めるのではなく、伸ばすことを強調して行います。

歩く時に大腰筋が十分伸びるためには、それにつながる腹部~骨盤~脚~足が遠くへ十分伸びなければなりません。このような、つま先に至るまでの動きが、大腰筋が作動するための条件になります。そこでこの「腹~つま先」の全体を1つのユニット、「大腰筋システム」として扱います。

今回は、大腰筋システムの上部にあたる、腹部と骨盤の動きについて説明します。

大腰筋は横隔膜の下、脊柱(胸椎12番~腰椎5番)の前面から起こっています。これは腸よりも深い、腹部の深層に位置し、文字通りガッツ(はらわた)から力を出すためのエンジンです。





ここが活発に動くことを想像してみてください。横隔膜と骨盤に囲まれた腹腔の中心にある左右のエンジンが、交互に伸び縮みを繰り返します。このように腹の中心から動く時、その表面が固まったままでいたら、その動きを抑え込んでしまうでしょう。

歩く度に、腹の深部が動いて緊張が解放される感じがしたら、うまく大腰筋が働いているサインです。

脊柱前面の左右には「交感神経幹」という、自律神経系の中心となる経路が走っています。たくさんのリンパ節と、それらが注ぎ込む「リンパ本幹」も脊柱前面にあります。歩く度にそれらがマッサージされ、より流動的になるのです。

また、大腰筋で歩くと、脊柱に左右への回旋と上下方向の圧縮の力が交互に加わります。これが椎間板への体液の循環を促し、背骨の健康にとても良いことがわかっています。このように、大腰筋をのびのびと動かすと、たくさんの良い循環が始まるでしょう。

腹部が左右の脚のように交互に動くということは、骨盤も同様に動くということです。骨盤は1つのかたまりではなく、いくつかの骨が靭帯で結合されて構成されています。そこで、左右の骨盤(寛骨)は、わずかですが独立して動くことができます。





今椅子に腰かけた状態で、左右の坐骨(座面に触れている骨盤下方の飛び出た部分)を感じてみましょう。この左右の坐骨をまるで足で歩くように動かすことができますか。よくダイエットのための体操にもなっている「お尻歩き」です。これは、骨盤周辺の緊張をほぐすためにも良い運動です。

腹の深層、脊柱前面に何らかの動きを感じますか。これが左右の腹と骨盤が、左右の脚の一部になる動きです。

次に大腰筋のシステムは、どのように脚へとつながっていくのでしょうか。

脊柱に沿って位置する大腰筋の方向をそのまま足に向かって伸ばしてみると、そのラインは、ももの内側の「内転筋群」につながります。(図はThomas Myers著“Anatomy Trains”より)





骨盤から脚への骨の連絡は股関節が担っていますが、股関節の位置は、そのラインのやや外側にあるので、その方向性を意識すると、大腰筋から足につながるラインから外れてしまします。大腰筋のシステムを活性化させるためには、腹部から「骨盤底」の方向に向かって、脚が伸びなければなりません。骨盤底とは骨盤の下方に開いた穴で、肛門などがハンモック状の筋肉群に支えられています。(出産の時には、ここを通って赤ちゃんが生まれてきます)。大腰筋で歩くと左右の骨盤が動くので、この骨盤底の筋肉群もしなやかに動きます。

腹の中からここを通って脚を伸ばすイメージで動いてみましょう。腹腔の底が抜けて脚が出るような感じです。力がすんなり脚に伝わって、内転筋群が伸び、大腰筋システムがさらに先へとつながるのがわかるでしょう。





両膝の間が開いてしまうO脚傾向の方は、まるで下腹部が縮んで脚が引き込まれているように、骨盤底の周辺に緊張があり、ももの内側の内転筋群が十分伸びない傾向があります。外反母趾の方にも同様の傾向が見られます。

このような症状にも、大腰筋の活性化は大変有効です。(緊張した組織を緩める施術も行います。)

さらに先へと、大腰筋のシステムはつながっていきまが…、次回は、歩行時の足の着地と離陸について取り上げます。